偉大なる勇者の涙
その後太陽は沈んで、午後六時を示したとき、生徒達は帰っていった。
私はパイプイスに座って先ほどの事に蟠ったままであっった。
そこで玲奈さんは、
「そんなに気にするなって言っても亜希ちゃんは気にするでしょうね」
やれやれと言った感じで玲奈さんは言う。
「ごめんなさい玲奈さん。あんな風に怒鳴ってしまって」
「あなたが謝る事はないよ。悪いのは瞳の方だからね」
「・・・」
そう言われても私は先ほどの事に蟠ってしまう。
「気にしないの」
と言って、私のお尻を叩く玲奈さん。続けて、
「まあ瞳はたまにああやって人に対して嫌がる事をする癖があるけど、本当はすごく良い子なのよ」
そう言われて、確かにそうだと思う。
さっき私と小夜子ちゃんを進んで輪の中に入れてくれたのは瞳ちゃんだ。
私は真っ暗な部屋の中で今日の事を思い返していた。
嬉しいこと、何か嫌な事もあったりしている。
嬉しいことは嬉しいことで良いのだが、嫌な事もあってこの先玲奈さんの元でやっていけるか少し不安に思っている。
でも嫌な事は別として、嬉しい事もあったのだ。
小夜子ちゃんが心を開き、それにみんなの笑顔がみれて何か心が躍るようにテンションがあがる。
その時私は思うのだ。
生きていて良かったと。
この事も忘れてしまうのかと思うと何か嫌だ。
だから今日からの出来事を日記に書くことにした。
太田に殴られ、恐怖心を植え付けられた私はパニック状態になり教室から出て、三階の廊下の窓から身を投げた。
瀕死の状態になった私は飛び降りた窓を見上げると、何がおかしいのか?そんな私をあざ笑っている女の子がいた。
「あんた見ていると何かムカつく」「学校に来るなよ」「あんな奴死ねばいいんだよ」等々。
だから私は叫ぶ。
「やめろー」
と叫んだとともに私は目覚めた。
体が汗まみれであって吐息も荒く、ちょっと苦しかった。
窓の外を見上げると、誰にでも訪れる朝だった。
とりあえず夢であった事に安心した。
時計を見ると午前六時を回った所だ。
「亜希」
私の部屋に飛び込むように来たのは涙姉さんであった。
朝ご飯を作っていたのか?セーラー服の上にエプロンを着用していた。
「どうしたの亜希」
と聞かれて別に隠すほどの事じゃなくて、
「怖い夢を見ちゃった」
あんまり心配させないように笑って舌を出していた。
すると涙姉さんは大げさにも私を抱きしめて。
「大丈夫だよ亜希。亜希はお姉ちゃんが守ってあげるから」
私を抱きしめる涙姉さんから、涙姉さん特有の懐かしい匂いがした。
その時私は知る。人間が一人では生きていけないことを。
昨日と同じように私は昼近くに玲奈さんの家に行って、玲奈さんが運転するバイクで学校に到着したのだ。
カウンセリング室の窓から部活をやっている生徒達がいる。
昨日はそんな中学生に嫉妬したりもしたが、私は一人じゃないと言う思いに今日は嫉妬はしなかった。
お昼を回って、今日は姉さんが玲奈さんと私の為に作ってくれたお弁当を一緒に食べた。
玲奈さんは姉さんが作ってくれたお弁当をおいしそうに食べていた。
「その様子だと昨日の事は気にしていないみたいだね」
玲奈さんに昨日のことを聞かれて、確かにそうだった。
昨日ついとは言え、瞳ちゃんに怒鳴り散らしてしまい、蟠ってしまった。
でも今は別に気にしていなかった。
お弁当も食べ終えて、時計は午後一時を回った所でそろそろ生徒がカウンセリング室に来るだろう。
「おはようございます」
扉が開いて、気持ちの良い挨拶の発信源に目を向けると、見覚えのない女の子だと思った。だから私は、
「おはよう」
と笑顔で挨拶をした。
「亜希さん。スケッチに行きませんか?」
そこで私は考える。私の名前を知っている女子生徒、それとスケッチと聞いてピンと来た瞬間に私は驚いてその名を呼んだ。
「小夜子ちゃん?」
「はい」
と活気のある大きな声で言う。
昨日は言い方は悪いがお化けのように暗い表情だったが、今は太陽のように明るかった。
そんな様子を陰で見守るように見ている玲奈さんの表情を見ると、静かな笑顔だった。
「昨日はたくさん絵を描いたんですよ」
にっこりと誇らしげにスケッチブックを私に見せつけてきた。
私と小夜子ちゃんは昨日スケッチした河川敷に向かいながら小夜子ちゃんの絵を見ていた。
昨日小夜子ちゃんの言った通り、世界に一つしかない絵には描いた人自身の心の心理が描かれていると言うのは本当かもしれない。
その証拠に昨日見た小夜子ちゃんの絵とその後に描いた絵を見比べてみると、その後の絵は、今の活気に満ちた小夜子ちゃんそのものだった。
ちなみに昨日見せてくれた絵はそのままの表現だが、何か暗い感じがする。
まあどちらも手腕な芸術家が描いたようなすばらしい絵なのだが、心の持ちようでこんなにも変わるとは驚きだ。
それはそれで良いとして、小夜子ちゃんは私に感謝していた。
こんなに人前で明るく振る舞えた事は私のおかげだと。
小夜子ちゃんは私に寄り添ってきて、まるで私の妹のような感じがして、なんか嬉しい。
色々と語り合いながら、河川敷に到着して、隣町が一望できる景色を私と小夜子ちゃんはデッサンした。
描いていて何か気持ちいい。
思えば私は人に役に立てる人間なんてなれないと思っていた。
でも私は玲奈さんの元で働く事で、この小夜子ちゃんをこんなにも明るくたくましい人にしたなんてすごいと思う。
まあ、小夜子ちゃんは自分の望んでいた性格に私はその背中を押してあげたぐらいなんだけど。
何て考えているうちに私と小夜子ちゃんのデッサンが書き終わった。
小夜子ちゃんの絵を見てみると、やはりさっきも言ったとおり描いた本人の思いが込められている。
その絵をじっと眺めていると、空も飛べそうな幻想的な感じになってしまう。
まあ、多分だけど小夜子ちゃんはそんな思いを込めて描いたのかもしれない。
「私の絵を見てよ」
私が描いたデッサンを差し出すと、昨日の事を思い出したのか、苦い笑顔で困惑した感じだった。だから私は、
「私はどんな思いを込めて描いたか、見て良いよ」
と言ってあげた。
すると小夜子ちゃんは私の描いた絵を見て、何かうっとりとしていた。そんな小夜子ちゃんに。
「どうだった?」
と聞いてみる。
「正確にはわからないけど、何か嬉しそう」
小夜子ちゃんはそれしか言わなかったが、これは深読みかもしれないけど、小夜子ちゃんは私の奥底に眠っている心の闇を見抜いたかもしれない。
あんまり人に心を読まれるのは好きじゃないが、どうしてか小夜子ちゃんなら良いと思った。
小夜子ちゃんはさっき言った通り、私のおかげで憧れていた明るい性格になれたって言ってくれた。
今日も良い絵が描けた気がする。
小夜子ちゃんと帰り道、私は自分の絵を見て、自画自賛であった。
いやそうでもない。手腕な芸術家が描くような小夜子ちゃんに絶賛されたからだ。
もしかしたら何の夢も希望もない私にも胸を張れるような画家になれるんじゃないかと言うのは言い過ぎだ。
まだ描き始めて二日しかたっていないからだ。
でもこんな気持ち初めてだ。
以前の私から見たら大きな進歩かもしれない。
とにかく玲奈さんに誘われて思い切って秘書になった事は正解だったのかもしれない。
何て考えながら学校に戻ろうとすると、横に歩いていた小夜子ちゃんがいないと思って、後ろを振り返ると、スカートの裾を掴みながら照れくさそうに上目づかいで私の事を見ていた。
「どうしたの小夜子ちゃん」
「・・・」
視線を泳がせる小夜子ちゃん。
「トイレでも行きたいの?」
と聞いてみると、首を左右に激しく降って否定の意を示した。
「じゃあどうしたの?」
すると小夜子ちゃんは黙って私の所まで身を乗り出して私の手を握った。
何だろう?と思いながら小夜子ちゃんと手を繋いで学校に戻った。
カウンセリング室の扉を開けると、昨日と同じように玲奈さんがギターを弾いてその周りを生徒達が囲んで歌っていた。
その時、私は小夜子ちゃんの目を見てアイコンタクトで『私達も混ざろう』と伝えた。
そして私達は昨日と同じくみんなで歌った。
玲奈さんのギターを弾いている姿は格好良いと思って私もギターが弾けるようになりたい。
そんな事を思いながら私は玲奈さんが弾くギターのメロディーに乗せてみんなで歌っていた。
歌がお開きになって、今いる八人の生徒達に配るためにお茶をわかしていた。
これも玲奈さんが言う玲奈さんの秘書としての仕事だ。
そんな時小夜子ちゃんが「私も手伝う」と言ってコップを並べてくれた。
これが終わったら玲奈さんにギターを教えて貰うつもりでいたが、玲奈さんは忙しそうにスマホをいじくっていた。
忙しそうで何か頼みづらい。
きっと引きこもった人にメールでエールを送っているのだろう。
玲奈さんに向ける私の視線に気がついたのか、手元に持っているスマホから視線を離して私の目を見て、私は一瞬どきっとした。
それは玲奈さんに、にこりと心いやされる笑顔をくれたからだ。
私はそんな玲奈さんに対してどんな顔をすれば良いのかわからなくて自然と苦笑いをしてしまう。
やっぱり頼みづらい。
そう言えば今日は小夜子ちゃんが人なつっこい子犬のように私の側を寄り添っていた。
「亜希さん。さっきから何をぼんやりとしているんですか?」
「いや別にね」
そう言いながら、部屋にかけられているギターを見た。
身を乗り出してそのギターを持った。
「亜希さん。ギター弾けるの?」
と今日は片時も私の側にいる小夜子ちゃん。
「いや、弾けたらいいな何て」
すると後ろから声が聞こえた。
「ギターを弾きたいすか?亜希さん」
いたずらな笑みをしながら私の苦手なタイプの瞳ちゃんが私に言いかける。
「うん」
と素直に頷いた。
「貸してっす」
私は持っているギターを瞳ちゃんに渡した。
すると瞳ちゃんはギターを弾きながら何の歌かは知らないが歌った。
それはもう聡明で心奪われる感じの歌声に何か嫉妬したりもした。
嫉妬した理由はどうやら苦手な瞳ちゃんが私が弾きたいと思っているギターをこの上なくうまく弾いているからだとすぐに気がついた。
そして瞳ちゃんが弾き終わって、
「どうっすか?亜希さんに小夜子ちゃん」
「そう言えば瞳ちゃんは以前から弾いていたよね」
と小夜子ちゃん。
「う、うまいね」
と動揺してしまう。
「良かったら亜希さんに教えましょうか?」
「・・・」
私は考えてしまう。
何か苦手な相手にそんな風に言われると何か複雑だ。昨日は私に悪気はないとは言え平然としていたし、でも玲奈さんによれば瞳ちゃんはいい子だよって言っていた。
何て考えていると、瞳ちゃんは。
「昨日の事は水に流して、とにかくうちらはもう友達っす」
はにかんだ笑顔で親指を突き上げ私に言う瞳ちゃん。
瞳ちゃんに言われた事に私は心が熱くなる単語があった。それは、
友達。
と言う単語だった。
小学校の頃、私は人見知りが激しくまともに人を見れなかった。
それで私はいじめられたりもした。
そんな私が友達なんて出来はしないとも思っていた。
でも今は違う。
「おーい」
瞳ちゃんに言われて私は我に返った。
「ごめん。ちょっと」
どうしたんだろう?涙が止まらない。そんな私を小夜子ちゃんと瞳ちゃんが心配そうに見ていた。
それで私は二人に事情を話した。