1-4 恩人は料理マニアで食材フェチ?
みんなで楽しくお昼ご飯を食べた話。
暫くたって、アイカちゃんが調達した俺のメシがやってきた。
「うわ、旨そう!」
手を貸して貰ってゆっくりと上半身を起こすと、バランス良く料理が盛られたトレイが載っている。メニューは―――何だろう、良く分かんないのも有るんだけど。匂いはめちゃくちゃ俺の食欲をそそってくれる。
「あら、これ、食堂のメニューじゃないわよね?」
聞けば、今は昼食の時間帯よりも、少々遅い時間らしい。何でもここの食堂は作り置きを好きな分だけ取って食べるビュッフェスタイルらしくて、時間的に保温の必要なメニューは置かれていない(ランチタイムでほぼ全てはけてしまう)のだそうだ。
それなのに、料理からはまだ出来立てのような湯気が立っている。
「あ、はい。ちょうどマスターが食堂でアソラさんや弟さんの昼食を作っていらしたので。
これ幸いとお裾分けして貰っちゃいました」
とアイカちゃんが嬉しそうに伝えると、ツクミさんが途端に拗ねたような顔をした。
「……えぇ! アソラのヤツッ。羨ましいったら。
良いなぁ~。ライトさんのご飯、絶対美味しいわよ。―――あ、そうだ、お箸は使える?」
「ええ、大丈夫ですよ。昔、箸を使う仲間がいたんで、教わりましたから」
話している間にも、リエルちゃんがベッドに備え付けのテーブルをてきぱきと設置している。
どーも、俺の為ってよりはやっぱり早くご飯が食べたいみたいだ。
「いただきま-す!」
元気なリエルちゃんの声が部屋に響く。
俺と違って、3人はお弁当だ。よく見ると、おかずが一緒だから、誰かが3人分一緒に作っているんだろう。俺も、暫く使ってなかった箸と格闘しながら食べ始める。
「旨い! こんな旨い飯、久し振りだ!」
「うっふふふー。そうでしょうとも~♪
貴方の分はこの忍者の里でも一、二を争う料理の鉄人が作ってるんだもん、当然よ」
何だか、ツクヨミさんが自分の事のように嬉しそうなのは何故なんだろうか……?
「ライトさん、お茶、此処においておきますね」
アイカちゃんが紙コップを目の前においてくれる。
「やっぱり、お米のご飯には緑茶よね~」
緑茶……? 確か、昔、リョウヤが飲んでいたような……。
コップの中には緑色の透き通った湯が入ってる。
ああ、さっぱりしていて合ってるなぁ。うん、旨い。
和気藹々といった感じで、他愛ない話をしながらの食事が終わった。
「ところで、ツクヨミさん」
「『ツクミ』で良いですよ、ライトさん」
「……じゃあ、ツクミさん。
俺を助けてくれた方は、今どこに居るか分かりますか?」
「うーん、もの凄く忙しい奴だから、ちょっとやそっとじゃ捕まんないのよね。
もう次の仕事にかかって、本星から出てるかもしれないし」
「そうですか。是非お礼を言いたかったんですが……。その人が、船も?」
「そう。ついでに言うと、ホストコンピュータを手懐けて防御システム切っちゃったのも、貴方の食べたお昼ご飯をお裾分けしてくれたのも、おんなじ人よ」
―――へぇ、何だか凄い人物だなぁ。
「一体どんな人なんです?」
「そうねぇ……。一言で言うなら、『忍者組織始まって以来のトップエージェント』かしら」
え、エリートってことか? 何か、苦手なんだよな、そう言うの。
「あはは、そんな顔しないで。本人は至って”普通のお兄さん”なんだから。
あ、でも、お料理マニアで食材フェチっていうのは普通じゃないか~」
「『料理マニアで食材フェチ』~?! 何ですか、それ?」
お兄さんっつーくらいだから、男性なんだよな? 俺、料理ってからっきしダメだからなぁ……。
「そのまんまよ。ちっちゃい頃、お料理するのが好きになっちゃって、それからずっと、趣味がお料理なの。
で、仕事柄あちこち飛び回るでしょ?
任務先で美味しい料理とか、珍しい食材とかを見つけては研究して自分のレパートリーにしちゃうのよね~」
お陰で、色々美味しいもの食べさせて貰うのよ、とはツクミさんの言だが、一般的には逆なのでは? でも、一流シェフとかってのは、殆ど男性だっけ。
「付け加えると、さっき飲んでたお茶も、彼のおすすめ銘柄なの。
普段飲む分には十分美味しいし、割にお手頃な値段だし、私もお気に入りなのよね」
と言って笑う。何となく、こんな和やかな時間って随分久し振りだな。大勢で食べる食事も、思えば……あの頃以来だ。
「ツクミさんって、フレンドリーなんですね。俺とは初対面なのに、色んな事話してくれるし」
「え、そうかなぁ? 私、コレでもかなり人見知りな方なのよぉ?」
『ドコがだ』って突っ込みたくなるのを、何とか押さえる事に成功する。
こんな社交的な人見知りなんて、そうは居ないだろうに。
「―――って、あんまり怪我人に無理させちゃ医者失格ね。
じゃ、大人しく寝てなきゃダメよ、ライトさん。
まだ退院まで2~3日はかかると思うから」
ツクミさんの話では、俺が二度目の嵐にあって、意識を失ってから程なく救助されたらしい。
まぁ、それも、手懐けたケルベロスからの情報らしいんだけど。
嵐が過ぎるのを待って、小型艇で乗り付け、俺の応急処置を施し、ケルベロスと話をしてから配線関係を最低限修理し、本星のドックへ戻って来たのだという。
それから、俺が意識を取り戻すまで丸二日が過ぎて居るのだそうだ。
それにしても、さすがは忍者組織と言うべきなのだろうか。
俺を救助してくれた人もそうだし、ツクミさんもあの若さで既に博士号を持つ才媛だ。
人材という面ではかの銀河連邦でも遙かに及ばないだろう
医療設備にしたってそうだ。本来、肋骨を折るような怪我なら、もっと安静加療が必要だろうに、今日までで3日、後2~3日もすればほぼ完治状態で退院出来ると言う。
一体どうすればそんなに早く治ってしまうのか。治癒魔法で治すにしたって、かなり大変な筈だ。
……やっぱり、侮れない組織だと思わざるを得ない。
『闇の調停者』、或いは『形無き魔導国家』とも呼ばれる忍者組織。彼らが存在する事で保たれている均衡は、それこそ数知れない。
軍隊としては認識されないものの、外世界の大国に所属する情報機関のエージェントや、俺達のようなコンダクターライセンス一級所持者よりも遙かに優秀な人材を多数持ち、武器や乗物、その他ありとあらゆる技術も、何処よりも抜きん出ていると噂される組織。
更に凄いのは、忍者組織の構成員総てが、外世界では極僅かな数でしか存在しない『精霊魔法使い』だと言うことだろう。
まぁ、これは昔俺がリョウヤから聞いた話で、あまり知られていない事なのだそうだが……。
今の所―――と言うより、その存在を認識され始めた頃から忍者組織は一貫して『正義の味方』的な活動を続けている。それが何故なのかは、生憎とリョウヤから聞かなかったし、俺なんかじゃ到底想像も出来ない。
その気になれば大国と呼ばれるような相手であろうと、簡単に制圧することが出来るだろう。
或いは、国の中枢に潜り込んで内側から瓦解させることだって赤子の手を捻るより容易いだろうに。
とにかく、俺的には敵に回したくないし、あんまりお世話になりたくもない組織な訳で。
真っ当な生活をしてれば、特に関わる事もないんだけど。
俺が、そんな場所にやって来たのには、それなりの理由がある。