聖剣レポート
長年、聖剣について研究を行っている学者さんのレポートです。
信じるか信じないかはあなた次第的ノリの駄文でございます。
エクスカリバー。
かつてアーサー王が手にしていた由緒正しい聖剣中の聖剣。アーサーの命により湖に沈められたエクスカリバーを発見したのは、青い月の光線が湖面を照らす美しい春の事だった。
エクスカリバーに関しての有力な情報得られた事は、僕の人生において最大の幸運だったと今も思う。情報の提供者はアーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人で、アーサー王の死の間際、王に請われてエクスカリバーを「乙女の湖」に返還したグリフレットの子孫と名乗る人物からだった。到底にわかには信じられない話ではあったが、説明のできない予覚に突き動かされ僕は接触を試みる事にした。
グリフレットの子孫と名乗るその人物は、初老の男性で握手したその手は柔らかくとても温く感じた。その透き通るグレーの瞳とそれを包む穏やかな表情に、僕はこの邂逅がエクスカリバーへの道に限りなく近づいたのではないかという期待を膨らませた。まず、僕に情報提供をしてもらった理由については彼はこう語った。
「我々の一族は最後迄アーサー王への忠義尽くした事による賞賛と、その一方で“聖剣のありかをしる者”としてその身を危うくするような不遇の中で、ひっそりとその伝説を口伝によってのみ後世に伝えてきました。だが、私はそれを伝える家族に恵まれなかった。このまま伝説を伝説としてしまうのがいいのか、それとも一族が脈々と紡いで来た史乗を私もどんな形でも残すべきなのか、長く煩悶を重ねてきました。そして私は私の代で終止符を打つ事にしたのです。それは伝えないという方法ではなく、伝説を公にするという形でです。太祖より永続する呪縛から一族の英霊を解放する、それが後世に連なる血を持たなかった私に出来る最良の方法だと考えたのです。」
彼の表情はいっそう穏やかになり、僕はふと深い森の中に降り注ぐ、木漏れ日の香りを嗅いだ気がした。その伝説を表の世界に出す役目を、なぜ僕に託してくれたのか、その全てを今語る事は出来ないが、ひとつのファクターとして「伝説を疑わない、矮小化しない、判断保留が出来る。」そんな人物、という事だと認識している。
エクスカリバーの眠る「乙女の湖」。むろんこの湖の場所を語る事は出来ないが、現代において、これほど周囲を深い原生林に囲まれた湖を僕は知らない。透明度もとても高くひどく清浄な場所だと感じた。グリフレットの子孫は、エクスカリバーは「乙女の湖」の精霊がその手にし、悠久の眠りについていると語った。そして青の月夜にかつてアーサー王に付き従った魔術師マーリンが、湖の精霊に伝えた言葉を囁く事で、再び伝説の聖剣はこの世界の光を浴び、青く輝くだろう、と。
「乙女の湖」で聖剣の復活を目の当たりにする予定なのは、グリフレットの子孫と僕、そして僕のスタッフ2名の計4名だった。グリフレットの子孫がマーリンの言葉を囁く。森のざわめきも、湖面の波紋もない一瞬の静寂。湖の乙女、精霊が湖水より静かにその透明に近い姿を現した。人工的には作り出す事は出来ないような淡い光の粒子が彼女の体を包み込んでいる。そしてその手に仄かに青色を讃える刀身の剣を抱えている。聖剣エクスカリバー。かつて魔術師マーリンもこんな光景を見ていたのだろうか。僕はひどく硬直した。想像以上の美しい光景に。だが、驚いた事にその中でエクスカリバーと精霊を認めていたのは僕一人だったのだ。僕のスタッフはおろか、グリフレットの子孫にもこの光景が見えないのだ。
そう、彼らは心のどこかで疑ってしまったんだ。伝説を、伝説の聖剣の存在を。うろたえる彼らを尻目に精霊は僕にエクスカリバーを手渡した。細身のその剣はずっしりと重く、氷のように冷たかった。精霊は僕には分からない言葉で何かを囁いた。だが分からないはずの言葉の意味を僕は理解した。エクスカリバーを媒介として共振したのだ。彼女の心が伝わった。アーサー王の時代、剣と魔法は身近な存在であり恐怖であった。その時代に剣と魔法を疑う者は何処にもいなかった。でも今は違う。もう剣と魔法は過去の遺物、文字通り伝説の世界にだけ存在している。だからもうグリフレットの子孫の役目は終わっていたんだ。もう一部の伝説好きの間でしかエクスカリバーは存在せず、誰ももうそれを真に必要とはしていないんだ。※もしかしたらそれを知覚できる人間が希少、言葉を変えれば異常なのだろう。
信じる者にのみに、その姿を見せた精霊とエクスカバー。彼女から伝わって来たシンパシーは一つだけ。
「忘れないで。」
僕は声に出さず、きっとまたこの剣を君の元へ返しにくるからとその思惟を伝えた。彼女の表情は変わらなかったけれど、穏やかな感覚が僕を通り過ぎた。そして森に風が戻り、湖面にさざ波がたった。
グリフレットの子孫は落ち込みもしたが、永きに渡る重責から解放された開放感に笑顔を取り戻した。
そしてエクスカリバー。その使用感は恐るべきモノだった。決して力のある方ではない僕が振り下ろすだけでも大きな石を断つ事が出来た。刃こぼれ一つなく、心が清められる想いがした。まさに名君が持つのにふさわしいと感じさせてくれた。だが、かつてブリテン島を統べる者が持つと称された聖剣はその役目を終了している。今はただ精霊を含む伝説を人々の心に伝える想念の一つのように凛とした響きを刀身から発するのみである。
※まずは剣を日本に持ち帰る予定だが、今のトコロその方法が思いつかない。う~ん。