ちょっとだけ、変な世界を知った時
ヒノはアンズのことが妙に気になった。
なぜならば、授業中彼女がちらちらと見てくるからだ。
そのせいで今学んでいる、生物の内容が頭に入ってこなかった。
その視線には冷たさや優しさや怒りや憎しみや温かさが混じっている。
なぜそんな目で見られないといけないのか、ヒノには心あたりが無い。
最近転校してきたらしい彼女とほぼ関係ないなのだ、何かあるハズがない。
だから、ヒノはアンズのことが放課後まで気になってしょうがなかった。
結局放課後になってもなぜ変な目で見られるのかわからなかった。
帰宅のため校庭を突っ切って校門を走り抜けて
右と左二つに分かたれている道を二十メーター走って。
そしてヒノは何気なく振り向いた。
「……なんだあいつ」
アンズが、すっと電柱の陰に隠れて視線を切った。
ヒノは全力で疾走してみた。
時折後ろを確認するとアンズがついてくるため走っているのが見えた。
「やっぱりか……なんで、そんなこと?」
なんというか危機を感じて疑問の中、また走る。
スグ振り向く。
アンズは走ってついて来ている。
ヒノは不気味なその状況が嫌になって。
ついつい、川にかけられた橋のあたりで。
「お前、何がしたいんだよ!?」
引け腰にならないように、舐められないように、威嚇的に詰め寄った。
アンズは別段取り乱すこともなく、焦ることもなく。
「ついていきたいから」と言い放った。
「つまりストーカー?なんでそんなことしてんだよ……俺、お前に恨まれるようなことしたか?」
「あなたは力に覚醒してるから」
いきなり頭に怪電波を受けてるような話が発生した。
「何言ってるんだお前」
ヒノは突然すぎて理解できなかった。当然である。
「無意識に力を使ってるの、だからあなたはデリートされちゃう」
アンズは不安げに意味不明を垂れ流す。
「……だーかーら、何言ってんだよ中二病かお前」
唐突で突然で、脈絡のないそんな中二病じみた話に、少年心でワクワクとしながらそれでもバカバカしいとヒノは否定した。
「多分、視覚拡張あたり?私の尾行にも素人のあなたが気づけていたし」
アンズはさらに意味不明を流す。
「ごめん、力がどうとか言われてもわからないから俺にも解る言葉で言ってくれない?」
漫画やライトノベルを時折ヒノは読む。
だから、アンズの話がなんとなくわかる気がしたけど、やっぱわからないので質問をした。
「あなたには世界を救う力があるみたい、けどまだ使いこなせてないみたいね、いや使いこなせないどころか存在を理解すらしていないの」
「……」
突然”世界を救う”なんて言われ、少し話が飛躍しすぎている気がして閉口。
「大丈夫、力がつくまで守るから」
アンズが話を止めて、ふとよそ見をする。
そしてどこぞを凝視した。
「……あ、来た」
彼女のその恐怖が入った言葉で空気が、冷たくなる。
アンズが視線でヒノに橋の先を見ろ、と促したので素直に見てみると
何かいた。
ヒノはそれを見て、心臓が跳ねあがり、鼓動が速くなっていることを自覚した。
そして、現実感の無いそれから目が離せなくなった。
遠くからヒノたちより三回りほど大きなな何かが来ていた。
それは人型だが人では無い、そもそも生物ですらない。
着ぐるみとも動きが違う。……例えるなら、糸で釣りさがったマリオネットのように不安定で不気味な動作だ。
この世界に似つかわしくない何かであった。
見た目は青色のデッサン人形をそのまま巨大にしたようなもの、マネキンにも見える。
だけど、そういう道具は人のためになるものだ。
ヒノ達の視線の先の存在が、そんないい者とは到底思えない。
そいつは右手に持った大剣を振り回して、欄干や足場をギャリギャリ削りながらおぼつかない足取りでヒノたちに向け歩いてくる。
その体躯にまとうものは無機質な冷たさ、人のような温かみを感じられない。
その何かがひたすらに無慈悲を纏っている。
それが緩慢にヒノたちに向かってくるのだ。
ヒノは自然と、汗を流していた。
呼吸も荒くなっていた。
気が付けば、どこにどう逃げるか算段をつけている。
でも混乱しているのか、どう戦うかの算段もつけている。
だけど、そこまでいい思考回路は持っていないから、二つのことを同時には上手く考えられない。
だからヒノは、その場から動けずにいた。
明らかにおかしな存在が近づいてくる緊迫の静寂をアンズが破る。
「あいつ、あなたをデリートしようとしてる」
アンズはぽつりとつぶやく。
「で、デリート?」
不穏な単語に焦る。英語が苦手でも、その程度の単語の意味は知っていた。
「つまり、あなたを世界から消去しようとしてる」
その言葉を開戦の合図かのように、人形みたいなやつがヒノ達に向けて駆けだした。