51、二月九日、午前八時五十三分。 第二変電所地下ケーブル坑内。
「聞くんじゃなかったぜ」ジャグスはラルジャンの思い出話に喉を鳴らした。本当は嘲って笑いたかったが、こんなときの笑い方がわからなかった。「プロにしちゃ間が抜けてるじゃねぇか」
「あのときの俺はプロじゃなかった」ラルジャンは姿の見えない緑のカメレオンを声で探した。「失敗を重ねて大人になるのさ」
「その針山みてぇな頭も、そのときすげ替えたものか?」
「俺の望んだことじゃない。目が覚めたときには、この姿だった」
「その点は確かに俺と同じだな。俺の場合も、嫌も応もなく、気づいたときには自意識を持ってた」また斜め上から声がする。ラルジャンは油断なく身構えて声のするほうを撃った。首回りで血が噴き出ると共にバチバチと火花が散る。もうじき俺には終わりが来る。そう意識しながら彼は周りを見渡しつつ言った。「俺たちは同じカードの裏表だ。違いはない」
「かもしれねぇ。俺の死んだ仲間なら言うだろうぜ」ジャグスはもう一度飛びかかって背後を取ったが、今度はラルジャンが予期していた。彼は背負い投げの要領で、二メートル以上あるジャグスの巨体を放り投げた。ジャグスは足場の巨大な丸太のようなケーブルから滑り落ちそうになるのをすがりついて、必死でこらえた。
「おまえの仲間なら、何だって?」
ラルジャンが聞くと、緑のカメレオンは立ち上がりながらそれに応えた。息を切らしていた。
「同病相憐れむ。お互い殺しあうことに意味があるか…俺の知ってた奴ならそう言うさ」
「そいつは違うな。これは純粋なビジネスだ。俺もおまえも役割を負っている。この勝負に和解も引き分けも必要ない」
「気に入ったぜ。ますます気が合うな」
ジャグスは背負い投げされたとき放り出されたまま、かろうじてケーブルの留め具の端に引っかかって乗っていたルガーを拾うと、瞬時の速さでラルジャンに迫った。三たび背後をとり、首の付け根に撃ち込もうとしたが、ラルジャンもそれを察知したのか、身体を激しく揺すったので狙いは外れ、弾は鋼板の背中に当たって跳弾した。
ラルジャンは相手の羽交い締めから身を振りほどくと、鋼鉄の右手で殴りかかった。ジャグスはよけながら「だが、ひとつ、あんた、勘違いしてるぜ」
「なんだ?」
「俺はあんたが機械化人間になったいきさつを聞いたわけじゃねえ。主義のために殺すのは馬鹿げてると思うようになった、そのわけを聞いたんだ」
「おかしいか? ほかの生き物を考えてみろ。殺すのは食うためだ。けだものどもは縄張り争いのために相手を殺すことはしない」
「だから人間は馬鹿げてるって?」
「そう思わないか? 右だの左だの、差別がどうした、移民は出て行け…何をどう言ったところで、相手を殺すときにはそんな思考はぜんぶ消え去る。己の中の闘争本能があらわれるだけだ」
「けだものみたいになりてぇのか?」
「人であることが、わずらわしかった」
二体は一瞬、動きをとめた。
ジャグスは姿を現して聞いた。
「人でなくなれば、殺しが楽になると思ったか?」
「俺は思想信条に尽くしてどこの誰ともわからない子どもらを殺すことに、嫌気が差していた。人間であることを超えれば、すべては簡単になると思ったんだ」
「簡単になったかい?」
「あの川俣とかいう長官を殺ったとき、俺にはなんの痛痒も湧かなかった。これで人であることを終えられる…そう思った」
「間違ってるぜ、あんた」
「そうか?」
次に出たジャグスの言葉は、自分自身でも意外なものだった。クリータス、あんたに聞かせたい。話しながらジャグスはもう存在しない仲間のことを強く思った。
「生き物の命を奪うってことは、その命の生まれ出てきた不思議に出会うってことだ。そいつは理不尽なこった。右派だから殺される…左翼だから殺される…民族主義者だから、市民の反対を押し切って移民を受け入れようとするから…殺しにはいろんな理由がある。愛しているから、てな理由で恋人を殺す奴もいるだろう。だが、本当を言えば、ひとを殺した奴は命の脈動を絶ったことで逆に命の不思議を思い知るのさ。あるいは後悔というかたちでな」
「それはおまえの意見か? 願望か?」
「達観だな。人間じゃねぇ俺の」
ジャグスはルガーを向けて、じりじりとラルジャンとの間合いを詰めていた。
「お互い、最後の最後へ行くと、意見がどうやら合わないようだな」
ラルジャンはつぶやくと、残った二つの機銃を同時にジャグスに向けて照射した。
ジャグスは飛びのいてラルジャンにつかみかかろうとしたが、今度は長い尾を引っ張られ、体勢を崩して大ケーブルの端から真っ逆様にすべり落ちた。ラルジャンも釣られてケーブルから転げ落ち、二体はてんでに縦坑の最深部へ向かって落下していった。




