ある女の子の日記
今日は3学期の終業式。
そして、僕にとっては、入学してから5年間通った小学校と別れの日。
遠い街へと、転校するから。
淡々と式が終わり、帰りの会でみんなへ別れの言葉を告げた。
クラスメートの反応は様々だったが、自分が思っていた通り、サバサバしたものだ。
帰り際に、担任の先生からA4サイズの封筒を受け取った。
中身は何かと尋ねてみたら、
「家に帰ってから読んでみなさい」
とのこと。
そして、いくつかの応援の言葉をもらい、学校を後にした。
家に帰り着くと、クラスメートの数人が訪ねて来て、お別れの品と言葉をくれたのだが、僕はそれにそっけなく礼を返すだけ。
その中の一人の女の子の、少し寂しげな横顔が、僕の胸に痛みを与えていた。
−−−−−
引っ越すことを親から告げられた時は、新しい街に住むことを楽しみにしていた。
だが、その日が近づくにつれて、不安がどんどん大きくなっていくのに気づいた。
『今いる友達とは会えなくなるんだ』
『誰も知らない街で一人ぼっち……』
気づいてしまったら止まらない。
僕は、その不安を打ち消すためにある行動を取った。
まず、担任の先生に転校することを秘密にしてもらった。
そして、仲の良い友達に喧嘩をしかけたり、クラスメートと口を利かなくなったり。
しばらくすると、みんなは僕から距離を置くようになった。
『仲良くしなければ別れは辛くない』
そんな、子供っぽい考えが、僕の頭の中にあったからだ。
結果、終業式後のクラスメートの反応を見ればわかる通り、僕の行動は成功した。
−−−−−
この街で最後に過ごす夜。
僕は、先生からもらった封筒を開けてみた。
中には数枚の紙。
それは、誰かの日記のコピー。
うちのクラスは、全員が日記を書いて、先生と交換ノートのようなことをしていた。そのコピーだ。
書いたのはクラスメートの女の子。特別親しい間柄ではない。
僕にいじめられたことでも書いているのだろうか?
まずは、一枚目に目を通す。
1ページ目は、予想通りの内容だった。
体育でグラウンドにいる時、僕に石を投げられたこと、クラスメートと喧嘩していたこと。そんなことが書いてある。
ちょうど、僕がみんなとの距離を置き始めようとした時期。
彼女の日記の最後には、
『いつもの彼じゃないと感じた』
と書かれていた。そして、
『どうしたんだろう? 何があったか、わかってあげられたらいいね』
と先生のコメントがついていた。
2枚目をめくると、彼女はこう書き綴っていた……。
『卒業式の日のこと』
―――
この日、僕は在校生(5年生)代表として、卒業生を送る歌の指揮者をつとめる予定だったのだが、高熱で休んでいた
―――
その日の帰りの会、先生は、彼があと数日で転校する、と言いました。
―――
秘密にするはずだったのに、先生は話していたんだ……
―――
私は驚きました。
そして先生は、彼がそのことで悩んでいて、みんなと距離を置こうとしている、と言いました。
私は、自分が転校した時に彼と同じ思いをしたのに、それをわかってあげられなかったのが悲しくなりました。
まわりのみんなも悲しい顔になっていました。
先生が話す彼との思い出を聞いていると、私は涙が出てきて、先生も泣いているように見えました。
転校すると、とっても悲しい。けど、それに負けてはダメだと思う。前の学校の先生は、私に
『悲しいときや辛いときは、それが顔や態度に出てしまう。でもそれじゃあダメ!』
と言っていた。
彼にも頑張ってほしい。きっと彼ならできる!
私がはじめてこの学校に来た時、最初に話し掛けてくれたのは彼でした。
彼にはいろんなことを教えてもらったり、怒られたりしました。
でも、嬉しくて泣いちゃった!
私は彼が好きです!
こんなに優しくしてくれた彼なら、どんなに遠く離れても大丈夫!
会えなくなるのは寂しいけど、いつかまた会えるよ♪
がんばれ! 私の大好きな友達君!
最後まで読み終えた僕は、泣いていた。涙が止まらない。
こんなにも僕のことを考えてくれる友達がいる。
それに気づかなかったのが悔しい。
今からでも会ってあやまりたい。
笑って別れの挨拶がしたい。
でも、もう間に合わないんだ……。
僕に出来ることは。
それは、これから住む新しい街で元気に過ごすこと。
悲しいときや辛いときも笑顔で頑張ること。
新しい友達をたくさん作ること。
そして、彼女のことを忘れないこと。
いつか再会するときに、自信を持って彼女に会えるよう、この日記のことは絶対に忘れない!
僕は涙を拭い、丁寧に日記のコピーをたたんで、封筒にしまった。
部屋の窓から見える夜空を見上げ、
「ありがとう」
と小さくつぶやいた。