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蜥蜴狩り  作者: 惹玖恍佑
26/67

26、二月九日、午前七時半。

周囲に被害を与えずに、あの緑の生き物を救い出すには?


考えろ、考えるんだ。


ベネシュの指は、地図をたどりながら震えている。「出口はないのか!」


「あのう…警部」それまで、ほとんど言葉を発しなかった谷口が、訴えるような目でベネシュを見た。「ここから直線距離で三百メートルほど先に、変電所がありますが…」

「変電所?」

「はい。人の往来はほとんどありません。あそこなら、地下の集積ケーブルとつながる大きな縦坑があって、隠れながら逃げるにはちょうど…」

パトカーを貸せ、とベネシュは藤澤に怒鳴った。


* * *


追うものと追われるものが逆転していた。


「そらそら、どうした?」ラルジャンは狭い坑道を小走りにジャグスのあとを追いながら、ときおり頭部に装着した数基の光子銃を、わざと狙いをはずして撃った。「逃げるだけか」


殺される。


このままでは殺される。狭い坑道の中では狙い撃ちになる。さいわい坑道はあちこちでS字状にうねっており、いまはそれを利用して、隠れながら逃げるしかない。


逃げるだけ。


ざまぁないぜ、殺す役割の俺が怯えて逃げてる。ジャグスは光子弾の攻撃を必死に避けて、あちらこちらへと次々に飛び移りながら、頭の中では、とうとう俺にも終わりが来た、と観念した。


逃げ続けても、いずれは殺られる。


いや、仮に逃げおおせても、こんな無様な結果しか残せないようでは殺処分決定である。


恐怖を感じたことはないのか?


あのときのクリータスの言葉が、いまになってジャグスの耳にまとわりついた。


緑の爬虫類の内なる意識に経験したことのない変化が生じ、この生き物の生体構造をプログラムした者たちが想定しなかった思考が走った。


それはありえないはずの焦りであり、己の存在への執着だった。


死にたくない、とジャグスは思った。これは本能じゃない。では俺は死を恐れているのだろうか?


* * *


【公文書五:査問委員会に於ける証言録a:極秘のこと】

注:●印は捜査官による発言


ーー 捜査官に質問する。犯人を前にして指示通りの逮捕を行わず、自ら逃亡したのはなぜか?


●「身の危険を感じたからだ。ほかにどう言いようがある。あんたらが俺を造ったとき、大脳皮質の急激な成長が、やがて俺に『恐怖』ってものを覚えこませるかもしれねぇとは思わなかったか?」


ーー 聞かれたことだけに答えてほしい。恐怖を感じたと言ったが、具体的に死の危険に怯えたのか?


●「死か…『死』ってなんだい? あんたらも俺もやがては避けられないもの。決められた運命。俺は死ぬこと自体は怖くない。死は単なる終わりだ。思うんだがね、ひとが死を恐れるのは最期が苦しみで終わるその先に、なんの答えも約束されてねぇからだろう? 俺がいままで死を恐れなかったのは最期の先に約束があったからだ。苦痛からの解放という約束が。そいつがあやふやになった」


ーー 二十八号、聞かれたことだけに答えるように。


* * *


クリータス、あんたは正しかった。


逃げ回りながら、ジャグスの頭に浮かぶ想念は、それだけだった。死にたくない、いや、生き延びてやる。


いま、あの針山アタマの野郎は図に乗ってやがる。逆転のチャンスはないか?


きっとある。逆転のチャンスがある。


そう考えながら、ジャグスは飛んでくる光子弾をひたすらよけ続けた。


この生き物の脳内で、意識のパルスが激しく明滅を始めている。

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