その名は
「クロさん、重いから退いて下さい。」
今、私の肩にはクロさん……黒岩誠さんが顎を乗せている。
地味に痛いからマジで退いてくれ。
私が苦しんでいると、お手洗いから戻ってきた一ノ瀬君が凄い勢いでクロさんを引き剥がした。
「何をやっているんですか〜〜?! ほら、瑞樹さんが困っているでしょう! …………って、瑞樹さん? 今、黒岩さんのことなんて呼んでいましたか? 」
クロさんを引き剥がしてくれた一ノ瀬君が真剣な顔でそんなことを聞いてきた。
うん? 呼び方かい?
「えっと、『クロさん』かな? 」
私の答えに一ノ瀬君が泣きそうな顔をしている。
え? 今の答えの何処に泣く要素が?
「み、瑞樹さん。なんで……なんで俺よりも後に会った黒岩さんを『クロさん』だなんてカワイイあだ名で呼んでいるんですか?! お、俺なんて未だに名字なのに……」
一ノ瀬君が大絶叫している。
そんなに騒ぐことかな?
別に特別だからってわけではないのだけど。
「あのね、クロさんはクロさんって呼んでって頼んできたからそう呼んでいるんだよ? ちなみにみんなもそうだよ。蓮さんや遼太郎君も名前で呼んでって言っていたし、一ノ瀬君は……一ノ瀬君って感じだよね。」
「じゃ、じゃあ! 俺も名前で呼ばれたいです! 」
一ノ瀬君が興奮している。
なんかちょっと鼻息が荒いっす。
名前ね〜。
「名前かい? うーん、かずき? 」
……一ノ瀬君が悶えている。
なんかクネクネして、顔も赤くなっている。
その顔を両手で覆って、ワーワー言っているんだけど……乙女ですか。
「ねえ、大丈夫? 和樹。」
心配になった私が和樹の背中をポンポンしながら尋ねると、一瞬ビクッとなったが私を見てまたクネクネしだした。
いくらイケメンとはいえ、なんかちょっと微妙。
「和樹、ほらせっかくのイケメンがそんな動きしちゃダメだよ。いくら何をしてもカッコいいとはいえ、限度があるって。……和樹、聞こえていますか? 」
和樹がプルプル震え出した。
コレは、もはや何かの病気が発症しているんじゃないか?
「み、瑞樹さん……ゴメンナサイ。俺のことはまだ『一ノ瀬君』と呼んで下さい。」
一ノ瀬君は絞り出すようにそう言った。
ふむ、やっぱり一ノ瀬君は一ノ瀬君だったか。
「了解。気が変わったら教えて。」
一ノ瀬君はボーッと何処か遠くを見ている。
何だろう、私は悪くないはずなのに妙に罪悪感を感じるのは。
そんな私にクロさんが話しかけてきた。
「ねえ、瑞樹。今度さ、二人で何処かに行かない? あ、これデートのお誘いだからね。」
クロさんがそう言って、私に近づいて来ようとした時、いつの間にか来ていたおやっさんと鴉さんがクロさんを羽交い締めにした。
おやっさんが後ろから抑え、鴉さんが正面からアイアンクローをかましている。
「おい、黒岩。お前何言っちゃってんの? 瑞樹を誘い出すなんて三年早いわ。」
え? 何その具体的な数字。
普通百年とか言っちゃうんじゃないの?
そんな私の考えがわかったのか鴉さんがボソッと
「三年って言うのは早ければという話だからな。瑞樹の知り合いの中には十年目でやっと念願叶った奴もいるから。ちなみに黒岩の場合今のままだと当分無理だぞ。」
「え! 何で俺はダメなんすか? 」
クロさんが鴉さんに絡んでいる。
鴉さんはクロさんの首に腕を回して部屋の隅に連れて行った。
隅っこで二人でコソコソ話している。
時々クロさんの『そんな〜〜』とか『俺にそれは難しい』なんて言葉が聞き取れる。
……私と出かけるのって難しいの?
本人が気づかないところで何か障害が出来ていたようです。
ところで一ノ瀬君は……
一ノ瀬君はさっきと変わらず、遠くを見ながらブツブツ言っている。
『破壊力がハンパない…………名前ってスゴイ』
なんて言っていた。
この状態を見ておやっさんは笑いながら私の肩を軽く叩いて
「瑞樹は相変わらずだな。お前はそのままでいてくれ。」
なんて言っている。
よくわからないけど、わかったよ。
そういえば、おやっさんと鴉さんが一緒にウチに来るのはちょっと珍しいけど、なんかあったかな?
「ねえ、おやっさん。珍しく鴉さんと仲良く来たみたいだけど、何かあった? 」
「別に仲良くはねえぞ。ただ瑞樹に聞きたいことがあって、この間変わったモノ拾ったって鴉から聞いてな。」
うん? 変わったモノ、ですか?
なんのことかな。
私がなんのことかわからず困っているとクロさんに絡んでいた鴉さんがこちらにやって来た。
「おい、忘れたのか。瑞樹が急いでいるからって俺にポイッと預けていったモノがあっただろう? 」
鴉さんが呆れたように言っているけど……何だっけ?
ちょいちょい拾うからどれがどれだか。
私が本気でわかっていないと気づいた鴉さんがため息混じりに教えてくれた。
「二週間ぐらい前にコレ俺に渡しただろう? 」
そう言って鴉さんが私に見せてくれたのは、高級そうな布に包まれた水晶玉だった。
「…………おお! 思い出しましたよ。確か私が会社の用事で急いで相手先に行こうとしていた時に転がって来たモノですね。」
そうだ、そうだ、思い出した。
あの時、社長直々に頼まれた用事を済まそうと急いでいたのだ。
そうしたら、何処からか現れたこの水晶玉が私の前にコロコロ。
明らかに高そうな物体だし、近くにそれが包まれていた布もあったから、落とし主を探せるかもしれないと思ったんだけど……急いでいたからね〜。
どうしようかちょっと困っていたら『偶々』鴉さんを見つけたのだ。
鴉さんなら絶対大丈夫、持ち主探せると思ってそのまま水晶玉を預けて…………そして忘れてた。
「あれ? でも今コレがここにあるってことは、持ち主見つからなかったんだ。」
私の言葉に鴉さんが首を振っている。
「バカにするなよ。そんなの速攻で見つけた。」
じゃあ、何でここにあるんだろう?
私が首をかしげていたら今度はおやっさんがこう言ってきた。
「この水晶玉の持ち主が、拾ったヤツを連れて来いってきかないんだ。」
「拾ったヤツって……鴉さんで良くない? 」
「あのな、この水晶玉の持ち主ってちょっと面倒でな。職業はそのまんまで『占い師』なんだが、そんじょそこらのヤツじゃなくて……それこそ政治家、会社経営者、スポーツ選手とか一流って呼ばれるヤツらが信用している『本物』の占い師なんだよ。だからか知らないが本当に最初に拾ったのは鴉じゃねえってすぐ気づいて……それで最初に拾った『女性』を連れて来てくれって。」
ほう、拾ったのが女性ってわかるんだ、スゴイね〜〜。
「んで、その女性からこの水晶玉を手渡しされたいって受け取らないんだわ。」
それは面倒くさい。
「なんか俺んとこの上司もその占い師の知り合いらしくて、公私混同も甚だしいんだがお前を連れて来いって言っているんだよ。」
おやっさんの上司って、確かホトケのデンさんこと田村のおじいちゃんのはず。
私も何回か会ったことあるけど、公私混同するタイプではない。
デンさんが会ってほしいって言うってことは、悪い人ではないよね。
「そ、そんな怪しい人に会わない方がイイですよ! 」
さっきまで遠くを見つめていた一ノ瀬君が、そう言って反対すればクロさんも
「そうだよ。それって最初っから瑞樹狙いってことだろう? 変態だ、変態。」
変態呼ばわりしている。
でも、一回拾ってはいるからな〜〜、鴉さんとおやっさんがわざわざ来たってことは二人でも断れないってことなんだろう。
二人に迷惑かけるわけにもいかないからね、覚悟を決めて会いますか。
一回会っちゃえば私の平凡さがわかって、興味もなくなるでしょう。
「いいよ、一回会うよ。会えば納得するんでしょ? これ以上鴉さんとおやっさんの時間取るわけにはいかないもん。どうすればいいの? 」
鴉さんとおやっさんは顔を見合わせため息をついた。
「すまん。じゃあ、これから出られるか? 」
おや、今すぐでしたか。
でも、それだと……
「「俺も行きます!!」」
やっぱり。
一ノ瀬君とクロさんが仲良くハモった。
「あーー、お前たちは留守番な……って言いたいところだが、ふう、本当に当たったな。その占い師からは瑞樹について来ようとするヤツがいるはずだから一緒に連れて来いって言われているんだ。」
「あらあら、本当によく当たる占い師さんなんだね。まあ、もしくは私のことを知っている人かな。」
とりあえず、動かないことにはどうにもならない。
私たちはおやっさんの車で、その占い師がいるところへと運ばれた。
「はあ〜〜、スゴイね〜〜。ここにいるんだ、その占い師さん。」
着いた場所は、街中にこんな場所が本当にあるのかと疑いたくなるような緑に囲まれたお屋敷だった。
車を降りてから玄関までは結構歩いたよ。
なんとかお屋敷の前までたどり着き、呼び鈴を鳴らそうとしたらその前に扉が開いた。
中から顔を出したのは……
猫だった。
見事な毛並みの真っ黒な黒猫。
その猫は、まるでついて来いとでも言いたげに尻尾をユラユラ揺らしながら
「にゃーん」
と一声鳴いて歩き出した。
私たちは他には誰もいないし、しょうがなくついて行くことにした。
まあお呼ばれしているし、良いか。
猫は時々こちらを見ながら、迷いなく歩いている。
本当に案内してくれているようだ。
そしてしばらく歩くとある部屋の前で猫が止まった。
猫は扉の前で一声鳴くと、扉の下の方にあった猫専用の扉から部屋へ入って行ってしまった。
これはこのまま部屋の中に来いってことだよね?
私たちは思い切って扉をノックしてから部屋へ入ってみた。
「よく来てくれました。」
部屋の中には、占い師らしく頭からローブをかぶった人が椅子に腰掛けている。
その声はボイスチェンジャーを使っているようで、若いのか歳をとっているのかわからない。
まあ、今のところ男か女かもわかんないんだよね。
「あの、これお返ししますね。」
私は布に包まれた水晶玉を取り出した。
もともとこれを返すために来たんだから。
「ああ、ありがとうございます。」
占い師は椅子から立ち上がると私の方へやって来た。
立ち上がってわかったが、背が高い。
たぶん180㎝ぐらいある。
男の人……だよね?
近づいて来た占い師はローブのせいで顔が見えない。
だけど口元が少し見える……今、笑った?
そう思ったのもつかの間、占い師は私の両脇に手を入れそのまま上へ……これはいわゆる『高い高い』ではないでしょうか?
混乱して声が出せない私の代わりに一ノ瀬君とクロさんが占い師に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと瑞樹さんを離して下さい!」
「おいコラ! 何勝手に人の物に手出してんだ?! 」
クロさん、私はあなたの物ではありませんよ。
二人は私を降ろそうと頑張っているが、意外にもフットワークの軽い占い師は私を持ったまま部屋の中をあっちへこっちへ。
一体何がしたいんだろう?
そんな騒ぎをよそに、ちょっと冷静になってきた私は、目の前にある占い師の頭のローブを除けてみた。
「おっ」
占い師がそんな声を出したあと出てきた姿は…………
「お、お兄ちゃん? 」
「よっ! 妹、元気だったか? 」
説明させて下さい。
この胡散臭い占い師、コレ私の実の兄でした。
といっても、かれこれ十年以上会ってなかったんですけどね。
兄とは親の離婚を機に離れて暮らしていました。
まさか会わない間に占い師になっているなんて……ましてやこんなことを仕出かしてくるなんて思わなかったよ。
「どうせ久しぶりに会うなら、面白い方が良いと思ってさ。それに、お前の周りに集まっているキラキラしたモノがお前に悪影響を与えてないかも知りたくてな。さすがだよ、お前は昔から面白いモノに懐かれるから。お前を占うと必ずと言って良いほど、キラキラした光に囲まれている。お前が昔のままで良かった。」
兄は嬉しそうにそう言って私を抱きしめた。
く、苦しいなんて言えない雰囲気の中私は耐えた。
兄は私に全く似ていない為、顔面偏差値がお高いのである。
兄とはいえ久しぶりに会うイケメン兄に抱きしめられているというのが、恥ずかしい。
私はギリギリまで耐えたが、もうそろそろ限界というところで兄がやっと離してくれた。
ふう、疲れた。
「仕事柄なかなか会いに行けなくてな。でも、お前の知り合いも俺の顧客の中には結構いるから噂は聞いてた。仕事もようやく安定してきたからこれからはお前にも会えそうだよ。もちろんお前だったら無料で占ってやるから頼ってくれ。俺の占いは当たるからな。」
そう言って笑った兄はそれから毎日律儀に私の運勢を占って連絡してくる。
私の拾いモノ仲間に聞いた話だが、本来兄の占いは一回うん十万するものらしい。
我が兄ながらスゴイとしか言いようがない。




