目 目 目
黒雲の正体は、ある異質な部分を除けば、巨大な羽蟻のような姿をした虫の大群だった。
「何、こいつ・・・」
虫の頭についた人の眼球が、獲物を捕らえる。持っているハンドガンの音で逃げ去らないかと1発放ってはみたが、音を聞き取る部位がないのか、虫達は逃げるどころか襲いかかってきた。
「くっそ! 数が多い!」
ヒカワ君の苛立った声を聞きながら、私は3人の子どもたちの元へ走った。
先ほどの発砲で頭が痛い。私という存在を少しずつ削っていることを肌身で感じるが、今はそれよりもあの子たちを守らなければいけない。私には銃があり、ヒカワ君には鎌があるが、彼らは戦う術を持ちあわせていなかった。
「イタイ イタイ ゴメンナサイ ブタナイデ」
「ゴメンナサイ」
「・・・」
空洞の目から、子どもたちが涙を流している。私は襲っている虫を払いのけると、鷲の羽根にも似た大きな翼で、3人を守るように包んだ。
「っ・・・」
邪魔をするなと言うばかりに、虫が翼を貫こうと突進していた。焼かれるような痛みが身体を駆け巡る。
いいさ。どうせ飛べない鳥だ。今更羽根が落ちたって構わない。
3人を抱きしめ、祈るように目を閉じた。激しい痛みで、だんだんと呼吸が荒くなっていく。
「オカアサン イタイノ クルシイノ?」
「オカアサン」
「・・・」
「だい、じょうぶ。だいじょうぶだよ」
荒い呼吸の中、なんとか言葉を紡いだ。私が耐えきれば、この虫達は諦めてくれるかもしれない。そんな淡い期待を寄せながら。ひたすら痛みに耐える。
「オカアサン」
「オカアサン」
「・・・オ、ア」
心配なのだろう、子どもたちは何度も「オカアサン」と暗い声を重ね、腕の中でもぞもぞと動いていた。
「オカアサン オカアサン」
チワワの着ぐるみを着た長男の声が聞こえる。
「オカアサン」
短い単語しか吐くことのできない、ダックスフントの着ぐるみを着た次男の声が聞こえる。
「・・・オ、ア」
言葉すら話すことが困難な、プードルの着ぐるみを着た末っ子の声が聞こえる。
まるで合唱のように、子どもたちが口々に言葉を繰り返す。そして次の瞬間、私は飛ばされていた。
「なっ・・・!」
暴風だ。3兄弟を中心にして、砂嵐が巻き起こったのだ。1番近くにいた私の身体が、雲一つない蒼穹に投げ出される。落下こそしているものの、空を飛んでいる気分だった。
地面に墜ちる。情けなくも顔面から落ちたが、砂丘の砂が柔らかかったせいか鼻血がでることはなかった。眼鏡も無事だ。
「テルヌマ・・・!!」
ヒカワ君が駆けてくる。私はなんとかして立ち上がろうとしたが、動く度に激痛が背中を襲った。
「お前、その翼」
「私のことは後でいい。それよりも、何が起きた」
砂嵐が静まっていく。黒い虫の集団は依然として頭についた1つ目をギラつかせながら飛んでいるが、その敵は私でも、ヒカワ君でもなかった。
子どもたちがいた場所に、化け物がいる。
それは、巨大な眼球だった。大きな眼球を支えるようにして、細い影が絡み合い、針金でできた人形のような手足をだらりとぶら下げている。
「「「オ母サン ヲ 虐メナイデ」」」
異形の怪物から、3人の子どもたちの声が聞こえた。




