子どもたちと
もう1人の自分が去ってから、しばらく私は放心していたが、ただ立っていてもどうしようもないので、再び歩くことにした。
トラウマと対峙する。そんな苦しいことを、なぜ死んだ後にこんな場所でしなければならないかわからないし、第一どうしろというのだろう。座って目を閉じて、もう一度あの凄惨な日々を思い出せとでも言うのだろうか。死んだ後じゃ、それは何の意味もないだろう。
私を苦しめた、優しい友人の面影が、遠くに揺れている気がした。どうしてあいつは、太陽のように暖かかく、私に手を差し伸べたのだろう。どうしてあいつは、それが私の首を絞めていることに、気づかなかったのだろう?
「・・・はっ」
ばかばかしい。今更思い返して、ほんとうにどうなるっていうんだ。
自嘲気味に嗤いながら顔をあげると、少し離れた場所に人がいた。
子ども、だろうか。3人の小さな背中はそれぞれ動物の着ぐるみを着ていて、背中には1,2,3と番号が振られていた。
これ以上はもっと近づかないとわからない。私は声をかけながら、3人の子どもたちに駆け寄った。
「おーい!」
チワワの着ぐるみを着た1番の子どもが振り返った瞬間、私は息を止めた。その子どもの目がある部分には、ぽっかりと空洞が開いていたのだ。
「ひっ」
「・・・オカアサン?」
ダックスフンドの着ぐるみを着た2番の子どもが、指をしゃぶりながら近づいてくる。この子の眼窩にも、瞳はない。
「・・・」
トイプードルの着ぐるみを着た3番の子どもが、崩れ落ちそうな私の目の前にやってくると、その空洞の目で私を見つめ、静かに握っているものを広げた。
それは、6つの小さな眼球だった。この子どもたちは、自分の手で、自分たちの目玉を抉ったのだろうか。あるべき瞳がない子どもたちは、のろのろと私のもとへ向かっていく。
「オカアサン アソボウ」
「オカアサン」
「・・・」
私は、逃げ出した。声の限り叫びながら、泣きながら砂丘を駆けた。
「どうして私が、こんな恐ろしい目に合わないといけないの!? どうして!?」
空に叫んでも、答えは返ってこない。私は走り疲れて、そのまま砂の上にうずくまった。
もう嫌だ。死にたい。でも、もう死んでいる。私はどこにも、どこにも逃げられない。
「嫌だ、怖い、助けて、怖いよ」
何度も、私は言葉を繰り返した。助けが来ないと知っているのに、逃げられないことなど、知っているのに。壊れた機械のように、言葉を呟くことしかできなかった。
涙が眼鏡のレンズに落ちて、前がよく見えないが、どうでもよかった。もうどこにも行きたくなかった。
私が呪文のように言葉を繰り返し唱えていると、それに反応するように地面が揺れた。
砂が割れ、地中から何かが出てくる。霞む視界の中でその正体を捉えようと目を凝らすと、そこにいたのは私と同じくらいの大きさの黒い化け物だった。
黒い頭に、真っ赤に裂けた口。私の学校の制服を真似したのだろうが、灰色プリーツスカートは鋼のように堅そうで、白いブラウスにはリボンがついていなかった。
「ダイジョウブ ワタシ ハ ズット オトモダチ ダヨ」
「・・・・・・は、はは」
嗤うしかない。できが悪いにも程がある。最悪だ。
目の前に立っている化け物の言葉は、私を散々苦しめた友人の口癖だった。