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『頼む! 一生のお願いだ』


私の貴重な休日の早朝、こんな電話で私は叩き起こされた。

電話の主は、蓮さんだ。


『蓮さん……今何時だと思っているんですか? 用事なら後で聞きますよ〜。では、おやすみなさい。』


只今の時刻、朝の五時半。

休日のこの時間なんて睡眠時間に決まっているじゃないですか。

それに今日はお昼ぐらいまでゴロゴロしてるって昨日から決めていたんだもん。


『あ! こら、切るな! 確かにこんな時間にすまないと思っているさ。だけどこっちも切羽詰まっているんだよ。このままだと映画が! おい、聞いているか瑞樹? 』


私は正直半分寝ている。

昨日というか寝たのが二時過ぎだったから、まだ三時間しか寝ていないのだよ。

頭が働かないのです。


『う〜〜、もう、じゃあ、用件をどうぞ。手短にお願いします。』


『ああ。話は簡単だ。今からこっちに来ておにぎり作ってくれ。』


ポチッ


私は無意識に携帯の通話ボタンを切っていた。

だって今おかしいこと言っていたよ。

蓮さんこそ寝ぼけているんだよ、きっと。

と、思っていたら速攻で電話がまた鳴った。

無視したい……だけど出るまでずっと鳴っていそうだ。

私はしょうがなく電話に出た。


『コラ! なんで切るんだよ。』


『だって、蓮さん寝ぼけているんだもん。今からおにぎりって夢でも見たの? 』


『寝ぼけてなんていない。何故なら昨日から寝ていないからだ。また電話を切られても困るから簡単に説明するから寝ないでくれよ? あのな、今一ノ瀬が撮っている映画なんだが、一回は撮影終了したんだよ。だけど主要キャストの一人が問題起こして……急遽代役立てて撮り直しているんだ。一ノ瀬はその人との絡みが多かったから、ここ一週間朝から晩まで撮影で忙しいんだ。』


うう、眠い。

眠いけど一ノ瀬君のことのようなので、なんとか重いまぶたを開いている。

だけど働いていない頭では何故私に電話をしてきたのか考えつかない。

蓮さん早く教えて下さい。


『……って、おい、起きているか? 聞いているよな? 』


返事をしない私に蓮さんが焦った声で聞いてくる。


『ふぁい、起きているですよ〜〜。なので、続きを……ムニャムニャ……』


『本当に大丈夫か? まあ、いいや。で、何が言いたいかと言うと、一ノ瀬がかれこれ二週間瑞樹の部屋に行けていないだろう? いつもならどんなに忙しくても一週間に一回は行けていたんだが、今回の騒ぎであまりの忙しさで行かせられないんだ。その結果、十日を過ぎたあたりから一ノ瀬がヤバい。だから、瑞樹のおにぎりが必要なんだよ! 頼む、撮影にも影響が出てきているから困っているんだ。もちろんタダでとは言わない、この礼は必ずするから! 』


はあ〜〜、すっかり目が覚めてしまった。

こんな時間に目が覚めてしまったらやることなくて困ってしまう。

……だから、おにぎりでも作りに行きますか。


『わかったよ。私はどうしたら良いの? 』


『瑞樹! 助かる、ありがとな。じゃあ、三十分後に車をまわすからそれに乗って来てくれ。桜庭が行くから。本当にありがとう! 』


そう言うと蓮さんは電話を切った。

さて、準備しましょうか。

と言っても、普段から身支度にそんなに時間はかからない。

顔を洗って、髪を結んで、軽く化粧をしたら終わりだ。

待たせても悪いと思い、十分後には待ち合わせ場所に到着したが、そこには既に桜庭さんがスタンバイしていた。


「瑞樹さん、おはようございます。今回もご迷惑おかけしてしまい申し訳ありません。」


目が合った途端謝られた。

しかも綺麗なお辞儀付き。


「桜庭さん、顔を上げて下さい。迷惑なんて思っていませんよ。お互い様ですし。桜庭さんこそ迎えに来てくれてありがとうございます。」


挨拶を終えた私たちは車に乗り込み目的地を目指した。


「今日は屋内での撮影なので、ここから車で二十分ぐらいのところです。土方の指示でご飯は炊いてあるので、あとは瑞樹さんに握っていただくだけです。」


「あの〜、握るだけなら別に私が行かなくても……」


私の言葉を遮るように、桜庭さんが首を横に振った。


「既に試した後です。一ノ瀬に手作り、しかも料理人に握ってもらった物を渡したんですが、一口でいらないと言われまして……。しかもその後はずっと『瑞樹さん味のおにぎりが食べたい』と言いまして。」


ちょっと待て。

一ノ瀬君や、なんだいその『瑞樹さん味』って?


「そんなこんなで、忙しくて瑞樹さんの家にも連れて行けず、こんなことになってしまいまして……。本当にすみません。」


桜庭さんは心底すまなそうな顔をしている。

いやいや、イケメンにそんな顔をさせてしまってこちらこそ申し訳ない。

これはちょっと一ノ瀬君と話し合いが必要そうですね?

ダメだよ、これからドンドン凄い人になるのにおにぎり頼りじゃ。

……でも、餌付けしてしまったのは私なんだけどね。



「さあ、着きましたよ。」


どうやら撮影場所に到着したらしい。

ところで、かなり今更だけど私ってここに入って良いのかな?

私は恐る恐る桜庭さんの後をついて行った。

中に入るとそこはまさに撮影現場って感じの場所だった。

私は桜庭さんに促されて、彼が指差す方を見てみた。


おお、一ノ瀬君だ。

今、一ノ瀬君がちょうど撮影真っ最中。

どうやらヒロインっぽい子との触れ合いの場面のようだ。

でも、なんか表情に元気がない。

そんなんじゃ、その子が好きなんて風には見えないよ?

私が勝手に心配していると、一ノ瀬君と目が合った。

すると今までの表情が嘘のようにホワッて微笑んだのだ。


カーーット!


「いいよ!! 今の表情最高だよ、一ノ瀬君! その顔を待っていたんだよ〜。じゃあ、このまま次に……」


監督さんらしき人が大声で一ノ瀬君を褒めているのだが、当の一ノ瀬君はまっしぐらに私の方へと向かって来た。

そして私の目の前に来ると、私に抱きついてこようとした。

がしかし、その前に桜庭さんと蓮さんが私を後ろへ隠した。

ああ、なんか一ノ瀬君に尻尾や耳が見える。

元気よく尻尾を振りながらやって来たが、私は見えなくなり耳がショボンとなっている、みたいな?


「こら、一ノ瀬。まだ休憩じゃないぞ。とっとと残りもやって来い。そしたら瑞樹がここでおにぎりを作ってくれるから。」


蓮さんの言葉に一ノ瀬君の目がこれでもかと見開かれた。


「……その言葉本当なんですね? 」


「わざわざ来てもらったんだ、嘘つくかよ。ほら、撮影押してんだ。行ってこい。」


一ノ瀬君は私の方を見て、さっきのようにホワッと笑った。


「わかりました。瑞樹さん、俺頑張って来るんで待ってて下さいね? 」


「うん。その為に来たんだもん、待ってるよ。もう一踏ん張りしておいで。」


私の言葉に大きくうなずき、一ノ瀬君はダッシュで現場に戻った。

その後の一ノ瀬君の演技はみんなが大絶賛する素晴らしいものだったらしい。

というのも、私的にはいつもあんな感じだから、それが素晴らしいものなのかはよくわからない。



「瑞樹さーーん! 」


大型犬が突撃してきた。

ようやく休憩時間になった一ノ瀬君は控え室に飛び込んできたのだ。

私はそのちょっと前におにぎりを準備しておいた。

なので今ここにあるおにぎりは、出来たてホッカホカだ。


「はいはい、お疲れ様。さあ、手を洗って。まだあったかいおにぎりだよ。」


それを聞いた一ノ瀬君の瞳はキラキラしている。

勢いよく手を洗い、素早い動きで椅子に座った。

私はおにぎりを一ノ瀬君の目の前の差し出した。


「さあ、召し上がれ。」


「はい! いっただきます! 」


一ノ瀬君は勢いよくおにぎりにかぶりついた。

しかも両手におにぎりを持っている。

誰も取らないからゆっくり食べればいいのに。

私はお茶を淹れて一ノ瀬君の前に置いた。


「ほら、これも飲んで。熱いから気をつけるんだよ。」


ちなみにこの場には蓮さんと桜庭さんもいる。

でも、一ノ瀬君にはおにぎりしか見えていない。

あ、だけどたまに私の方を向いてニコニコしているかも?


おにぎりを食べ終えた一ノ瀬君はようやく落ち着いたみたいだ。

これからまた撮影が始まるらしい。

私は一ノ瀬君と蓮さんに誘われ、もうちょっと撮影を見ていくことになった。

桜庭さんは他にも仕事があるらしくいなくなってしまったけど。

そういえば蓮さんもこの映画に出演していたらしい。

蓮さんの出番は終わったようだったが、一ノ瀬君が心配でついていたようだ。


私は撮影の邪魔にならないように隅っこから眺めていた。

……うん、眺めていたはず。



「なんで部外者がこんなところにいるんですか? 」


私の前には可愛らしいお嬢さんがいる。

たぶん出演者だろうね。

暇なのかな。


「まあ、頼まれてですかね? 」


とりあえず答えてみた。

するとその子はまた可愛い顔をちょっと怖くさせてこう言ってきた。


「撮影に関係ない人がいると気が散るんです。……あ、ちょっと、この人部外者みたいなんで外にお願いします。」


近くにいた関係者らしき人にそんなことを言った。

まあ、別に帰っても良いんだけど勝手に帰ると後が怖いんだよね。

一ノ瀬君は撮影中だし、蓮さんはその一ノ瀬君の演技を近くで見ている。

うん?そういえばこのお嬢さん、さっき一ノ瀬君といちゃいちゃしていたヒロインっぽい子だ。

困ったな〜と思っていると、声をかけられた。


「そこで何をしているのかしら? 」


お嬢さんがビクッとなったが、その人物が誰かわかると私に対しての態度から一変、スゴく猫なで声でその人に説明し始めた。


「あ、円城寺さん! お騒がせしてすみません。ちょっとこの方が撮影現場に紛れ込んでしまったようで……それで今スタッフさんにお願いして外に案内するところだったんです。」


なるほど、私は紛れ込んだんですか。

ちなみにこの円城寺さん、いわゆる大御所と呼ばれる人です。

なのでこのお嬢さんは態度を変えたんですかね?

うん、わかりやすいね。


「紛れ込んだ、ね。」


カーーット!!

その時、撮影がひと段落ついた。

すると円城寺さんは


「蓮ちゃーーん!!」


大きい声で蓮さんを呼んだ。

お嬢さんはその声にびっくりし、ちょっと顔色が悪くなっている。

その大声に蓮さんが慌ててこちらにやって来た。


「円城寺さん、その呼び方は……ってどうしたんですか? 」


蓮さんが不思議そうにこちらを見た。


「あのね、この子が部外者を外に出そうとしていたんだけど…………瑞樹は部外者なのかしら? 」


おう、円城寺さんがブリザードを撒き散らしながらお嬢さんを見ている。


「うん? …… ああ。そういうことですか。はあ〜〜、もちろん瑞樹はうちが滅茶苦茶頼んで来てもらった関係者ですよ。」


「そうよね? 瑞樹が勝手に来るわけないものね。こんなのがうちの事務所の若手ナンバーワンなんて社長ったら耄碌したのかしら。ごめんね瑞樹。これは回収して厳しく鍛え直すから許してね? 」


はい、わかりました。

もうお分かりですね?

円城寺さんは私のお知り合いです。

昔、円城寺さんの指輪探しをして以来の仲です。

どうやらお嬢さんは円城寺さんの事務所の後輩らしい。

円城寺さんは曲がったことを一番嫌う、頑張れお嬢さん。



まあ、いろいろありましたが映画はもちろん大ヒット。

後で聞いた話だが、あのお嬢さんは一ノ瀬君にアプローチしていたらしい。

みんなもいるのにわざと一ノ瀬君と二人でいるような写真を撮って、何か画策したり、わざとマスコミの前 で仲良く見せたり、まあ良くある手ですね。

あの場で私に突撃した一ノ瀬君を見て闘志を燃やしたらしい。

まあ、その結果が円城寺さんを怒らせるという最悪の結果でしたが。


あの後一ノ瀬君や蓮さんからは謝罪されまくった。

あんなのにイジワルされたなんて申し訳ないって。

まあ、でもこっちも申し訳ないって少なからず思っているから……。

だって、あの騒ぎが私の拾いモノ仲間の知るところになってしまったのだ。

…………うん、みんな、お嬢さんがちょっとおイタしたからってやり過ぎないでください。


何故か私がお嬢さんのフォローに回るという訳がわからない現象が発生した。




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