11、二月九日。午前六時。 港区中央通り地下ケーブル坑内。 ジャグス。
地上から見て、最深部とのあいだに踊り場のような二つ目の入り口を持つ縦坑は、四十メートルほど進んだところで行き止まりとなり、はしごが途切れて真下の仄暗い空間に続いていた。
ジャグスははしごの切れ目の横木で自分を支えると、人間には真似のできない器用なやり方でくるりと上下逆向きに姿勢を変え、長い優美な尾を命綱にして三メートルほど下にある床に飛び降りた。冷たい床は踊り場と同じくコンクリートで、周囲は偏光質の金属の壁材に囲まれていた。
天井と壁をいくつものケーブルが部屋の出口となる横穴に向かって這うように延びている。
「横方向へは出口がひとつしかねえ。ここを進むのか?」ジャグスはマイクに聞こえるようにささやいた。
「のぞいてみろ」ベネシュが応じた。
横穴には常夜灯の灯りが届いていなかった。暗い中を緑のカメレオンが二メートルある巨体をこごめて進む。すると、何本ものケーブルは出口でさらに分岐し、広い空間に向かって続いていることが分かった。「出たぜ。本道だ」
ケーブル坑の本道は大型トラックが縦にも横にも二台並んで走れるほどの広さがあった。壁といい坑道の中央といい、大小さまざまなケーブルが見渡す限り数百メートルも張り渡されて続いており、どちらの端も天井に据えられた常夜灯の灯りだけではどこまで続いているのか分からない。
「中央を走る黒いケーブルがあるはずだ。見えるか」ベネシュが地図を広げながら言った。
「何本もあるぜ。どれのことを言ってる?」
「全部だ。全部が送電線のケーブルだ。絶縁はされているはずだが、なるべく触るな」
「へぇへぇ」そのときジャグスは本来の習性から坑道の中央よりやや下の空間を走る一本の黒いケーブルに反射的に飛びつき、長い尾で身体を支えていた。
そのまま蛇のような尾の力だけで真っ黒なケーブルからぶら下がると、緑のカメレオンは下を探った。コンクリートの床面に手が触れる。
「おかしい」
「どうした?」
「床が湿ってやがる」
一瞬、ベネシュとジャグス、二人の会話に間ができた。
「それがどうかしたか?」ベネシュはマイクの向こうの相手が言うことを測りかねている。
「濡れてるんだぜ? おかしいと思わねえか?」
「雨漏りでもしたんだろう」
「おいおい、地下四十メートルまで地上の雨漏りが滴るようならおおごとじゃねぇか。第一、今月、この都心部には雨は降っちゃいねぇはずだ」
「じゃあ雪が入り込んで溶けたんだ」
「お言葉ですがね、この地下ケーブル坑は、そんなに隙間だらけの構造なのかい? 水溜まりはあちこちに出来てるぜ」言いながらジャグスは長い尾をケーブルから外し、床に飛び降りると、歩きながら水溜まりのあとを追った。「ただの水溜まりじゃねぇ、つながって少し流れてやがる。この坑道には高低差があるんだな。流れの元をたどって突き止めるか」
「待て。犯人を追うのが先だ。本当に雪が溶けた跡ではないんだな」
「断言はできねぇさ。ここは地上より生暖かい。だが雪を溶かすほど暖かいわけでもねぇ」
ベネシュはマイクを持つ手を止めて考えてみた。
地下空間の水溜まり。
それは何を意味するか?