偉大なる勇者の大切な思い
そして私達は眠り、誰にでも訪れる朝を迎える。
時計を見ると、午前六時を示していた。
寝ぼけ眼の目を鏡に映して、何か忘れているような気がした。
気がついた時、一気に目が覚めた。
「瞳ちゃん」
と呼ぶが瞳ちゃんは私の部屋にはいなかった。
昨日は同じ部屋で眠ったのにその瞳ちゃんが私の部屋にはいないので部屋を出ると、瞳ちゃんは廊下を雑巾がけをしていた。私に気がつくと、
「おはようございます亜希さん」
さわやかな笑顔で瞳ちゃんは朝の挨拶をする。
「別にそんな事しなくて良いのに」
「昨日今日お世話になったじゃないですか。これぐらいの事はさせてください」
「うん」
別に気にしなくても良いと思ったが瞳ちゃんがそうしたいならそれで良いと思った。
それはそれで良いとして、私が台所に向かうと、涙姉さんは私に『おはよう』の挨拶をくれた。
「小夜子ちゃんは?」
「まだ寝てるね」
「そう」
時計を改めて見ると、まだ六時を回ったところだ。まだ起きるには早い時間だ。だからもう少し眠らせて置こうと思う。
居間にあるテレビをつけ、ニュース番組がやっている。
何となく見て私は瞳ちゃんがなぜ家に帰りたがらないのか考えていた。
家族が心配しているのに帰らなかったら心配する。瞳ちゃんはそんな事も分からないほどの子供ではないと思っている。
だったらどうして帰らないのか?
もしかしたら、また別に何か理由があるのだろうか?
何て考えていると後ろから肩に手を添えられる感覚に私は驚いて「ひゃ」と素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「あははは、『ひゃ』だって」
私の驚いたリアクションをまねして揶揄する瞳ちゃん。
そんな瞳ちゃんを見ると、何だか安心してしまった。だから私は、
「何が会ったか分からないけど、今日は帰れる?」
すると瞳ちゃんは瞳を俯かせ、悩ましげに黙り込んでしまった。
しばし私と瞳ちゃんの間に緊迫した空気が漂い、何を話して良いのか分からなくなってしまう。
そんな調子で涙姉さんが作ってくれた朝ご飯を食べて、私達は学校に向かった。
ちなみに小夜子ちゃんを起こすのに結構苦労した。
「私の家から学校まで結構距離があるから、早く出て正解だったね」
と瞳ちゃんと小夜子ちゃん二人に言う。
「そ、そうだね」
と瞳ちゃんは動揺しているようだ。
「眠い」
と小夜子ちゃんは寝ぼけ眼をこすりながら言っている。
学校に到着して八時を回ったところだった。
とにかく二人が遅刻にならなくてすんだ。
瞳ちゃんは教室へと向かい、私と小夜子ちゃんはまだ早いがカウンセリング室で玲奈さんが来るまで待機していた。
ちなみに小夜子ちゃんはいつも授業は受けておらず、カウンセリング室にしか通っていないみたいだ。
だからいつもは昼頃に起きて来るので、朝起きるのは小夜子ちゃんにとって酷だったみたいで、カウンセリング室にもうけられているベットの上で眠ってしまった。
午前九時を回ったところ、授業が始まったのか?外で体育の授業をしている生徒達を何となく見つめていた。
そこで考えてしまうのはやはり瞳ちゃんの事だった。
昨日は一人になりたくないと言っていた。
家族も心配しているのに帰らない。
やはり家庭に問題があって、帰りたくないのか?
それとも何だろう?
いつの間に眠ってしまったのか?私の携帯にメールが着信する音が聞こえて、私は目覚めたみたいだ。
メールを見ると、瞳ちゃんからだった。
昨日はゴメンね。どうしても一人になりたくなくて。
今日もいつものところに行くから。
と言う内容だった。だから私は、
元気になってくれれば良いよ。こんな私でも瞳ちゃんの役になれて嬉しいよ。
お昼カウンセリング室で待っているから。
と返した。
すると一分後に返信が帰ってきて、
『こんな私』なんて自分を卑下しないでよ。うちから見たら亜希さんは輝いて見えるよ。
何か笑ってしまって、心が温かかった。そして私は、
ありがと。
と返信しておいた。
「輝いているかあ」
と人知れず呟いて、窓の向こうでサッカーをしている生徒達を見つめた。
私はもう少し胸を張って生きれば良いじゃないかと思う。
ようやく正午になり、玲奈さんがカウンセリング室に入ってきた。
「おはよう亜希ちゃん」
「おはようございます」
「瞳ちゃんなら無事に学校に登校させましたから」
「そう。ありがと」
いつもの極上のスマイルで私に言いかける。
最近思ったのだが、そんな笑顔が毎日見れることは幸せな事なのだと。
だから私や小夜子ちゃんにここに通っている生徒達はその笑顔に守られていると言っても過言じゃないかもしれない。
そんな玲奈さんはいつものようにスマホを取り出して、引きこもりの人にメールでエールを送っているようだ。
実を言うと私には無償で引きこもりの人にメールでエールを送っている姿にぶっちゃけ気が知れないと思っている。
どうして玲奈さんは寝る間も惜しんでそうまでしているのか?
私には分からなかった。
それはともかく今は瞳ちゃんの事だ。
玲奈さんに叱ってもらう必要がある。
一時を回った時、ハイテンションでカウンセリング室に入ってくる瞳ちゃん。
「小夜子ちゃんに亜希さん、おはようございます」
「「おはよう」」
と私と小夜子ちゃんは口をそろえて言った。
そこで玲奈さんは瞳ちゃんを叱っている。
玲奈さんの叱り方は、瞳ちゃんの目をじっと見つめて、さわやかな笑顔で叱っている。
何を話しているのかは聞こえなかったが、瞳ちゃんは反省しているのか?その瞳に涙を飾っていた。
説教が終わって涙目スマイルで私のところに来て、
「亜希さん。昨日はごめんなさい。わがまま言っちゃって」
「別に大丈夫だよ」
すると涙を飾った瞳を腕でごしごしと拭う瞳ちゃん。
「今日も張り切って行きましょう」
いつもの瞳ちゃんがそこにいた。
帰り道、蜂蜜をそそぎ込んだような夕空が私を優しく包む。
昨日は何やかんや会ったけど、今日は平和な一日を過ごしたのだと思う。
次の日、私と小夜子ちゃんはいつものように河川敷まで絵を描きに行く。
何か絵を描いていると心が洗練されるように気持ちがいい。
描き終わった絵を小夜子ちゃんと私で見せ会う。
小夜子ちゃんの絵はやはり手腕な芸術家が描いたように相変わらずにうまい。
私の絵を見ている小夜子ちゃんは『素直な感じになっている』と言っていた。
言われてみれば、そんな感じで描いていたと気がついた。
やはり世間は私の絵と小夜子ちゃんの絵を比べると、百発百中で小夜子ちゃんの方を指示するだろう。
今日のところはこれまでであり、私と小夜子ちゃんは学校へと戻る。
カウンセリング室に入ると、憩いの場として利用している生徒達はいつものようにゲームで遊んだり、楽しそうな会話をしている。
そこで目に入ったのが、瞳ちゃんの姿だった。
瞳ちゃんはいつもはみんなととけ込んで楽しんでいたのだが、何かみんなに避けられている感じだった。
瞳ちゃんはポツリと一人でパイプイスに座って、落ち込むように顔を俯かせていた。そんな瞳ちゃんに私は近づいて、
「瞳ちゃん」
と俯いた顔をのぞき込むように玲奈さんの笑顔をイメージして声をかけた。
すると瞳ちゃんは悩ましげに目を泳がせて、苦笑いをした。そんな瞳ちゃんに、
「どうしたの?何かあったの?」
と聞いてみる。
「いや別に」
その時、何となく玲奈さんの方に目を向けると、玲奈さんと同じように白衣を着た先生らしき男と話し合っていた。
玲奈さんと目があって、
「あら亜希ちゃん」
と私に手招きをしている。
「はい」
「じゃあ、倉石先生、この子が私がスカウトした亜希ちゃんよ」
「よろしく。僕はここカウンセリング室の副担任をしている倉石です」
品のありそうな笑顔で私に握手を求めてきた。
私は何だか緊張して、視線をさまよわせながらその手を『よろしく』と言わんばかりに握った。
温もりを感じさせる暖かい手だった。
「じゃあ、今日のところはこれで」
と倉石先生はカウンセリング室を後にした。
玲奈さんはいつものようにスマホをいじくっている。
そんな姿を見て、何だか大変そうに思った。
だから私は秘書として玲奈さんに暖かいコーヒーを入れることにした。
それと生徒達の分のコーヒーも。
キッチンでお湯を沸かしていると、小夜子ちゃんが私のところに来て、
「何しているの亜希お姉ちゃん」
「みんなにコーヒーでも入れようかと思って」
「私も手伝うよ」
そんな小夜子ちゃんを見ると、何だか幸せを感じてしまう。
そこで私は思うんだ。
私の幸せと言うものは客観的から見てちっぽけな事だと。
でも私はそれで良いと思う。
幸せの形は人それぞれだ。
お金をたくさん持っているからと言って幸せを思う人もいる。それに夢が叶ったからと言って幸せと思う人もいる。
でも前者も後者も否めない。
だから大切なのは、ここだと思って胸に手を当てた。
まあそれはそれで良いとして、みんなにコーヒーを配って、喜んでくれた事に幸せを感じていた。
そこで私は気がつくのだ。
以前玲奈さんが無償で命を削ってまでボランティアに勤しんでいる気持ちが。
でもまだ分からない。
それにやっぱり玲奈さんがやっている事は気が知れないと言う気持ちも存在している。
玲奈さんは言っていた。
そう言った答えは焦って求めるものじゃないと。
焦れば焦るほど、答えは遠ざかると。
じゃあどうすれば良いのかと聞いたら、それは焦らずたゆまず一歩ずつ歩いて行けば良いと。
だから私は今を一生懸命生きようと思う。