襲撃の理由
その男はキャロラディッシュのことを深く恨んでいた。
恨みの理由は……キャロラディッシュがその男を無視しているからだ。
国内屈指の資産家であるキャロラディッシュは、必要以上の資産を抱えていても仕方ないと、様々な慈善事業への寄付や、公共的な価値のある新規事業への投資を数え切れない程、尋常ではない規模でもって行っている。
そのあまりの数に、頼めば誰でも投資や寄付を貰えるだとか、人嫌いがゆえにそうやって群がってくる金の亡者達を追い払っているのだと噂されていて……一部の貴族達の間では、キャロラディッシュからの寄付や投資を『恥』だと考えている者まで居る程だ。
しかし恥を知らぬこの男は、外聞も何も気にすること無く数度……いや、数十度に渡ってキャロラディッシュに寄付や投資を願う書簡を送っていて……そうしてキャロラディッシュは、その全てを無視し続けていた。
正確に言えばキャロラディッシュが無視していたのではなく、キャロラディッシュの窓口であるビルが、キャロラディッシュに見せる価値無しとの判断を下してシャットアウトしていたのだが……仮にキャロラディッシュの下にその書簡が届いたとしても、そこに記された署名を見るなりに、中を読みもせずに破り捨てていたことだろう。
キャロラディッシュがそうする理由は……その男にある訳でも、その事業にある訳でもなく、全ては男の家系に……その祖父に原因があった。
かつての裏切りの首謀者の一人であり、その主犯格でもあり……キャロラディッシュを深く傷つけた人物。
その血筋と家を継ぐ者であるその男に、今も尚その傷に苦しむキャロラディッシュが金を出すはずがなかったのだ。
それは至極当然のことであり、むしろそんな立場にありながらキャロラディッシュに寄付や投資を願うこと自体が間違いなのだが……男はそれでもキャロラディッシュに「金を寄越せ」との書簡を送り続けていたのだった。
全くもって貴族とは思えない、恥を知らない行動であったが……それを平気な顔でやってしまう程に男は厚顔無恥であり……また追い詰められてもいた。
この国に住まう一般的な国民達にとっては、貴族としてでもなく魔術師としてでもなく
資産家としてでもなく『顔の見えない慈善活動家』『女王以上に国を愛する博愛家』として名が知られているキャロラディッシュ。
件の事件が起きた当時ならいざしらず、今やその知名度と人気は凄まじいものとなっていて……会ったこともない、どんな顔をしているかも知らないキャロラディッシュのことを信奉する者まで居る現状。
そんなキャロラディッシュを深く傷つけたらしい主犯格達とその血筋の者を、信奉者達がどう思うのかどう扱うのか……その答えは明白なものであった。
貴族としてどころか人としての評判すら地に落ち、通りすがりの人々や自領の領民達にまで悪しざまに罵られたり、領民達が納税を拒否したりするのはまだ良いほうで、彼らの領地から他領への逃散や、反乱紛いの反抗が相次ぎ……中には積もり積もった不満も相まって領民達に殺害されてしまった者まで居る始末。
そうやって主犯格達の家のほとんどが没落か滅亡することになり……その男の家もまた、崖際まで追い詰められてしまっていた。
だからこそ男は、キャロラディッシュに投資や寄付を願う書簡を送ったのだが……その結果は完全なる「無視」。
そしてその無視という結果に……男は激しい怒りと、深い恨みを抱くようになったのだった。
『お前のせいで……お前が大昔のことなんかを未だに引きずっているから、俺達がこんな目に遭っているんだ。
そもそもその事件とやらも俺がやったことではないし、やってもいないことでこんな目に遭うのは間違っている。
間違いの原因であるお前が、俺に対して慰謝料を払うのは当然のことで……未だに僅かな金すらも払おうとしていないお前こそが間違っているんだ。
……つまりだ、仮に俺がお前を襲ってその資産の全てを奪ったのだとしても……それは当然のことであり、正義の行いであると言える。
そうされたくなければ、さっさと金を払え。
今ならお前の所有財産の半分で許してやる』
そんな内容を記した最後通牒すらも無視されてしまい……そうして男は怒りと恨みのままに実力行使に出たと、そういう訳であった。
先祖代々の家財をいくつか売り払い、その金でもってどうしようもない連中を雇い、あるいは代々仕えている騎士達を動員しての襲撃は、果たして成功するのか否か……。
「噂によればあの老害は、一人で屋敷に引きこもっているという話だ。
そこに警備が居るという話も、備えがあるという話も聞いたことがない。
浮浪者連中に金を握らせ、数週間の間、屋敷へと続くこの道を監視させたがそれらしい物資の行き来は無く、噂はまず事実なのだろう。
もしかすると、噂の老害なんてのはとっくに死んでいて、あのビルとかいう野郎が居もしない虚像を作り上げて、その資産を好き勝手にしているのかもしれない。
その証拠を掴んでビルを脅すも良し、生きて居る老害を捕まえて脅すも良し……。
まずもって失敗するはずのない、完璧な計画だ!」
集めた者達の前でそんな演説を打った男は、本で読んだ伝説王物語の主人公となったような気分でもって……下卑た笑みを浮かべながら手を振り上げ、進軍せよとの命令を下すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
今回もでしたが、次回もキャロラディッシュ達の出番は無いかとおもわれます。




