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9月20日水曜日 寄り添ったり、別れたり、また寄り添ったり

ヒノは夢を見ていた。

夢の中で、あ、これ夢だと気づく。


だってよくわからないぐにゃぐにゃに歪んだ紫の会場で自分の周りに大勢いて

「スゴイ」

「流石」

「天才」

なんて褒められる夢だったから。

そんな状況は、ヒノにとって違和感だらけであった。


不愉快なので起きたいと思った。

そして当然ヒノは目覚めた。


今日はヨウスケが一緒のベットで寝てない。

時計を見ると昨日起きたときよりも遅い時間に目覚めたとわかった。

だからヨウスケがいないのだろう。


ヒノはイマイチ調子の出ない寝起きの体に鞭打って、ベットから起き上がる。

見慣れない女物の服がかけられているのに気付いた。

(昨日アレ着て、家に帰ったんだよな)

そう思いだすと、恥ずかしかった感情まで蘇ってきて、逃げるように部屋から出てリビングに向かった。

多分朝飯が用意されてるだろうから。


そして、リビングの前で立ち止まった。

そこには、入れなかった。

ヨウスケと自分の家族が話していたから。その様子がなんだかおかしかったから、イマイチ入り込みに行きにくかった。


こんな話を彼らはしていた。

「出ていけと言うのなら出ていきます、こんな状況でしばらくここにおいてくれただけでもありがたかったので」

ヨウスケが珍しく語尾に”ニャ”をつけず真面目なトーンを出してのだ。

「だが、それはハッキリしない情報だろ?」ヒノ父の声がする。

「でもホントだったら?」ヒノ母の声。

「私としては、ヒノ君のお母さんの方に賛成です」またヨウスケの声。

「……そうか」またヒノ父。


「何話してんのさ?」ヒノは、自分でも気付かぬうちにリビングに踏み込んでいた。

「聞いてたの?……ニャ」ヒノにたずねるヨウスケが一瞬語尾を忘れていた。


「ヨウスケが出ていくとか、ハッキリしない情報とか、なんなんだよ?」

「それは……」ヒノ母が教えようとして、ヒノ父に止められる。

代わりに彼が喋る。

「近未来区に住んでいる方々が全滅した話は、知っているだろう?」

ヒノは一体何の話だ、文句を言って会話を中断させたくなった。たぶん、その話は嫌な話に繋がるから。

「それは、細菌兵器が原因という話じゃあないか」

なんとなく察した、何が言いたいのか。

「それで、近所づきあいが多くないお前は知らないだろうが噂が立ってるんだ、”近未来区に住んでいる人間は細菌兵器に感染していて、近づいたヤツも感染する”とな」


「ざけんな!」ヒノはつい声を荒げる。

強い言葉を子供に使われてヒノ父は顔をしかめたが、それ以上の反応はしなかった。

ただ「……だから、ヨウスケ君が出ていくべきじゃないのか?と相談をしていたんだ」と返答する。


ヒノは両親を睨み付ける。

それをヨウスケが止める。

「その相談は、私が持ちかけたものだから、ヒノの親御さんは悪くないニャ」

今度は猫みたいな語尾を忘れていない、でも声色は明らかに暗い。無理してると誰が聞いてもわかる。

「そういう噂が立ってるのに私がいたら、迷惑をかけるかもしれないから」

「でもさ、その噂……なんかおかしくね?」

ヨウスケが笑って、”わかってる”みたいな顔つきになった。

「たしかに、あの細菌兵器は潜伏なんてせずに即死させるタイプだったし、感染してるなら私達は既に死んでるはず二ャ」

「だろ?俺達は大丈夫だろ?」ヒノは笑う。


ヨウスケは悲しそうな顔になった。

「でもそういう”感染しない”なんてことを声高らかに言ったとしてもあまり意味が無いって歴史は知ってるのかニャ?」

「え?」

「たとえばハンセン病を知ってるのかニャ」ヒノは知らなかったので素直に首を横に振る。

「ハンセン病は、身体に斑点が出来て感覚を失う病気、昔は怖がられてたし、感染者が差別されてたけど、今は普通に治療出来るニャ」

「それがなんだよ」

「……治療できるようになってからも、病気の感染力が低いってわかっても、感染者の差別はしばらく残ったニャ、理解されてすらそんなこともあったりするのニャ、理解されようが無いモノはとんでもないことになりうるニャ」

「そういう歴史がまたここで繰り返されて、お前に迷惑を俺達がかけられるとでも?」

ヨウスケは力強く頷いた。決意はもう決まっているようだった。


「でもまだ何も問題は起きてないだろ、起きる様子も無いだろ」だけどヒノは反論してヨウスケを引き留める。

「だから今のうちに起きる可能性は潰すのニャ、起きてからじゃ遅いのニャ」

たしかに、とヒノは理解した。でも納得し難い。

そんなヒノの意識にヨウスケは気づいたようだった。

「これは私が決めたこと、ヒノ君やヒノ君のお父さんお母さんが何か言おうと、私はこの選択を貫く」


「じゃあ、ここを出たらお前どこに行くんだよ?」

「町はずれにあるあのプレハブ小屋に行けばいいニャ、知り合いもいるし」

「それもそうだけどさぁ……」


ヒノにはどうにもヨウスケの顔が寂しそうに見えてしまい、イマイチ受け入れられなかった。

それが合理的だとは理解できているのに。

彼女がこの家にいる時、凄く楽しそうに見えたからそう感じるのだと思う。

ヨウスケが自分よりも、自分の家族と一緒にいて似合ってるとそう感じていたことも原因かもしれない。


「そんなに悲しそうな顔しなくてもいいニャ、ただ単にこの家から出ていくだけニャ」

ヨウスケはそう言って、ヒノの両親に振り返った。

そして、猫耳を珍しく外して頭を下げる。

「お世話になりました、ありがとうございました」と言いながら

ヒノの方にも向き直って

「お世話になった、ありがとう」と礼を言う。

ヒノはどう返せばいいのかわからず、黙ってしまった。

ヨウスケはまた、猫耳をつけた。



そしてヨウスケは出ていった。

両親と一緒に彼を玄関で見送った後、ヒノは一人になりたくなって階段を駆け上がって自室に身を滑らせる。

部屋に置いてあったヨウスケの荷物はまとめて無くなっていて。

ヒノはやけに広く感じる狭い部屋で、壁にもたれかかって頭を掻いた。

(なんだかなぁ……)

ふと、唯一ヨウスケが持って行かなかった彼の私物が視界に入る。


女性用の服だ。昨日帰宅する時に使ったモノだ。

チート狩りに見つかったら殺されかねないから変装用に彼が見立ててくれたものだ。

自然とソレに手をかける。 

そうしながら、どうするか考えてみた。

少なくとも、今何もしないなんてことしたくなかった。

だからヒノは、ソレを着ていた。


ヒノは洗面所の鏡で自分が女に見えることを確認してから、玄関の扉を開けて外に出た。

そしてヨウスケの辿ったであろう道筋を走り出した。

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