56、二月九日。 独白。
私は寒さに凍えている。凍てつく寒さに震えながら、私はあの「金にしか興味はない」と言った銀の男の生い立ちを思い出している。あの男がまだ性別も定まらず、くねくねと動く微生物の仲間であったそのときから。ゆっくりゆっくりと時間をかけて命は膨らみ、母親の血を浴びながら外へ出た。その瞬間を憶えている。もちろんそのあとのことも何もかも。幼かったあの男は、庭で蟻の観察をするのが趣味の心の優しい子どもだった。蟻たちは学習参考書などで読むのと違って、てんでに動き、まとまりは無いかに見えた。その小さな蟻の穴めがけて大蟻が攻めてきたことがあった。すると普段ばらばらに動いているかに見えた小さい蟻たちは見事に隊列を組み、集まって大蟻の群れに襲いかかった。おかあさん、みて! と彼が叫ぶと寄ってきた母親は、すごいねぇ、いのちって不思議よねぇ、こんなときにわかるのよねぇと適当に相づちを打って我が子の頭をていねいに撫でた。長じたその子はもう大蟻の襲撃と小さな蟻たちの団結のことなど憶えていない。母親は早くに亡くなり、孤独な青少年期を過ごした彼は、とある小さな右翼団体に興味を持った。団体といっても構成員はたったの二人で、団長は魚河岸で働く、日頃はいたって真面目な男だった。毎週、日曜が来ると、三年かけて貯めた費用でこしらえたラウドスピーカー付きの街宣車で駅前に出かけ、国家のために異人種を駆逐し、東アジアでの権益を守るべしと、誰も聞いていない演説を長時間ぶった。彼はまだ幼さの残る青年にいつも親切に接してくれた。余り物だよと言って、アジやイワシを分けてくれた。青年の家は貧しく、彼は感謝の気持ちから団長と親しくなり、やがて自然の成り行きとして入団した。たったひとりの先輩団員は二歳年上の元・鳶職の失業中の若者で、青年はこの二人に可愛がられてやっと自分の居場所を見つけた気がした。その二人が乗ったミニバンが事故を起こし、崖から転落したのはどんな運命のいたずらだったか。その日、学業を優先して欠席した青年抜きに、団長と先輩団員の若者は久しぶりの休暇を二人で楽しむべく温泉旅行へと出かけ、帰りがけに山の中腹あたりで、逆走してきた認知症のドライバーが運転する乗用車を避けようとしてガードレールに激突し、そのまま下に落ちたのだった。命はとつぜん奪われる。青年がそのことを思い知ったのは、長く患った母親の死を知ったときより、このときのほうが鮮烈だった。葬儀に並んだ彼を食事会の席で誘った男がいた。男に誘われるままに、青年は中央アジアへ渡った。生まれた国にはなんのいい思い出もなかった。たどり着いた渡航先の反政府組織で活動するうち、次第に銃器と爆弾の扱いに熟達し、参加したグループ内でも一目置かれる存在になっていった。
あるとき、彼の仕掛けた地雷の上を通ろうとしている子どもがいた。見かけた青年は、あわてて止めようとしたのだが間に合わず、子どもは地雷に吹き飛ばされて数メートル飛んだ。両足がなくなっていた。死ぬな!青年は必死に願い、まだほかの地雷が埋まっていることを忘れて子どものもとに駆け寄った。死ぬな! 生きろ! 死なないでくれ! 青年は叫びながら、必死に子どもに応急処置を施した。近くには病院などなく、子どもが帰るべき場所は難民キャンプしかなかった。死ぬな! 生き延びてくれ! 青年の必死の介抱に、子どもはうっすらと目をあけ、ありがとうとつぶやいて死んだ。青年の中で何かが終わった。俺はもう二度と命のことなど考えない。奪われる命のことなど考えない。そう思いながら彼は子どもの遺体を抱きしめた。このときもしこの子が助かっていたならば。近くに病院さえあったなら。青年は子どもがこのような目に合うのは自分のせいではなく、富める国家の搾取のせいだと考えた。もはや右派も左派も関係なかった。私は思い出している。彼には命の不思議を知るための機会がいくつもあった。政治的な信条も、気の利いた国家論をも超える命の不思議を知る機会があった。私は無限。私は永遠。私はまたの名を都市という。いま、私は考えている。あの青年、あの銀色の身体を持ったあの男は自身の二度目の死の瞬間に、命の不思議に気づいたろうかと。




