貴族としての在り方
数日後。
キャロラディッシュ達が庭園にて午後のひとときを過ごしていると、遠方から鋭く高い鳴き声が響いてくる。
「チュリー!」
数日前に聞いたその鳴き声に、庭園に置かれた椅子にゆったりと座っていたソフィアとマリィはそわそわとした態度を取り始める。
その外見は完全にコマドリでありながら、コマドリとはとても思えない巨躯を持ったロビン。
その姿を目にして以来、色々と話をしてみたい、あるいは抱きついてみたいなどと考えていたソフィア達は目にしたあの時からずっと、ロビンの帰還をまだかまだかと待ちわびていたのだ。
「チュリー!」
そんな風にソフィア達が落ち着かない態度を見せる中、再度その声が響いてきて……庭園の上空に大きな翼を一段と大きく広げたロビンが飛び込んでくる。
同時に庭園は大きな影に覆われて……ロビンが翼をゆったりと振るいながら、庭園の一画へと降り立つ。
「チュリー!」
再度の鳴き声を合図としてキャロラディッシュが座っていた椅子から立ち上がり、ロビンの側へと足を進める。
「ロビン、よくやってくれた。
約束の報酬は注文があり次第に用意するのでな、何にするかが決まったら声をかけてくれ」
と、そう言いながらその首に下げてあった鞄を取るキャロラディッシュ。
ロビンはキャロラディッシュがそうしやすいようにと首をくいと下げてから……キャロラディッシュの言葉を理解してこくりと頷く。
そうして自由になった首をフルフルと震わせたロビンは、その場で足を畳んでふんわりと身体を下ろし……ゆったりと座りながら報酬を何にしようかと頭を悩ませ始める。
そんなロビンの側でキャロラディッシュが鞄の中を検めようとしていると……そこにソフィアとマリィと、ヘンリーとアルバートといういつもの顔ぶれが駆け込んでくる。
「あ、あの! キャロット様! ロビンちゃんに触っても良いですか!?」
「あ、あたしも触りたいです!!」
駆け込んでくるなりそう声を上げるソフィアとマリィに、キャロラディッシュは鞄から一旦意識を外して言葉を返す。
「そういうことは儂に聞くのではなく、ロビン自身に聞くのが筋だろうて。
ロビンは寛大で大人しい子だからしっかりと言葉を尽くせば許可してくれることだろう」
キャロラディッシュの言葉を耳にするなり喜色一面となったソフィアとマリィは、ロビンに向かって丁寧で柔らかい言葉をかけてのお願いをし始める。
その様子を半目でちらりと窺ったキャロラディッシュは、ロビンが嬉しそうに目を細めながら頷いている様子を見て問題は無いようだと頷き、鞄へと意識を戻す。
ロビンを通じてビルの下に何かを送った場合、ついでとばかりにビルが色々な物、主に書類の類を送りつけてくるのが常だった。
今回も何かがあるのだろうと思っていると、案の定大小様々な書類の束が鞄の中に入っていて……キャロラディッシュは庭園のいつものテーブルへと移動し、椅子に腰を下ろしてから鞄の中身を引っ張り出す。
そうして一体何の書類かと確認してみると、その束にはキャロラディッシュのサインを必要としている公的私的、様々な書類がこれでもかと束ねられていた。
その数を見て大きなため息を吐き出したキャロラディッシュは、やれやれと顔を左右に振ってから立ち上がり、屋敷へと戻ってペンとインク壺を手に取ってから庭園へと足を戻す。
書類の束が積み上げられたテーブルへと戻り、腰を下ろして……再度のため息を吐き出してから、その一つ一つの内容を流し読みながらガシガシとサインをし始める。
キャロラディッシュはビルのことを誰よりも信頼しており、その信頼しているビルが送ってきた書類だ。
わざわざ読んだりせずに、ただただサインをしても良かったのだが……それでも一応と中身の確認をしておく辺りがキャロラディッシュの彼らしいところと言えた。
そうして半分ほどの書類にサインをし終えた辺りで、一体何をどうしたらそうなってしまうのか……その髪とドレスを大中小の羽毛まみれにしてしまったソフィアとマリィが、キャロラディッシュの側へと十分に堪能したとでも言いたげな満足気な表情でやってくる。
二人のその姿を見てペンを持った手を軽く己の口へと当てたキャロラディッシュは、ペンを一旦置き杖へと持ち替えて、軽く振るって二人から羽毛を取り払う。
「……ロビンは綺麗好きな上、魔力を纏っているから問題ないが、野生の鳥の中には変な虫や病気を持っているものもいるので十分注意するように」
そんなキャロラディッシュの言葉にこくりと頷いたソフィア達は、満足気な表情のまま側に置かれた椅子へと腰を下ろす。
そうしてから小さなため息を吐き出して……テーブルの上にある書類の束へと視線を移したソフィアは、書類の中身を見てなんとなしに声を上げる。
「運河の整備に、領地の交通の整備……領民への無利子での貸付に、学校と病院の設立……。
……あれ? キャロット様の領地ってここだけでは無いのですか?」
そんなソフィアの一言にキャロラディッシュはサインを進めながら言葉を返す。
「ここもまぁ、領地と言えば領地なのだが、儂とお前達しか住んでいないのでな……私有地と呼ぶ方が適切だろう。
王家から託された領地に関してはしっかりと別に存在しておる。
……まぁ、とは言え、数度しか足の運んだことのない遠方地でな、こうして金を出してやる程度の関係よ」
「……お金を出してあげているのですか? 税を徴収するのではなく……?」
「無論、税に関しては法に従ってきっちりと取っておるとも。
とは言え田舎と言えば良いのか……発展とか都会とか、そういう言葉とは縁遠い土地なのでな、取れる税は微々たるものよ。
儂がこうして金を出してやらねば、学校や病院どころか、道の一本も通せん程の土地でな……まぁ、飢えないで済む程度には世話をしてやっておるのだ」
そんな言葉を耳にしながらソフィアは、再度テーブルの上の書類へと視線を落とす。
そこに書かれている文章も金額も、とても『飢えないで済む程度』のものとは思えない代物だったのだが……それでもキャロラディッシュにとっては些末なものであるらしい。
そうやって十分過ぎる程の支援をしながら、病院での定期検診、子供達へ教育を受けさせることなどを義務付けてもいるようで……ソフィアはその書類の束から、キャロラディッシュの貴族としての在り方の一端をひしひしと感じ取るのだった。
お読みいただきありがとうございました
体調不良もあって投稿が遅れましたが、次回は早めに投稿したいと思います




