あの日潰えた泥梨の運命線を辿る
「クソっ!」
ヒノは汗をだくだく流しながらも拳を構える、アンズに向けて。
放課後から尾行してきて、ガードとやらと戦って、ヒノを銃で撃って何も問題だと感じていなかったうえ今のようにプロのような動きで部屋に侵入する彼女を警戒するのは当然だ。
しかしながら、アンズはあんな登場をしてきたわりに中々襲ってこない
でもヒノは凍り付いた空気の中ヒノは決して油断しない。アンズは襲い掛かってくる気を窺っているだけかもしれないのだ。
「……」
先程ガードに使った剣はもしもの時有効だろうかと考え、ヒノはしばし剣を出すため集中しようとした。あれを出す感覚はまだ覚えている。あれが欲しいあんなに軽い剣でも、無いよりほしい、あれば怖い気持ちが減る。
だが。
アンズがヒノに向き直って「ごめん」と平謝りする。
「……は?」
ヒノは何に対して謝っているのかわからず困惑した、その思いはアンズに反応で伝わり。
「腕を撃っちゃったことはごめん、謝る、嫌だったんでしょ?」
アンズはとても罪悪感に満ちた顔をしていた
『あなたに苦しみを与えた代償に何でもします!』というような見ているほうが罪悪感を感じるほどの顔だ。
その顔を見てヒノは冷静さを取り戻す。
恐怖だったり、マイナス方向の色んな気持ちが冷めた。
混乱してる時に自分よりも混乱してる奴を見ると醒める感覚に似ている。
アンズの謝罪は、良くも悪くも純粋な子供であるヒノとの間に生まれたわだかまりを、一瞬で取っ払っていった。
「普通は腕が抉れたら、死ぬって思うくらい痛いってこと忘れてたごめん……ところで怪我はもう治った?」
「お前割と馬鹿なんだな……治るわけないって知らないなんて……」
ヒノの腕は治療を受けたとはいえ、当然まだ怪我は残っている。
アンズはそれを理解して、泣きそうな顔で、ヒノに迫る。
「ヒノ君の気が済むなら、なんでもするよ私」
”なんでも”というその言葉でヒノは色々思いついた。
考えるとちょっとどきどきした。出てきたのは思春期の中学生男子らしい発想だ。
でも。
「……じゃ、今日直面した俺がわからないこと色々聞かせろよ、興味あるからさ」
とヒノは普通のことを聞いた。
今思いついた”なんでも”を言ったら、アンズは本当にそれをしてくれかもしれない。
だが、この状況でそういうことをさせるのは人としてダメなだし。そんなことしちゃあ岩戸に嫌わるのではないか?とも思う。
あと、普通にいやらしい気持ちを吐露するのは恥ずかしかったこともある。
だからヒノは一旦深呼吸して、落ち着いて疑問を「……なんなんだお前……?」問うた。
既に聞いたが答えが返ってこなかった質問だ。少しワクワクする。
アンズは少し間をおいて「一般のヤツだけど」とちょっと、微妙な答えで返して来た。
「一般人は銃を無から出したり変な奴と戦ったりパルクールで俺の部屋に侵入してきたりしない」
「武器を虚空間から出すのも戦うのもヒノ君だってやったじゃん、それにパルクールもあのくらい練習したら簡単に出来るよ」
「今日あった敵も出てきた剣も意味が解らない、なんであんな状況になってたんだ?」
「ガードが来たから」
そもそもその”ガード”とやらがいったい何者でなぜ来たのかヒノにはわからないのだ。
だがそれを聞こうとしたヒノをアンズは手で制止した。
「何だよ?」
「色々聞きたいんだろーけど、ちょっとその前にとにかく今は一つ大事なことを聞いて」
「……わかった」
「ゲームとかでチートってわかる?」
急になんだよ、とヒノは思うが「ああ」と肯定した。
それは気していることを説明するための布石なのだろうからだ。
「ヒノ君、チート常時発動状態だから、今すぐストップして」
「……え?いやそれはどういうことだよ?」
「とにかく今すぐ目をつぶって、さっき剣を出した時と反対に”能力消えろ”って念じて、今すぐに」
「わかった」
ヒノは言われた通りに目を閉じ念じ、開けた。
「うおっ」
そうすると周りの視界が先程までと違って見えるようになった。
具体的に言うと、埃や塵が少し見えずらくなってアンズの挙動がいまいカクカクに。それに、かなり部屋中が色褪せて見える。
「これは……いったい……」
ヒノは視力がそこそこ良いので知らないが、目の悪い者が眼鏡を外した時に似た感覚だった。
「”チート”の発動を止めたからだね」
「……チートってゲームで攻撃力をあげたりするあの?」
「うん、そうだよ、時たま……この町では多いんだけど突然武器が出せて一つ変なチートを使えるようになった人がでてくるんだ」
つまり、この街では変な能力に目覚めるやつが多いってことか。ヒノは理解する。
「そんで…、ヒノ君は視覚強化を持ってるっぽいね、ガードの剣を防いだり私の尾行に気づけたのはそれ」
そこでヒノは思い出した。
「そーいやお前は何で俺を尾行したり監視してたんだ?」
「ヒノ君がガードに狙われてたからすぐ助けられるようにするため……事情話しても相手にされないだろうから変な感じになったけど」
そっか、とヒノは納得した。アンズの言葉に迷いや嘘は無い。もしもこの言葉に恐ろしい嘘があったりしたらこの世界の何も信用ができなくなるほど説得力ある言葉だった。
「つかなんだよ視覚強化って……マジでゲームみたいですげぇな」
「そんなもの無自覚にと使ってたせいで世界の秩序大好きなガードに狙われたのヒノ君は」
「げ、つまりこの能力使うとデメリットがあんのか」「うん、チートを使うと偶にガードに察知されるから気をつけてね……」
ヒノは今日戦った謎の存在の強さを思い出し身震いする。もしもアンズがいなければ、あいつに自分は殺されていただろう。
「……ところで何で俺がそんなチートなんて力に目覚めたんだ?」
さて、ヒノにはまだ聞きたいことがあった。謎の能力に目覚めたのは納得したけど、何故目覚めたのかというのは聞いてない。
「なにか条件を満たしたから目覚めたんだろうけど、私もわかんない」
残念だがアンズも全部を知ってるわけじゃないようだ。
「つーかチートってホント何だよ、何もない空間から剣が出せるとか物理法則を無視してるし?」
ヒノの疑問を受けてアンズは右手の人差し指を部屋のパソコンに向けた。
「そういう世界だからチートはあって当たり前」
「え?」
「この世界は量子コンピューターあたりで作られた仮想現実だから、武器オブジェクト生成だってありうる」
突然のアンズの言いようにヒノは困惑した。いきなりのここは仮想現実だなんて発言に。
「まぁ、世界が仮想ってこと自体はどうでもいいと思うけど」
「俺たちが嘘の存在ってことだろ?どうでもいいのか?」
ヒノは荒唐無稽に聞こえる話にショックを受けていた。あんまりにも色々衝撃を受けていたせいで疲れて、大きなリアクションは取らなかったけど。
これまでの出来事がアンズの話を真実と伝えている。ヒノは自分の世界が作り物と言われて受け入れていた。
「まぁ、世界がたとえ作り物でも関係ない、私たちはここに”心”を持って生きてる本物だから」
アンズの言うことに、ヒノは「そ、そうだな」と答えておく。正直よくわからなかったがわかった方が頭よさそうに見えると判断したのだ。
「ご飯できたわよ~!」突然ヒノ母の大きな声が下の階から聞こえた。
「はーーーーい!」
ヒノも返す。
もうそろそろ話を切り上げる時間が来たかとアンズは大きく伸びをした。
「っと、じゃあ私はこれで、チート使ったらまたガードがデリートしにくるかもだから注意してね」
「……ああ」
「あと、これ」
アンズは小さな紙を手渡してきた。それはヒノの知らない住所の書かれた紙だ。
そして彼女は真面目な顔つきをした。
「私と一緒に戦う覚悟があったら明日の放課後来てね」
かなり唐突な誘いだった。
そう言ってやるべきことは果たしたとアンズは窓を開け、そこからピョンと飛び出した。
慌ててヒノは落下していったアンズを見る、華麗にプロ級の受け身を取ったようで無傷だった。それからとても速く走っていく。
そのとんでもなく凄い姿は、ヒノを少し感心させた。
まぁ彼女を全肯定するようになるほどの感心ではないが。
「お前さぁ、戦う覚悟っていわれても……何とどう戦うのか言ってくれねえと答えようがねえからな?」
ヒノの呟いた文句は母の
「ご飯!冷めるわよご飯!」
という声にかき消された。