別れ
激しい振動の中、砂ぼこりを巻き上げながら奇妙な楠木が、茨をまるで手足のように動かしながら這い出てきた。
化け物の姿は間違いなく、あの時闘ったヒカワ君のトラウマだったが、その大きさは以前闘ったものを遙かに超えていた。
「やっぱり来たか。なんとなくそんな気はしてたんだよね」
その巨大さに絶句している私とは裏腹に、ヒカワ君はいつもの笑顔のままだ。
女王であろうヒカワ君のトラウマは、まるで自分自身を守るかのように茨で樹木を包み、私達を拒絶していた。
「テルヌマ、動けるか?」
「大丈夫」
「1発でいい。あの茨に撃ってくれ。そこから俺が切り込む」
弾丸は、あと1発なら撃てるだろう。
残りの弾丸で自分のトラウマと闘う不安を打ち消しながら、私は頷いた。なんのことはないさテルヌマ。いざとなれば素手でやればいい。
「なあ、その、テルヌマ」
「何」
「あんたほんと怖い声してるよな。もっと柔らかいほうが可愛いよ。それで、その」
頬を搔きながら、ヒカワ君はその先の言葉を言い淀んでいた。彼はどうやら、何か思ったことを伝えようとする時、頬を搔く癖があるようだ。
「なんだよヒカワ。はっきり言わないとわからないよ」
「いや、その、はは。ごめん」
ヒカワ君はそれから、何も言わずに私に近づくと、その大きな腕で私を強く包んだ。
・・・何が起きたのか、一瞬よくわからなかった。
男性の腕というのはこんなにも大きいものなのか。
抱きしめられるというのは、こんなにも息苦しく、安心するものなのか。
「テルヌマとは、ここでお別れだ。俺は俺の全力で、あいつを倒すから」
「・・・消えるの?」
「わからない。でも、もうここであんたには会えない。それだけはわかる。だから、伝えておきたいんだ。ここであんたに会えて、よかった」
それは私もだよ。ヒカワ君。ありがとう。そう言いたいのに、言葉が喉に詰まって出てこなかった。
別れたくなんてない。もっと色々な話をしたい。もっとヒカワ君のことを知りたい。
でもそれは、叶う願いじゃない。私達がここにやってきたのは、自分の闇と向き合うためだったのだから。
「また会えるかな」
「探すよ。俺。あんたを探す。どこにいたって絶対に見つけるから」
「・・・格好いいこと言うな、お前は」
探すということは、私がここから抜け出せることを、こいつは信じて疑わないのだろう。
だったら私も、ヒカワ君の言葉を信じよう。そしてヒカワ君が私を見つけるよりもはやく、ヒカワ君を見つけてやるんだ。
「照沼 響」
「・・・」
「名前だよ。聞きたがってたろ」
私を抱きしめていた腕が解かれ、ヒカワは肩に手を起きながら前髪越しに私を見た。
「俺は、ヒカワ ケイト。氷川 圭斗だ」
氷川君はゆっくりと肩から手を離すと、茨に包まれたトラウマと向かい合い、大鎌を構えた。
「行くぞ照沼。バックアップ任せた」
「了解」
遠ざかる彼の背を見ながら、私はホルターから銃を抜いた。




