バレンタインの恒例行事
「も〜う、い〜〜くつ寝ると〜〜、バレンタインデ〜〜」
「……瑞樹さん、その歌いろいろおかしいですよ。」
私が気分よく歌っていたら、一ノ瀬君がクレームを言ってきた。
一体どんな問題が?
「いや、だって、なんで替え歌?しかもバレンタインについてだし、トドメに音程ズレまくりですよ。」
「ひ、ヒドイよ一ノ瀬君!音痴だって言いたいの?」
私は一ノ瀬君に向けて、側にあったクッションを投げつけた。
うわっ、と言いながら一ノ瀬君はクッションを受け止めている。
そこはあえて顔で受けてくれるのが優しさでしょうが。
「いきなり投げないで下さいよ。それよりバレンタインデーに誰かにチョコあげるんですか?……なら俺にも下さい。」
「一ノ瀬君に?いやいや、あなた全国から山程貰うでしょうが。それなのに私のって……もしかして、そんなにチョコ好きだった?」
「……違いますよ。はぁ〜〜。」
何だか馬鹿にされているように、大きなため息をつかれた。
何なんだよ。
「で、何でバレンタインの歌なんて歌ったんですか?」
おや、まだその話題だったのかい?
なかなかしつこいね。
「ん?いや、もうそろそろ美味しいチョコレートが食べられるな〜〜って思っただけだよ。」
「あげるんじゃなくて、食べるんですか?」
「むしろ貰うね。」
私の言葉に一ノ瀬君が不思議そうな顔をしている。
今時女の子同士だってチョコの交換ぐらい普通でしょう。
ただ私の場合、ちょっと特殊っちゃあ、特殊なんだけどね。
「一ノ瀬君は『クーデルフィア』って知ってる?」
「はあ?知ってるも何も超有名なパティシエが経営しているお店の名前じゃないですか。確か日本だけじゃなく、世界各地に支店があってセレブ御用達とか。」
「やっぱり有名なんだ……」
私の言葉に一ノ瀬君が、まさか、という表情をした。
「じゃあさ、その『クーデルフィア』のバレンタイン限定の特別チョコが家に山程送られて来るって言ったらどう思う?」
一ノ瀬君は、やっぱり、という表情に変わった。
「もしかしなくても『クーデルフィア』のパティシエを拾ったんですか?」
「いや。拾ったのはパティシエの娘さん……」
「娘さん……って確かあの『クーデルフィア』の広告塔をつとめているモデルのリナさん?」
「まあ、娘さんはリナなんだけど、私が拾ったのはリナの飼っていたワンちゃんなんだよね。」
そう、私が拾うのは『人』とは限らない。
ただ、拾ったモノがスゴイ人の持ち物だっていうことが高確率で発生するだけだ。
あの時は普通に道を歩いていたら、後ろに気配を感じ振り向けば、シッポをブンブン振り回している可愛いシェルティ……うーんとミニコリーがいた。
とても野良とは思えない美しい毛並み、そして立派な首輪、明らかに何処からか逃げて来てしまった様子で、何故か私の後をトコトコとついて来るのだ。
その時住んでいたところは動物を飼えなかったし、でもそのまま放っとくことも出来ずしばらくお互いに見つめ合っていた。
「で、結局その犬がリナさんの犬だと判明したんですか?」
「まあね。1時間ぐらい近所の公園で一緒にいたら、リナが来たの。なんか首輪にGPSつけてたんだって。それからリナにお礼がしたいって言われて家に連れて行かれたの。」
「何ていうか……嘘みたいな話ですね。」
「まあ、だいたい私の拾いモノの話しはそんな感じだからね。一ノ瀬君だって人のこと言えないでしょ。」
「……おっしゃる通りです。」
一ノ瀬君は自身も拾われたことを思い出したのか苦笑いしている。
「で、そこでいっぱいお菓子を出されてね。どれも凄く美味しかったんだけど、そのうちの1つが本当に美味しくてそれだけ黙々と食べちゃってたの。そしたらリナが変な勘が働いたのか、そのチョコを『クーデルフィア』のバレンタイン限定スイーツとして売り出したんだって。それが『天使のトリュフ』。」
「は?『天使のトリュフ』って『クーデルフィア』の超売れた商品じゃないですか!」
「そうみたいだね〜。やっぱり普通の私が食べても美味しいって思うモノは、万人受けするんじゃない?で、リナがその後もバレンタインが近くなるといろんなその年の新商品をくれるようになってね〜。美味しいチョコが食べ放題なのですよ。全部一通り食べてどれが1番美味しいかをリナに報告することになっているんだけどさ。」
「それって、もしかして瑞樹さんが美味しいって言ったものが限定スイーツとして選ばれるとか……?」
「うーん?どうだろうあんま気にしていなかったけど、バレンタイン終わった頃に『今年もありがとう!大成功だったよ、これお礼のお菓子ね。』っていっぱいお菓子をくれるんだよね。たぶんあのお菓子だけでもかなりの値段がすると思う……。たまには買おうと思うんだけど、それを言うと『はあ?何で私がいるのに買うのよ!あんな高いもの買うことないわよ。』って怒られるんだよね。」
何で売り上げに貢献しようとして怒られるんだろう?
謎すぎる。
ピンポーン
おや、また誰か来たのかな?
一ノ瀬君がまたビクッとなっている。
やだなぁ、そんなにビクビクしないでよ。
「そんなに毎回ビクッとならないでよ。普通の友達が来ることだってあるんだよ?……あ、でもそれだと一ノ瀬君がいたら逆にビックリするか。……まあ、いいか。とりあえず見てくるね。」
そう言って私は玄関へと向かった。
ドアを開けると
「久しぶり!またいっぱい持ってきたわよ。入るね〜〜。」
勝手知ったる何とやらで、家の中へとズカズカ入ってくる。
もう、相変わらずだな。
でっかいスーツケースの中にはおそらく新作スイーツがいっぱい詰まっているんだろう。
私がぼーっとそんなことを考えていたら、居間に入ったリナが固まった。
見ると一ノ瀬君も固まっている。
「瑞樹!また拾ったの!?」
「……まあね。」
「スゴイわ。その才能がコワイ。そしてこんな旬のモノを拾うなんて相変わらずの特技ね。」
はは、実は一ノ瀬君のこと知らなかったとは言いにくい。
固まっていた一ノ瀬君もようやく起動し始めた。
「は、初めまして。あの、モデルのリナさんですよね。一ノ瀬和樹と言います。」
「うん、もちろん知ってるわ。私のこと知っててくれてありがとう。リナよ。それにしても、まさか若手ナンバーワンがいるとはね〜〜。……うん?もしかして前に事務所移動して土方さんのところに行ったのって、瑞樹が関わっている?」
あらら、さすが情報通。
そこにすぐ気付くなんて。
「あはは、よくわかったね。」
「あははじゃないわよ。相変わらず謎の交友関係だわ。……でも、良い機会ね。ちょっと、一ノ瀬君!仕事しない?今度のバレンタインのイメージキャラがどうしてもまとまらなかったの。でも、あなたを見てピンときたわ。『クーデルフィア』のバレンタインのモデルやろう!」
あ、リナが暴走している。
イメージが出来上がると暴走するんだよね〜。
私は一ノ瀬君に襲いかかってるリナにバレないように、蓮さんにメールを送った。
返事はすぐにきて、一ノ瀬君がヤル気があるなら受けても良いって書いてある。
「お、俺の一存では決められないので、土方さんに相談を……」
「一ノ瀬君はそのお仕事やりたいの?」
私は一ノ瀬君に聞いてみた。
やりたくないなら、リナを家に入れた責任をとって私が断ってあげましょう。
「俺は……出来るならやってみたいです。いろんなことに挑戦してみたいので。」
一ノ瀬君の答えにリナが手を叩いて喜んでいる。
うん、なら問題ないね。
「じゃあ、良いんじゃない?蓮さんも良いって言ってるよ。」
私はそう言って2人に蓮さんのメールを見せた。
「「いつの間に……」」
2人が揃ってそんなことを言っている。
まあ、結果オーライでしょう。
今回のバレンタイン。
一ノ瀬君がイメージキャラクターを務め、私が試食しまくってナンバーワンを決めた『クーデルフィア』のバレンタイン限定メニューは連日店が超満員になる大盛況に終わったらしい。
作るのも間に合わないくらい売れに売れ、軽く今までのバレンタインの売り上げを超えたようだ。
そして私はお礼にと、小山ほどのお菓子を貰った。
その食べきれないほどのお菓子を、最近の我が家の常連さんたちと黙々と消費している。
「瑞樹……お腹は空いているけどお菓子はもういらないわ。おにぎりが食べたい。」
「瑞樹さん、俺も。瑞樹さんのおにぎりが食べたい。」
この2人は……。
「瑞樹、俺は餃子が食いたい。もしお菓子なら瑞樹の手作りのチョコならイケる。」
蓮さんの言葉に、2人も騒ぎ始めた。
もう、いいよ。
頑張って1人で食べるから。
もちろんその日はおにぎり&餃子パーティーが開かれ、途中リナとおやっさんも乱入し、夜遅くまで盛り上がっていた。
お菓子は当分いいな……と思っていた私に1ヶ月後ホワイトデーという試練が待っているのは、また別の話しだ。