1-2 心に吹く風を止める方法は……
悩みを抱えたまま、忍者組織の本星へ向かう話。
育ての親とも言うべき”三英雄”を失ってからと言うもの、俺は何かに取り憑かれたように「強く」なりたいと願っていた。
「あの時」……。
自分一人だけ脱出させられ、ただ呆然と戦いの場であった小惑星が崩壊していくのを為す術もなく見つめていた。
大切な物が、この手の中からこぼれ落ちていく、あの感覚。
その瞬間から……俺の精神状態は少しずつ歪み始めていたのかも知れない。
ある星に強いヤツが居るという噂を聞けば、飛んでいって勝負を挑むなんて事は日常茶飯事だった。
賞金稼ぎ等ではなく、ただ「強いヤツ」と戦い、そしてことごとく勝ち続けた。
フレッドは「ウジウジしているよりはずっと良い」なんて喜んでいたけれど、俺自身、ずっと心の中で風が吹いているのを感じていた。
その風を止めたくて、数年ぶりに孤児院の牧師様に会いに行った。
随分、髪に白い物が目立つ年になってしまった牧師様は、俺を見るなりこういった。
「『誰か』は、まだ……見つからないんですね」と。
自身でさえ忘れかけていた子供の頃の話を、牧師様は覚えていた。
「あんなに熱心だったのに……。変わってしまいましたね、ディー」
寂しそうな笑顔だと思った。
「―――俺にはもう、それが第一の目標じゃ無くなってしまったから。
『誰か』なんかより先に、弱すぎる俺自身を何とかしないとッ」
「過去を振り返るのはその人の自由ですが、過去に囚われるのは不幸な事ですよ?」
その言葉が、どこか俺を憐れんでいるように聞こえて。
「……過去なんかじゃ、ない!
みんなは、俺の目の前であいつに殺されたんだ……っ!!」
俺が、弱かったから、みんなを失った。
もしもっと俺が強かったなら、大事なみんなを失わずに済んでいたのかも知れない……。
風は、益々うなりをあげて強く吹き付ける。
牧師様は無言で、子供の頃のように俺の髪を撫でた。その手は、随分小さく感じた。
その夜、一晩泊まって行きなさいと言う牧師様の言葉を辞退して、連邦警察局の知り合いから聞き出した、忍者組織の本星へと向かった。
いや、厳密に言うと「本星」ではなくて、「本星」が存在すると思われる宙域とでも言うのだろうか。
実際問題として、そのあたりには巨大な暗黒ガス雲の存在が確認されているだけで、そんな中に人の住める星が有るだなんて誰も思わない。
その上、絶えず電磁嵐が発生していてうっかり近寄る事もままならない。
ある意味、天然の要塞ともいえるかも知れない。
そんな下手をすれば、生きて戻れないかも知れない様な場所へに連れて行く訳にもいかないんで、シェーラは知り合いの所に預けて一人でそこへ向かっていた。
ティンカーフィッシュ(三英雄の形見になってしまった船の名前だ)の強度なら、少々の嵐でも持ちこたえることが出来る筈……だったのだが。
ガス雲に入った途端に嵐にやられて計器類がおかしくなった。
お陰で、元からこの強攻策に反対だったホストコンピューターには、さんざん嫌みを言われてしまったのだ。
しかもこのガス雲、殆ど視界が利かないものだから、有視界航行すらおぼつかないと来ている。
「なぁケルベロス、俺達生きて帰れるのかな?」
ああ、ケルベロスって言うのはこの船の優秀なホストコンピュータ様である彼の名前だ。
『……知らん。
それもこれもお前が無謀なことをするからだろう?
全く、昔から、後先省みない所だけは少しも治らんな』
ムカついた。
「はいはい。何もかも全部俺が悪いんですよーっだ!
三英雄を失ったのも、こんなトコに座礁してるのも、全部俺がこの船に乗ったからなんだろっ!!
悪かったなっ!!」
八つ当たりだって、分かってる。それでも、感情を制御出来るほどの余裕が無かった。
それから、ケルベロスは口を利いてくれない。
真っ暗闇の風景になって3日。俺はもう何度目かも分からないため息をついていた。
まあ、航行に関する計器の他は、機能に障害は無いみたいで日常生活は普通に出来ている。
―――とは言え、それも食料庫の食い物が有る内だけなんだけど。
相変わらず、ケルベロスは相手にしてくれないし。
そんな深刻な状況の割に、全然危機感がわいてこないのは何故なんだろう?
酷く落ち着いた……、変な言い方だけど「澄んだ」精神状態。
じたばたしても仕方ないんで、俺はリョウヤに聞いた事のある精神修養の方法を真似してみる気になった。それは、いま目指している場所であり、またリョウヤの故郷でもある忍者組織の本星に古くから伝わる数多くの修行の一つだという。
リョウヤがやっていたように足を組み、その膝に手を乗せ、呼吸法と併用する事で精神統一をはかる方法で「ザゼン」とかいうものらしい。
目を閉じていると思い出が、次から次へと呼び起こされる。
シェーラとの出会い。
本当の親以上の存在である三英雄達との別れ。
多くの苦楽を共にした修行の日々。
宇宙に出るきっかけになった出会いと旅立ち。
多くの友達との孤児院での生活、優しい牧師様。
そして……。
『宇宙へ、行きたいんだ―――どうしても。俺を待ってる奴が居るんだ』
そう、それが一番初めの想い。俺の心の中に、俺を呼ぶ声が聞こえるから。
その悲しそうな、泣いているかも知れない『誰か』を見つけだす為に俺は、宇宙に出た。
その筈だったのに。いつの間にか、他の大事な事に紛れて、隅に追いやられていた。
なんてこった。何をやってるんだろうな、俺は―――。ため息しか出てこない。
その時だった。ティンカーフィッシュの船体が、大きく揺れた。
「何?!」
計器類をおシャカにしてくれた時よりも、更に強い電磁嵐が目の前に迫っていた。
「や、ヤベ……」
青白いプラズマが太く細く、ガス雲の間を走っている。
星間航行船としてはかなりの規模を誇るティンカーフィッシュでさえも、荒波に揉まれる木の葉の如く翻弄されるしか無かった。