34、二月九日、午前八時十一分。
ベネシュは雪に足をとられながら、腕時計型の端末に呼びかけ、必死に走ろうとしている最中だった。
「藤澤、ジャグスからの応答がない! 俺はいま新大通り三丁目の商店街の角にいる!ここから変電所まで、あとどのくらいだ!」
「もう百メートルもありません、警部」
「あわてなさんなよ、お二人さん」
割り込んできた声に、ベネシュは即座に反応した。
「ジャグスか?」
ジャグスは動かなくなったラルジャンのそばを通り抜け、シリコンのベルトを首に戻して巻きつけると、横穴からもとの坑道に出て、のんびりと座りこんだ。
「片付いたぜ、警部」
「平気なのか? 無事か?」
「カラダはガタガタだがね…ゆっくり風呂につかりてぇな」
ベネシュは雪の中にくずおれた。
「気を揉んだぞ…」
「おやおや、そいつはあんたの本心か?」
「あたりまえだ。貴様が無駄死にすれば、責任を問われるのは俺だからな」
「ありがたいお言葉、痛み入るぜ。だが、どのみち『殺すな』と言われた相手を殺っちまった。あんたも俺も、相当な処分は免れねぇさ」
「そのことは心配するな。俺の職務にかけて、絶対におまえに責めは負わせない」
「へっ。俺が皮肉屋ならあんたはなんだ? 情け深い人情家なのかい?」
ジャグスは立ち上がろうとした。
「さて、これから外へ…」
「出たいもんだ」と言おうとした刹那、その最後のひと言はかき消された。
いつの間にか起き上がり横穴を出ていたラルジャンが、ジャグスの肩を左手でつかむと、銀の鋼板に包まれた右腕で、思いきり殴りつけてきた。
もんどり打って転がったジャグスの前に、血だらけのラルジャンが立ちふさがった。




