ゆりかご
――夢を、見ている。
私の先を歩く彼女のポニーテールが、揺れている。
騒音と喧噪の中、汚れた机と、嫌な笑顔のクラスメイト。
壊された鞄に、破れたノートがある。
どこまでも蒼くて広い空に、手を伸ばす。
燃える太陽が、彼女と重なった。
鳥が落ちていく。飛べない鳥が、風を切って落ちていく。
「翼、本当に断ってしまってよかったのですか?」
「もちろん。そりゃ『好きだった』なんて言われたら嬉しいけど、もういらないからね」
「あなたは過去を否定するのですか? 翼を切り落とした所で、あなたが飛べない鳥であったことには変わらないのに」
「否定はしてないよ。もう充分、私は過去を受け入れた。後ろばっかり見てたら、自分と戦えないからね。私なりのケジメだよ。あとはヒカワ君に言った通り」
誰かが、困ったように微笑んでいる。何者なのか顔を注視しても、その輪郭も、髪型も靄がかかったようにはっきりとしない。それでもこの声は、知っている声だった。
「この砂丘には長く居ますが、あなたはとりわけ意思の強い罪人でした。どうかそのエピローグが、希望に満ちたプロローグになりますように」
穏やかな声音と共に、意識がゆっくりと現実に浮上していく。
浅い意識の中、砂を踏む足音が耳をかすめた。
足音が聞こえる。誰かが砂に足を踏む込む度、身体が僅かに縦に震動した。
まだぼんやりとしているが、どうやら誰かが私を背負って砂漠を歩いているようだった。
頭上には大きな刃が、太陽の光を反射して輝いている。頭を上げれば、柔らかそうな藍色の猫っ毛に細かい砂がついていた。
「ヒカワ」
確認するように、彼に語りかける。彼は夢の中の誰かと同じ、穏やかな口調で「おはよう」と答えた。
「どれくらい寝てた?」
「ずいぶんと長い間寝てたよ。二晩は目を覚ましてない」
「まじか。ごめん。トラウマは?」
「あれからめっきり来てない。まるでここに俺達しかいないみたいだ」
「寂しい思いをさせた」
「いいや。寝息が聞こえただけ安心だ。でももう二度とごめんだね」
背中が軽い。おそるおそる手を伸ばすと、そこに翼はなかった。
彼のローブに頭を乗せ、あの子どもたちのトラウマについて、今まで見ていた夢についての話をした。その会話すら、夢の出来事のようだ。
「なあ、テルヌマ。女王のトラウマを倒したら、俺達どうなるんだろうな」
「ここから抜け出せるんでしょ?」
「そうだけど、その先。俺達死んでる訳だしさ、エピローグがプロローグになるわけないじゃん」
「なるよ。次回作とか」
「ああ、なるほど次回作。・・・死人に次回作があるのか?」
「・・・正直、どうなるかはわからないけど、先が暗いとは思わないよ。じゃなきゃ最初から自殺者が過去と向き合う必要なんてないんだから」
瞼を閉じてまどろんだままそう言うと、ヒカワ君は「そうだな」と優しく答えてから、私を砂の上に降ろした。
「次回作は悲劇より喜劇を所望するよ。そん時にあんたと会えたら上等だ」
「ヒカワ・・・?」
目の前のヒカワ君は屈託なく笑っている。でも、それが酷く寂しいのはどうしてなのだろう?
ひやりとした感覚が頭を締め付けるのと同時に、砂丘の地面が地震を起したかのように強く揺れた。




