偉大なる勇者の決心
私は何か眠くなってきた。
玲奈さんが私の為に作ってくれたオムライス、残さず食べたから眠くなってきたのか?
だったらそろそろおいとましようか。
思えば私は今年で十六歳。
高校も行かないで何をしているのだろう?
そんな私を世間は白い目で見るだろう。
でも涙姉さんや母さん、それに玲奈さんはそんな私の事を笑ったりしない。
そうなんだよね。私には喜びや悲しみを打ち明ける人がいる。
後は私次第何だろうな。
少しずつで良いんだよね。
その瞳を開けると、私はベットの上で眠っていたみたいだ。
しかも私は厚かましく思われるかもしれないが、玲奈さんの家でいつの間にか眠ってしまったのだ。
そのまどろんだ瞳に写ったのは私を見つめる玲奈さんの妖艶な笑顔だった。
「目覚めたようね」
「私いつの間に眠ってしまって」
体を起こそうとすると、うまく起こせない。
気が付けば私は両手を後ろに回して縛られていた。
「何これ?玲奈さん?」
玲奈さんを見ると、下着姿であった。
「亜希ちゃん。ゴメンね。私百合なんだ」
「百合ってつまりレズ?」
「そう。私亜希ちゃんの勇気を見てあなたに惚れてしまったの」
「さっきも言ったかもしれないけど、私は勇者でも」『何でもないですよ』と続けようとすると玲奈さんは、
「亜希ちゃん」
と言って私の唇を重ねようとした時、
「いやーーー」
と叫んだと同時に目覚めた。
辺りを見渡すと玲奈さんの部屋だった。
「どうしたの亜希ちゃん」
心配そうに玲奈さんが駆けつけて来た。そこで私は気が付いたと同時に「夢?」と言った。
「怖い夢でも見たの?」
怖いと聞かれて、怖いと言うか何だろう?改めて玲奈さんを見ると下着姿でいた。
気持ちがあたふたとして私は言う。
「私はまだ。その。心の準備が」
「心の準備?」
玲奈さんの言葉に我に返り、私は突拍子もない事を言ってしまったと恥ずかしく思った。
玲奈さんを見ると、疑問に思うような表情でベットに寝転がっている私を見下ろして来た。そこで私は、
「何ていう姿ですか」
「あっこれ。部屋にいる時はいつもこの格好だよ」
「私がいるじゃないですか」
「別に、男の人だったら抵抗があるけど、亜希ちゃん女の子だからね」
なるほど、変な夢を見て、それから覚めて私はとんでもない誤解をしてしまったようだ。
体を起こすと両手は拘束されてない。
時計を見ると午後六時を示していた。
「私、眠っていたの?」
「そうよ。あれから亜希ちゃん眠っちゃって、私のベットに寝かせておいたのよ」
私は立ち上がり恐縮ながらもその頭を深く下げて謝った。
「ごめんなさい」
「別に良いのよ」
そう言ってノートパソコンを持ち上げ、何か操作をしている。
パソコンの画面を覗き見ると玲奈さんは何やらチャットをしているようだ。
「チャットですか?」
私が言うと玲奈さんは振り返りもせず「そうよ」と言った。
きっとチャットで私みたいな引きこもりの人を一人でも立ち直らせようとしているのだろう。
だから私は、
「今日は突然押し掛けるような感じで来てごめんなさい。私はそろそろ帰ります」
玄関に向かって帰ろうとした時、玲奈さんは立ち上がって、私の所に身を乗り出して来た。
「亜希ちゃんは今年十六になるんだよね」
「はい。そうですけど」
「もし良かったら、私の秘書として働かない?」
私はひどく動揺して、
「秘書?私に何かそんな事出来るはずないじゃないですか」
すると玲奈さんはにっこりと笑って、
「秘書って別にそんな難しい事じゃないわ。実を言うと私はとある中学校でスクールカウンセリングをしているの。その手伝いをしてほしいと思っているの」
「何で私なんですか?もしかしてそれもネット内でしてきたように私に救いの手をさしのべているの?」
「それとは全然関係ないよ。私は亜希ちゃんのその勇気と人を思いやる気持ちがあるから言いかけているのよ」
「勇気?人を思いやる?私はそんな物はないですよ」
「まあ自分でそうですって言うほど怪しい人はいないと思うけど、亜希ちゃんは今時珍しい純粋な人だと思っているの」
「純粋?」
すると玲奈さんはその手を私の胸に当てた。
「ここがすごく純粋なの亜希ちゃんは」
うっとりとした笑顔でそう言ってくる玲奈さんに心臓が破裂しそうなほど高鳴った。続けて、
「私こう見えても人を見る目には自信があるんだ」
玲奈さんは私と別れ際に言った。
『もしその気があるなら、明日のお昼前に私の家に来て』
と。
それに強制はしないと。
私を誘った玲奈さんの動機は私がすごく純粋で嬉しい事も悲しい事も知っているからみたいだ。
何気に空を見上げるといくつかの星が瞬いている。
腕時計を見ると、七時を回っている。
家に到着して中に入ると、涙姉さんがぴゅーと玄関に赴いた。
「どこ言っていたの亜希?」
心配そうに涙姉さんは言った。続けて涙姉さんは、
「心配したんだからね」
ちょっぴり怒気のこもった口調だった。だから私は素直に、
「ごめんなさい」
と謝っておいた。
食事は出来上がっていたみたいで、食卓に行くとミートソースパスタだった。
「どこに行っていたのよ。遅くなるなら連絡ぐらいはしなさいよね」
「ごめんなさい」
と私は再び言う。すると涙姉さんは話題を変えて、食事中に行儀悪くも立ち上がって、鞄からパンフレットを差し出した。
「何これ?」
とパンフレットを見ると、フリースクールと記されている。
「亜希、そこは学校に行けなくなった人や、様々な事情を持った人達が通っているんだって、もし良かったら、明日私が部活を休んで一緒に行こうと思っているんだけど。どうかな?」
明日となると玲奈さんの約束に重なってしまう。
でも私はまだ行くとは決めていない。
どうしようと考えていると、涙姉さんは、
「別に明日でなくても良いんだよ。亜希が行きたい時に行けばいいと思っているからさ」
きっと涙姉さんは私がこのままではいけないと思ってあちこち探し回ってくれたのだろう。
だから私は今日玲奈さんの所に行って、玲奈さんの秘書として働かないか聞かれていたことを話した。
どうすれば良いのか涙姉さんに聞いたところ、『それは亜希が決めなさい』と言っていた。
次の日、私は決心した。
私に何が出来るか分からないけど、玲奈さんの秘書として働こうと。
それに涙姉さんは『それはあなた自身を変えるチャンスなのじゃない』かとも言われた。
それと涙姉さんは念を押すように『無理だけはしないようにね』と。
私は今玲奈さんの家に向かっている。
緊張してしまうが、もう決めた事なので勇気を振り絞って行こうと決意したのだ。
到着して玲奈さんは紺のスーツ姿をまとって階段で座って待っていた。
私に気が付くと玲奈さんはいつもの素敵なスマイルで私に挨拶した。
「おはよう。来てくれて嬉しいよ」
そんな輝かしい玲奈さんの姿を見て胸が熱くなり私は挨拶もまともに出来なかった。
気が付けば玲奈さんは私の所に身を乗り出して、俯いた私の視線をのぞき込むように見つめて、その瞳もまともに見れなかった。
「緊張しているんでしょ」
「はい」
緊張はしている。それよりもどうしてそんな玲奈さんを見て動揺してしまうかは謎だ。
「じゃあ行こうか」
そう言って玲奈さんはアパートに設置されている駐車場に向かって、オートバイを引いて私の所まで来た。
「じゃあ亜希ちゃん」
玲奈さんは私に黒いヘルメットを投げてきてナイスキャッチと受け取った。
そして玲奈さんはバイクにまたがり、私に乗れと合図をした。
私はヘルメットを着用して合図されたとおり玲奈さんのバイクの後部座席にまたがった。
実を言うと私はバイクに乗ったのは生まれて初めてだった。
「しっかりつかまっているのよ」
そういわれて私は玲奈さんのお腹に手を回した。
激しくエンジンがかかり、私は怖くてその目をキュッとつむり玲奈さんにしがみついた。
「行くよ」
と合図と共にバイクはゆっくりと速度を上げて走行した。
バイクは風を切り走行する。
走行しているバイクは恐ろしく怖かったが、なぜか玲奈さんの後ろの座席にまたがって座っている事に改めて気が付くと、怖いと言う気持ちが少しずつなくなってきた。
恐る恐るその目を開けると、爽快な気分だった。
まるでアスファルトの上を凄まじいほどのスピードで滑っているみたいだった。
坂を滑るように上り、そして降りる。
車やバス、トラックをかき分け玲奈さんが走行させるバイク。すごく気持ちが良い。
そこで私は思う。
ネットの世界よりも、こうして現実の世界で、こんなにも素敵な事があることに。
そして私は気が付く。
自由と言う翼を。
それを羽ばたかせれば私はどこにでもどんな場所にでも行けることを。
そんな事を思いながら、目的地に到着したみたいだ。
灰色の学校の校舎に校庭で汗を流して走っている生徒。
ごく普通の中学校だ。
バイクを校門前に止めて、
「亜希ちゃん付いたよ降りて」
言われたとおり降りた。
玲奈さんはヘルメットをとって、その長い髪をかきあげる姿になぜかドキッとしてしまう。
ぼんやりとその姿を眺めていると、玲奈さんは。
「どうしたの亜希ちゃん」
私は我に返って慌ててしまう。
「べ、別に何でもないです」
「じゃあ行くわよ」
校庭を横切って灰色の校舎に向かう玲奈さんの後を追った。
校舎に入って靴から来客用のスリッパをはいて廊下を歩く。
そして玲奈さんは保健室に入って私もその後を追って、中に入った。
消毒液の臭いが漂う保健室。
どうやらここが玲奈さんが勤める所だ。
「ここ保健室ですよね」
「そう保健室。でも今はスクールカウンセリングの部屋となっているところだよ。ここで私に相談を持ち込む生徒がいるんだ」
「どんな相談を受けているのですか?」
「まあ主にいじめや進路や、それに恋の相談も受け入れているんだけどね」
なるほど。続けて玲奈さんは、
「それとここは放課後生徒の憩いの場となっているわ」
そう言いながら、ロッカーから白衣を取り出してスーツの上から羽織る玲奈さん。
「よし。今日も始めるか」
玲奈さんは両頬を叩いて、気合いを入れる。
時計を見ると、丁度今正午を迎えたところだ。
そう言えば私はまだ昼食をとっていなかったので、お腹がすいている。
そこで玲奈さんがバスケットを取り出して、
「亜希ちゃん。お腹がすいたでしょ」
「はい」
バスケットには食べきれないほどのおにぎりが詰め込まれていた。
「亜希ちゃんの分も考えて作りすぎちゃったかな」
と玲奈さんは舌を出して微笑む。