1-5 最強の男
退院は出来たけど、移った先で散々脅かされる話。
生前、三英雄のリーダーだったリョウヤは、かつてこの組織の一員だった。……のだそうだ。
何しろ昔の事だし、聞いた話でしかないのだけれど。
ただ、確かにリョウヤは元忍者としか思えない要素が幾つもあった。
例えば、あらゆる地域の言語や文化に精通していたり、主立った兵器・武器、乗物等の扱いの上手さ、格闘戦であれ、得物を使用した戦いであれ、誰にも負けない強さ。
そして敵を無力化ではなく、完全に絶命至らしめる為の体術等々……。
数え上げればキリが無いくらい思い浮かぶ。
そんなリョウヤが―――俺にとって、誰よりも強いと思えたリョウヤが、ある日言った。
「俺なんかよりも、もっと強い人がいるんだぞ」って。
その言葉を聞いたのは随分前、俺がまだ、十歳くらいの頃だった。
でも、信じられなかった。あの誰よりも強かったリョウヤより、まだ更に上が居るなんて。
「えー。そんな人何処にいるんだよ~?」
「あ、信じてないな~。ちなみに、その人は俺の……まぁ、遠い親戚なんだけど、戦い方を一から教えてくれた人でもあるんだ」
「ふーん、じゃあ、リョウヤの先生なのか~」
「先生? うん、そうだな。で、その人だけじゃなくて、その人の親友も同じくらい強いんだぞ」
「……まだ居るんだ。すっごいなぁ! やっぱり、宇宙って広いんだなぁ~」
その、『リョウヤよりも強い男』を求めて、俺はやって来た。
何かの答えが欲しくて。その問いさえ、はっきりしない状態で。
とは言え……もう、本当に昔の話だ。
その『リョウヤよりも強い男』が、今現在生きているのかすら、俺には分からなかったけれど。
―――いや、それでも良かった。
誰でも良いから、リョウヤの事を知っている誰かに会いたかっただけなのかも知れない。
そう、彼らを『思い出』として語れる人々に。
2日もベッドでごろごろしていると、退屈でしょうがない。
時折、リエルちゃんとアイカちゃんがやってきて、話し相手にはなってくれるけど、それでも……退屈だ。
「あらあら~、顔に思いっきり『ヒマだ~~~』って書いてあるわね~」
見ると、俺の担当医がにこにこして立っている。
「ああ、ツクミさん……。そりゃ、まぁ。体も鈍って仕方ないですしね」
忙しくない時は、常にトレーニングしてたもんだから、体が動かせないと逆にイライラが募って精神的に宜しくない。
「じゃあ、朗報かな? もうベッドに寝てなくて良いわよ」
「え?」
―――てことは。
「鈍いなぁ~。退院して良いって言ってるの♪」
「やったあ~~っ!!」
思わずガッツポーズが出る。
「で、喜んでるトコ悪いんだけど……」
と、水を差すお言葉。
「体の状態は、もう普通に動く分には大丈夫というレベルまで治ってるわ。
だからって、無理はしないようにね。
それから、もう一つ。
貴方には案内係―――ま、ぶっちゃけると監視役ね―――が付けられる事になってるの。
さすがに、この本殿の中を一人で歩かせる訳にはいかないから~」
仕方ないよな。俺ってここじゃ完全部外者なんだし。
「当然ですね。で、その方はもう決まってるんですか?」
どんな人物なんだろう? リョウヤの事を知っている人なら、好都合なんだけど。
「ええ、実はもう、部屋の外で待ってるの。―――カクちゃん!」
入って来たのは、予想とは正反対の人物だった。
「初めまして、ライトさん。ボク、カクヤ・ミカナギと申します。
今回、貴方の案内役を仰せつかりました」
あまりの意外さにポカンと口を開けて呆けてしまった。
だって、カクヤ君は、明らかに俺より年下の少年だったから。
「……やっぱり、ビックリしてる~。
そうよね~、当然オヂサンが来るって思うわよね、フツー」
おかしくて溜まらないといった感じのツクミさんの言葉。
「……酷いよ、ツクミさんったら。ボクだって驚いたんだから、今回の指示」
少年は、親しそうにツクミさんに抗議する。ようやく我に返った俺は、慌てて話しかける。
「……あ、ゴメン。何か、意外で……。よろしく、ミカナギくん」
と、右手を差し出すと、少年は握り返し笑顔で頷いた。
「ボクの事はどうぞカクヤと呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
取り敢えず、話が出来る人物で良かった。ここにいる間中、ずっと押し黙ってるなんてぞっとしないもんな。
「じゃあ、移動しましょうか。
一応、宿泊の為の部屋が有りますから、そちらへ移って頂くようにとの指示が出てますので」
「そっか、何時までも病室に居る訳にいかないもんな」
そんなこんなで、身一つだけど引っ越しと相成った。
上がったり下がったりおまけにくねくねと、複雑な通路を通ってカクヤ君が歩いていく。
「この建物、結構広いんだね。置いて行かれたら、絶対迷うな」
「あはは、ホントそうなんですよ~。ボクも最初はしょっちゅう迷いました。その度に兄さんに迎えに来て貰っちゃって」
「優しいお兄ちゃんなんだね」
兄弟か、ちょっと、羨ましいかも。
「えへへ。ボクの自慢の兄さんなんです。あ、部屋はもう、この先ですから」
嬉しそうに笑うなぁ。……もっと、こう、堅苦しい雰囲気を想像していただけに、ある意味、肩すかしを食らった感じだ。
で、宛がわれた部屋は……何というか、ごく普通のビジネスホテルみたいだった。ただ、外から施錠出来るようになってるけど。
「ああ、お気づきですね。
一応、ボクが一緒でない時は鍵を掛けさせて貰います。
セキュリティ上の問題もありますので、その辺はご容赦ください」
「―――仕方ないよ。俺はここではイレギュラーな存在だからね」
苦笑混じりに答えると、少年は笑顔を曇らせて続ける。
「ご理解、恐れ入ります。後、滅多に無い事ですが……非常時にはもう一つロックがかかります。
このブロックは特に強化建材で出来てますからドアさえ開かなければ、安全な筈ですし」
何だか、猛獣でも出るような口振りだ。でも、確かに言われてみれば、壁もドアも恐ろしく分厚く出来ているのが見て取れる。
「一体何が出るって言うんだ? こんなに厳重にする程の物なのかい?」
クス。
「……ええ。滅多に出ないけど。人間なんかより、もっと、手に負えないバケモノがね」
カクヤ君は暗い笑みを戻さない。
「脅かしっこなしだぜ?
こんな、俺よりずっと強い人間がごろごろ居る所に何か出たって、ぱぱぱって退治しちまうんだろ?」
「気を付けてください。今日は満月期だし、間隔的に言って、今夜あたり出てもおかしくないし。
……警報が鳴ったら、絶対に外に出ちゃダメですよ」
そう言って、さんざん俺を脅かしてカクヤ君は立ち去った。
途端に電子音を立ててオートロックがかかる。
……しかし、何なんだろう。
カクヤ君の言葉は、半分冗談の様だったけれど、この部屋の造りは明らかに「何か」に対する防御の為に壁や扉をこんなにも分厚くしてあると思える。
しかも、思い過ごしかも知れないけど。この造りは「中」に居る物に対してるようだ。
「外敵」に対しての物じゃ、ない。
俺は、言い様のない嫌な予感を募らせた―――。