40、二月九日、午前八時三十二分。 第二変電所地下ケーブル坑内。 ジャグス。
奈落の底まで続いているかと思えた穴は、どこで切れたのか突然終わり、緑のカメレオンは巨大な縦坑の中を落下している最中だった。
真っ暗な空間を落ちていることにジャグスは気づき、手がかりを求めて腕を振ったが、何も触れるものはなく…
ルガーが一緒に落ちてくるのに気づいて、あわてて長い尾でそれを絡め取ったが、そのわずか数秒のあいだにも皮肉な考えに囚われた。拾ってどうする? 俺はいま落ちてるんだ、どこへ?
一瞬、自分の背丈よりも直径のありそうな巨大な太いなケーブルが、すぐ下に枝のように横に延びているのが目についた。
つかもうとしたが落下のスピードのほうが勝り、腕では触れられず、長い尾も使えない。無我夢中で舌を飛ばし、そのケーブルに絡ませた。
「うがっ!」落下はなんとか止まったが、支えは舌一本だけであり、喉の奥から舌の筋肉が延びきっているせいで呼吸ができない。
苦しい…
もがき続け、必死の思いで舌が切れないようにと願いながら少しずつその舌を巻き戻し、身体を上に引き上げ、なんとかケーブルに手が届くところまで上がりきった。息を切らしていた。
ざまぁないぜ…
両腕、両足を死にものぐるいで動かし、ケーブルに取り付いて、やっとのことでその巨大な丸太のようなケーブルの上に這い上がった。
そして、見た。
そこはロケットの打ち上げでもされるかと思うほどの、陸上競技のトラックがすっぽり入るような広さの、上下に伸びる広大な円筒形の空間の中ほどだった。
ジャグスは上を振り返った。
十数メートル上方の壁面ぐるりに無数の横穴が並んでいる。ああ、あのひとつから、ここへ転げ落ちてきたんだな…
穴はきれいに並んで延々と円筒形の空間の中を右へ左へ、口をあけて連なっていた。左右の向こう端がかすんで見えている。おそらくは正面の向こう側にも穴があいているのだろうが、もはや暗闇の中、そこまでは確認できない。
自分の落ちてきた穴はどれだろう、とジャグスは思ったが、そのとき…
低くとどろく唸り声を聞いた。
その声を聞いて下を覗きこみ、いま初めてジャグスは、自分のいる場所を確かめることになった。両手、両足で取りついている巨大なケーブルも、延びているそのケーブルの根元の「幹」に比べれば、一本の枝に過ぎなかった。
千年杉?
まるで千年杉のようだとジャグスは思った。
大小さまざまなケーブルが束ねられ、より合わされ、お互いを押し合いへし合い天へと昇るかのように、太い太いケーブルの大木を構成していた。その千年杉さながらの中央ケーブルの絡み合いの中から、上下に続くこの円筒形の広大な空間いっぱいに、縦横無尽に、数え切れないほどのありとあらゆる太さのケーブルが、蜘蛛の巣状に延びている。
唸り声はそのさらに下からとどろいていた。
風が吹き上げている。
そして、ジャグスは見た。
絡まるケーブル同士の作る千年杉の幹の内奥に、真っ赤に光る心臓のような物体が脈打っていた。
さらに見た。
幹はときおりぶるぶると激しい脈動に揺れながら、中から外へ、下から上へと新しいケーブルを伸ばしていた。
ケーブルは絡み合い、幹をさらに複雑なかたちにしながらぴくぴく脈打ち、この広大な縦坑の端々へ伸びようと枝を広げていた。
それはまさに、生き物の姿であった。
見たかね?
これが私だ。この街の心臓だよ。
「こいつはたまげた…」ジャグスはその様子を見ながら、またしても笑いたくなった。
「化け物なのは俺だけじゃなかったんだな」




