ヒカワのトラウマ
ヒカワ君の視線の先にあったのは、奇妙な異物だった。
大きな楠木の幹の中で、裸の男性と女性が絡み合うようにして抱き合っている。辺りには地面から突き出るようにして茨が生えており、時折それが鞭のように地面を叩いていた。
「なに、あれ・・・」
「・・・俺のトラウマだ」
弱々しい声で、ヒカワ君は呟いた。彼はフードを被り、鎌を降ろす。
「全く・・・ほんと、死んで終わりだったらよかったのにさ。俺も大概女々しいわ。テルヌマ。あそこ見ろ」
ヒカワ君が指さす方向に目を向けると、そこには楠木の周りから突き出ていた茨に苛まれる、あの子どもたちの姿があった。
「オカアサン」
「アー」
「・・・」
茨が鞭のように、子どもたちを打ち付けている。私は腰につけていたハンドガンを抜いた。
「あいつらを頼んだ。俺は本体を狙う」
「わかった」
砂上を駆けた。私が撃てる弾は6発だ。全て撃ちきれば消滅する。銃なんて使ったことないけど、ゲームセンターで遊んだことくらいはある。
茨に標準を合わせて引き金を引くと、轟音が耳を貫き、痛みのあまり私は声をあげた。発砲音がイヤホンに圧縮されて聞こえてくるのだ。まるで頭を中から殴られているようだ。もう死んでいる身ではあるが、6発全部使わずとも消えてしまえるような気がした。
反動で痛む手を押さえながら、茨を睨む。もう1人の自分が言っていた様に、子どもたちを攻撃していた茨は全て消滅していた。
「オカアサン」
「オカアサン」
「・・・」
目玉のない子どもたちの姿はやっぱり怖いが、もう慣れるしかないのだろう。私は3人の子どもの様態をそれぞれ観察した。切り傷や打ち身の後はあるが、大きな怪我はしていないようだ。
「いい、みんな。ここから動いちゃだめ」
「ナンデー」
「危ないから」
「・・・」
「ワカッタ オカアサン イイコデ マッテマス」
私は子どもたちから離れ、ヒカワ君の所へ急いだ。ヒカワ君の周りにはまだあの茨があり、それがヒカワ君の足に絡みついて動きを封じていた。
「ヒカワ君!」
名前を叫ぶが、ヒカワ君に返事はない。鎌を握りしめたまま、首はぐったりとうなだれていた。
きっとヒカワ君はトラウマに取り込まれているんだ。私は銃口をあの楠木に向け、躊躇うことなく引き金を引いた。
2回目の轟音と反動に、身体は悲鳴をあげた。一瞬の間視界が暗転し、次に気づいた時、私は砂漠に突っ伏していた。
どうやら短い間、気絶をしていたらしい。耳鳴りと頭痛のする頭を振って起き上がると、そこにはもうあの化け物は、ヒカワ君のトラウマはいなかった。