翼
私の背中の翼について色々と試行錯誤していたが、結局この翼で空は飛べなかった。
「はぁ・・・ はぁ・・・ くそっ!」
「あー。女の子が汚い言葉を使うもんじゃありません。可愛いお顔が台無しですよ~」
砂の海に倒れこむ私をのぞき込みながら、ヒカワ君はやれやれと肩をすくめた。すっげぇむかつくなコイツ。疲れてなかったら1発ぶん殴ってるところだったぞ。
「でも、どうして羽なんて生えてるの? 生まれつき?」
「いいや。違う。お前私のことファンタジーの世界に住んでる人だとでも思ってるの?」
「それ言ったらここがもうファンタジーの世界みたいな感じなんだけど。その言い草じゃあ、羽が生えたのはここに来てからってわけだ」
「そうだよ。ヒカワ君に言われるまで気づかなかった」
私の頭を越えるほどに大きい翼だ。気づかない方がおかしいだろう。現にヒカワ君は私の話を聞いて驚いていた。だろうよ。私も気づかなかったことにびっくりしてるんだから。
3人の子どもを探して、2つの影が砂丘に映る。またあの子どもたちに会うのは恐ろしかったが、ヒカワ君が言っていたことを思い出すと、逃げる気にはなれなかった。
「なあ、テルヌマ、言いたくないなら構わないんだけど」
「何」
「声が怖い。声が。あのさ、テルヌマは、どうやって死んだの?」
「それ聞いてどうする?」
「いや・・・ ごめん、気になっただけ」
・・・こいつはずるい奴だ。飄々としている癖に、内心で人にすごく気を遣っている。あの仕切り直しも、本当は私を落ち着かせる為の手段だったのだろう。にひるに笑っているその顔は、時折人の顔色を伺っている感じがして、嫌になる。
まあ、嫌になってるのに口を開く私も、どうかしてるとは思うんだけど。
「私は、飛び降りだった。空を、飛びたかったんだ」
屋上で太陽に手を伸ばしたあの瞬間、私は空を飛べると信じていた。
学校という鳥籠から、空想の翼をはためかせて飛び立てると妄信してしまった私は、あっけなく墜ちていった。
あたりまえだ。空想の翼はただの私の想像でしかない。背中に翼なんて、はじめからなかったのだ。
それはあの時の自分も、わかっていたはずだ。だが、飛べると思ってしまったのだ。
「飛べない羽が生えてくるなんてさ、あんまり皮肉めいてて嗤っちゃうよね。人間が空を飛べるわけ無いだろって、見せつけられてる気分だよ」
「・・・そっか、俺も飛び降りてみたかったな」
「やめといた方がいいよ。フリーフォール嫌いな人とかはただ怖いだけだし。痛いしね」
私が冗談っぽく言うと、前を歩いていたヒカワ君は「俺、絶叫系とか好きだよ」と言ってから、出会った時のように頬を搔いた。
「俺さ、死んだ場所が自分の部屋だったんだ。雨戸も開けてなかったからめっちゃ暗くってさ、寒かったから。もし明るい場所で死ねたら、また何か違う姿だったのかなって」
暗闇の中、ヒカワ君はどうして首を括ったのか。理由はわからないけれど、その孤独を想像して、私は何も言えなくなってしまった。
ヒカワ君のトラウマを、知りたかった。でも、それを聞いていいのだろうか。
相手にトラウマを尋ねるということは、自分のトラウマを打ち明ける覚悟をもつということだ。
私に、その覚悟があるか?
思考を巡らしていると、頭をヒカワ君の背中にぶつけた。うつむいていたせいで、彼が立ち止まったことに気づかなかったのだ。
「ヒカワ君・・・?」
後ろから顔を出すようにして、私はヒカワ君の顔を覗いた。彼は、目を見開いたまま、硬直していた。