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蜥蜴狩り  作者: 惹玖恍佑
55/67

55、二月九日、午前九時十八分。 第二変電所地下坑内。

ベネシュはコンクリートの階段を駆け下りていた。


十八階、十九階…


いつまで続くのか。そう思ったとき、足を踏みはずして、尻から落ちた。


* * *


手ひどく打ちつけた尻を撫でさすりながら、ベネシュはすぐに立ち上がった。必死だった。一秒でも早く下へ。


だが、そのとき、音が聞こえてきた。


発砲音だった。


拳銃の音ではない。


光子銃? 音のするほうを見ると、薄暗い中にまばゆい光が明滅していた。


急いでひらいたままの入口に駆け寄ると、ジャグスが背後から血まみれの銀の男を羽交い締めにし、首の骨を折ろうとしている。


男の頭には針山のように小型の光子銃が並んで装着されているが、一基しか動いていない。


ベネシュは自分のコルト拳銃を取り出すと、声を限りに叫んでいた。

「ジャグス! もういい! 離れろ!」


その声が二体にとってはゴングになった。


ラルジャンは万力のような腕力でジャグスの腕を振りほどくと、倒れながら体勢を立て直してジャグスの頭を狙った。光子銃の最後の一基による発射は緑のカメレオンの左眼をかすり、飛びかかろうとしていたジャグスは衝撃で仰向けに飛ばされた。左眼を潰されていた。


「ジャグス!」とベネシュは叫んだが、ジャグスはその叫びをかき消すほどの大声で言い返した。「うるせぇ!」


興奮していた。あり得ないほど激昂していた。俺はいま、経験したことのない感覚を味わっている。生きている。第七課が何をどう企画しようと、生体実験に金を出した政府がどんな狙いを持っていようと、いまの俺には関係ない。クリータス! 大声で呼びたかった。クリータス! もう存在しないグレイハウンドを呼ぶ代わりにカメレオンはベネシュに向かって鋭く言った。「来るんじゃねぇ!」

俺を待つのは死か、それとも絶望の果ての勝利か? いや、そんなことはどうでもいい。

「手を出すな」ベネシュのほうを向いたジャグスにはいつもの皮肉屋の陰も冷静沈着な暗殺者の落ち着きも何もなかった。


カメレオンは鋭く唸ると、銀の男に飛びかかった。


互いに攻守を替えてのしかかりもつれ合うなかで、銀の男は一基だけの光子銃の乱射を続け、それはジャグスの肩や腕の肉を引き裂いたが、決着をつけたのはジャグスの力だった。


銀の男に負けない腕力で、カメレオンは相手の生身の左腕を引きちぎった。骨がぼきりと鈍い音を立て、血肉が辺りに飛び散った。


ジャグスは引き抜いた相手の左腕を握ったまま、後ろへ下がった。光子銃の最後の一基は他の九基同様たれ下がり、使い物にならなくなっている。


「俺の勝ちだな」ジャグスが言った。いつもの落ち着きはらった口調が戻っていた。

「あんたを殺すなと命令を受けてる。助けてやるぜ。こっちへ来な」


光子銃の乱射により、周囲の電気ケーブルからは激しく火花が飛んでいる。


「いいだろう。だが…」ラルジャンはよろよろと立ち上がりながら言った。喉首からも左肩からも血を流し続けている。「ひとつだけ、聞かせてくれ。俺たちが闘いあったことに意味はあると思うか?」言いながら切れた電気ケーブルに手を伸ばしていた。


ジャグスは血に染まって陥没した左眼を長い舌で舐めながら、自分の柔らかい喉に手をやって掻いた。「さぁてね…」口調だけでなく、思考も何も普段の冷静さに立ち返ろうと試みた。


「そいつはこれから先、より長く生き残ったほうが考えればいいんじゃねぇか?」言いながら、もうぼんやりとしか見えない片方の目でラルジャンをじっと見つめた。

「将来、俺が生き残ったら、その答えは俺が出そう。あんたが生き残ったら、どこまででも生き延びて、答えはあんた自身が出せ」

ジャグスの敏感な耳には相手がクスリと笑ったように聞こえてきた。クリータス、此の期に及んでも俺には「笑い」の本質がわからない。それでも俺はあんたが見たかった景色を見たことになるんじゃねぇか?


いや、だが…


「俺はもう、考え続けることに疲れた」ラルジャンが言った。


それがお互いにとって最後の台詞になった。


銀の男はちぎれてショートしている電気ケーブルの一本を自分の血だらけの首にずぶりと差し込んだ。銀色の身体はたちまち発光する電流に包まれ、壊れていたはずの十基の光子銃が稼働した。


「よせ!」とベネシュが叫ぶのと光子銃が乱射されるのは同時だった。


ジャグスの身体は数十発の光子弾を受けて吹っ飛び、そのままジャグスは絶命した。


* * *


あの地下のラボで、初めてジャグスを見せつけられたそのときに、ベネシュは本当なら島崎につかみかかって怒鳴りたかった。


「あんた、命をなんだと思ってる!」


だが、その言葉は呑み込まれた。静謐せいひつなラボの空気と水槽の中の緑の生き物が示したあまりに人間的な親しみの仕草ゆえに呑み込まれた。四十八歳になるひとりの男は水槽を前に、祈りを捧げたい気分だった。


祈る? 誰に?


なんのために?


捧げる相手の見当たらない祈りは、男の中でいまこの瞬間まで、くすぶり続けた。


* * *


「貴様ぁ!」ベネシュはコルトの引き金を引いたが、それより早くラルジャンにも終わりが来ていた。過荷重電流のために膨張したラルジャンの身体はめきめきと殻が割れるような音を立て、次の瞬間爆発し、飛んできた鋼板のかけらが頭に当たり、ベネシュも気を失った。


階段を降りて来る警備員たちの足音がこだましていた。


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