終演から開演へ
はじめから、終わりまで。空はどこまでも青かった。
仰向けに横になって、空に手を伸ばす。それはあの時のように、空が恋しいからではない。
まだ私はここにいた。どこまでも果てが無く、どこまでも孤独な砂の海に。太陽を翳した手が、僅かに赤く縁取られる。
「なあ、お前なら笑うか? こんなに動けない癖に、まだ私は諦めていないんだ」
独り言が砂丘に消える。長い時間、私は手を太陽に広げていたが、そのうち疲れて腕を砂地に投げた。
浅い夢の中で、夏樹のポニーテールと、明るい声が聞こえた。
「響! 私達、ずっと友達だからね!」
「そうだね。ずっと友達」
「ふふ。響、大好き!」
夏空に咲くひまわりのような笑顔だ。そうだ。私は、夏樹の隣を歩くことが、好きだったんだ。
「響、遊ぼう! こんなに雪が積もってるんだもん!」
「やだ。寒いもん。 ・・・いや待って待って、引っ張らないで」
そうそう。ちょっと強引な所があった。それでも、一緒にいれば何だって楽しかった。手袋を忘れてかじかんだ手に優しい吐息をかけてくれた。グランドでお互い顔が真っ赤になるまで、夢中になって遊んだっけ。
「怖かったよね。気持ち、わかるよ」
オレンジ色の放課後、落書きされた机の汚れを取り、切り刻まれたノートの修理をしていた私を、夏樹は泣きながら抱きしめた。どうして夏樹が泣くんだと言いながら、私は夏樹の温もりを感じていた。
「大丈夫。私が守ってあげる」
私が夏樹を好きでいるように、きっと夏樹も私がかけがえのない友人だった。彼女の眩しさに目が眩むばかりで、守ろうとした彼女の心に気づけなかった。
「夏樹、ありがとう」
それは、夏樹の気持ちに気づけなかった私が、言えなかった言葉。二度と夏樹には届かない、私の心。
自己満足だが、これでいいと思えた。
だからさ?
「解釈違いなんだよ」
取り込まんとばかりに私の身体をのぞき込んでいる、巨大な女子高生の額に銃口を突きつけた。
「ダイスキ ヒビキ」
「私が好きなのは夏樹だ。お前は失せろ」
最後の力を振り絞って、私はトリガーを引いた。
どこかで穏やかな表情を浮かべた女性が、砂時計を逆さにしている。
「・・・試練は終わったのですか?」
瓜二つの顔をした、けれども冷たい表情を浮かべた何かが、女性に問いかける。
「ええ。今回は3人が脱落、2人が合格。はい、ミカガミ、この書類を涙の大陸の守護天空にいる大神様に。よろしくね?」
ミカガミと呼ばれた者は、書類をめくると首をかしげた。
「・・・5名合格とありますが」
「やだぁ。バレちゃった♪」
女性が年甲斐もなく・・・いや、可愛らしく舌を出すと、ミカガミは僅かに眉をひそめた。
「ママー」
「ママ オシゴト ナニ スレバイイノ?」
「・・・」
「そうねえ。じゃあまずは、本棚から好きな絵本をもって来なさい。あ、1人1冊よ?」
「「「ハーイ」」」
子どもたちが書斎の方へ駆けていく。穏やかな笑顔を浮かべている女性は、ミカガミに尋ねた。
「んふふ。今、呆れたでしょ?」
「いいえ。私には感情がありませんから。ハデス様が子どもかわいいばかりに書類を偽装してることで呆れたりなどはしていません」
「もう。呆れてるじゃない。あなたは感情の起伏がすごく小さいだけで、立派に心があるわよ」
じゃなければ側に置かないわ。女性は、ハデスはそう言うと、ザクロの実を口に運んだ。
ここは、瞼の裏の世界。女神の涙で出来たと言われているお伽の大陸。
その大陸に存在する東洋風の国、ナズナの国には、数匹の人間好きの竜が、故郷である渓谷を離れ暮らしている。
「と、いうのが私の前世の記憶だ。なんだお前、こんなこと聞きにわざわざ太陽の国からやってきたのか?」
草原に寝転んでいた竜が、黒色の鋭い目を青年に向けると、青年は頬を搔きながら苦笑を浮かべた。
「ああ。そうだ。変人だろう?」
「そうだな」
「あっさり肯定するなぁ・・・これはなかなかショックだ」
「なんだよ。言葉の割にはにやにやしてるじゃないか。気持ち悪いぞ」
吟遊詩人の青年の顔は、深く被られた帽子で見えない。赤色の竜は鼻に止まった黄色の蝶々を退屈そうに眺めながら、配達先のことを考えていた。そう、この竜はよく飛ぶ自慢の翼で配達業を営む、俗世にまみれた竜なのだ。
「では1つ、俺からこんな話をしましょう」
男は帽子を外し、リュートを鳴らした。目を閉じながら、竜は男の声を聞いている。
「これは、前世で恋に破れた、哀れな男の話。少女に背中を押され、勇敢に自分と立ち向かった、恵まれた男の話です」
「・・・待て」
竜はぱっと目を見開いて起き上がり、青年を見た。
「だから言ったろ。絶対に見つけるって」
「・・・」
赤色の竜は、冴えるように蒼い空に吠えた。咆吼に驚く吟遊詩人の胸を頭で軽く小突いてから、竜は言った。
「ちくしょう。私が先に見つけるはずだったのに」
「残念だったな。でもこっちだって苦労したんだ。まさか竜になってるとは・・・いや、まず言うことがあるか」
「・・・そうだな。でも、その名前は前世のものだ。お互い言うのはこれきりだぞ」
「はいはい。まあ、幸い今日は長いですし、ゆっくり話をしようよ」
「ああ。私の背中にも乗せてやろう。今度はしっかり飛べるからな」
1匹の竜と、1人の吟遊詩人はいつかの日のように互いの名を呼んだ。
「久しぶり、照沼」
「久しぶり、氷川」
それからしばらくして、大陸では竜に乗って旅をしている吟遊詩人の噂が広まることになったが、ひとまずこの物語は、ここで終演である。
以上でトラウマの砂丘、閉演になります。
最後までこの物語を読んでくれたあなたに心からの感謝を。
またいつか、あなたが物語に触れてくれるその日を心待ちにしております。




