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贈り物


 重ね世界との境界で、ドラゴンとの邂逅を果たしたあの日から数日が経って……キャロラディッシュはあの時に手に入れた、二つの宝石を調査する日々を送っていた。


 ドラゴンからのソフィアとマリィへの贈り物と思われる、こちらの世界に存在していないと思われる、未知なる空色の宝石。


 それらの宝石は、ただの宝石という訳ではなく、ドラゴンによってなんらかの魔術が込められているようで……その魔術が果たしてソフィア達にとって良いものなのか、それとも悪いものなのか。

 そのことについてをキャロラディッシュは、あの二人にこの宝石を渡す前にと、その持てる知識の全てでもって調べていたのだ。


 様々な魔術を駆使しての魔術的なものから、自身の知識と数え切れない程の蔵書の力を借りての学術的なものまで……ありとあらゆる手法での調査は、相手が未知の存在であるだけに難航してしまっていた。


 そしてこの日もまた、調査は上手く進まずに難航することになり……夕刻過ぎ。


 サンルームの机を前に宝石を手にして頭を悩ませるキャロラディッシュの下に。一匹の茶猫、工房住まいの職人猫ピーターがやってくる。


 ピーターは、そのふさふさとした茶色の毛と、木くず鉄くず銀くずのこびりついたエプロンを揺らしながら側まで歩いてきて、キャロラディッシュの膝の上に二つのペンダントをそっと乗せてから口を開く。


「旦那、注文のペンダントが出来上がりやしたぜ。

 旦那が魔力を込めた銀を土台に、相応の細工をして、蓋付きの細工もして、蓋の中にちょっとした宝石を敷き詰め、開いたら綺羅びやかな光景を楽しめるように仕上げておきやした。

 それと隠し蓋も言い付け通りに仕掛けておきやした。

 ……しかしなんだってまた、そんなにも綺麗な宝石を隠し蓋の中に押し込んじまうんですかい?

 どうせならペンダントの前面に飾って、皆に見せつけりゃぁ良いでしょうに」


「……綺麗な宝石を見て、ああ綺麗だなと素直に楽しめるお前達のような人間は稀有なのだよ。

 この宝石はただ綺麗なだけでなく、見る者が見れば分かる程に珍しい、そう簡単には手に入らぬ代物だ。

 そんな宝石を愚かな欲深共が見たら何を考えるか……答えは簡単、どうやって奪ってやろうかと、そんなロクでもないことを考える訳だ。

 この宝石を二人に持たせてやるのだとしても、そんな欲深共には見つからぬよう隠してやる必要がある。

 その魔力を込めた銀は、お前の腕でもっての素晴らしい細工と、儂のちょっとした魔力が込められたことで、それなりに見ることの出来るものとなってはいるが……所詮は銀、安物だ。

 少女が持つ銀細工程度であれば、奪ってやろうなんて馬鹿者はそうはいないはずだ」


 キャロラディッシュの顔を顰めながらのそんな言葉を受けてピーターは、そのヒゲをひくひくと動かし、呆れ果てたというような表情になる。


「そりゃぁ俺達だってきらきらした綺麗なもんを見たら、飛びついてみたいとか、それで遊んでみたいとかは思いますよ?

 だからって女の子を泣かせてまで奪いやしませんって……。

 キャロラディッシュ様達以外の、外の人間達ってのは本当にロクでもないんですなぁ……」

 

 そう言って大きなため息を吐き出したピーターは、ため息を吐き出したことで気を取り直したのかその耳をピンと立てて、机の縁に前足をかけてぐいと自らの身体を持ち上げて……机の上にあるキャロラディッシュの手と、その中にある二つの宝石をじっと見つめる。

 

「いやー……しかしほんとに綺麗な宝石ですなぁ。

 ドラゴン? でしたっけ? こんなにも綺麗な宝石を贈ってくるなんざ中々の紳士じゃぁねぇですか。

 きっと込められている魔術だって、彼女達にとって素敵な、紳士的な内容に違いねぇですぜ」


「……紳士かどうかは分からんが、どうやら悪意を持っての贈り物ではないようだ。

 その全容は未だに掴めていないが、これにかけられている魔術の系統はどうやら祝福の類であるらしいことが分かった。

 あの二人に祝福あれ、幸あれと、そう願って贈られたものらしいな。

 ……だが儂に分かるのはそこまで、かけられた祝福の詳細な内容を知るには五年か十年かは必要になるだろうな……」


 そう言ってキャロラディッシュはため息を吐き出し、手の中にあった宝石をことりと机の上に置いて……膝の上の二つのペンダントを手に取る。


 そうして隠し蓋を開いてから、宝石をその中にしまい込み……そう簡単に隠し蓋が開かないようにと魔術でもって封をする。


 その様子をじっと見つめていたピーターは、宝石の輝きを眺められなくなったことに小さく落胆してから、その気持ちを混ぜ込んだ声を上げる。


「……あれま、もう調査は終わりですかい?

 ……もう少し見ていたかった―――いやいや、調査を続けて欲しかったと言いますか、訳の分からんまんま、あの二人に渡しても大丈夫なので?」


「調査を続けるという選択肢もあるし、あの二人に渡さないという選択肢もあるにはあるが……これはあのドラゴンがソフィアとマリィを想って贈ったものだからな。

 ……それにドラゴンがどうしてあの二人にこの宝石を贈ったのか……その意図が気にかかる。

 もし仮に、これがあの二人に必要なものだと、これが無ければあの二人が困ったことになると考えて贈ったものであるならば……あの二人の手元になければ話にならん。

 あの二人には特別な力があるようだからな……そのことも思えばこれらの宝石はあの二人の手の中にあるべきなのだろう」

 

 そう言ってキャロラディッシュは屋敷の中に向けて大きな声を上げる。


 ソフィアとマリィの名を呼ぶその声が屋敷の中に響き渡ると、すぐに『はーい!』との返事が屋敷の奥から響き渡ってくる。


 そうして屋敷の奥からなんとも賑やかな、楽しげな声と共にソフィア達の気配がこちらへと近付いて来て……その気配を感じ取ったキャロラディッシュとピーターは、紳士からの贈り物を受け取るレディらしからぬ態度だなと、二人でそっくりの苦笑を浮かべるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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