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トラウマの砂丘  作者: 桂木イオ
11/18

目 目 目

 黒雲の正体は、ある異質な部分を除けば、巨大な羽蟻のような姿をした虫の大群だった。


「何、こいつ・・・」


 虫の頭についた人の眼球が、獲物を捕らえる。持っているハンドガンの音で逃げ去らないかと1発放ってはみたが、音を聞き取る部位がないのか、虫達は逃げるどころか襲いかかってきた。


「くっそ! 数が多い!」


 ヒカワ君の苛立った声を聞きながら、私は3人の子どもたちの元へ走った。


 先ほどの発砲で頭が痛い。私という存在を少しずつ削っていることを肌身で感じるが、今はそれよりもあの子たちを守らなければいけない。私には銃があり、ヒカワ君には鎌があるが、彼らは戦う術を持ちあわせていなかった。


「イタイ イタイ ゴメンナサイ ブタナイデ」

「ゴメンナサイ」

「・・・」


 空洞の目から、子どもたちが涙を流している。私は襲っている虫を払いのけると、鷲の羽根にも似た大きな翼で、3人を守るように包んだ。


「っ・・・」


 邪魔をするなと言うばかりに、虫が翼を貫こうと突進していた。焼かれるような痛みが身体を駆け巡る。


 いいさ。どうせ飛べない鳥だ。今更羽根が落ちたって構わない。


 3人を抱きしめ、祈るように目を閉じた。激しい痛みで、だんだんと呼吸が荒くなっていく。


「オカアサン イタイノ クルシイノ?」

「オカアサン」

「・・・」

「だい、じょうぶ。だいじょうぶだよ」


 荒い呼吸の中、なんとか言葉を紡いだ。私が耐えきれば、この虫達は諦めてくれるかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら。ひたすら痛みに耐える。


「オカアサン」

「オカアサン」

「・・・オ、ア」


 心配なのだろう、子どもたちは何度も「オカアサン」と暗い声を重ね、腕の中でもぞもぞと動いていた。


「オカアサン オカアサン」


 チワワの着ぐるみを着た長男の声が聞こえる。


「オカアサン」


 短い単語しか吐くことのできない、ダックスフントの着ぐるみを着た次男の声が聞こえる。


「・・・オ、ア」


 言葉すら話すことが困難な、プードルの着ぐるみを着た末っ子の声が聞こえる。


 まるで合唱のように、子どもたちが口々に言葉を繰り返す。そして次の瞬間、私は飛ばされていた。


「なっ・・・!」


 暴風だ。3兄弟を中心にして、砂嵐が巻き起こったのだ。1番近くにいた私の身体が、雲一つない蒼穹に投げ出される。落下こそしているものの、空を飛んでいる気分だった。


 地面に墜ちる。情けなくも顔面から落ちたが、砂丘の砂が柔らかかったせいか鼻血がでることはなかった。眼鏡も無事だ。


「テルヌマ・・・!!」


 ヒカワ君が駆けてくる。私はなんとかして立ち上がろうとしたが、動く度に激痛が背中を襲った。


「お前、その翼」

「私のことは後でいい。それよりも、何が起きた」


 砂嵐が静まっていく。黒い虫の集団は依然として頭についた1つ目をギラつかせながら飛んでいるが、その敵は私でも、ヒカワ君でもなかった。


 子どもたちがいた場所に、化け物がいる。


 それは、巨大な眼球だった。大きな眼球を支えるようにして、細い影が絡み合い、針金でできた人形のような手足をだらりとぶら下げている。


「「「オ母サン ヲ 虐メナイデ」」」


 異形の怪物から、3人の子どもたちの声が聞こえた。

 


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