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ハンカチ

今、私の足元に落し物がある。

一言で言うなら


『やたら自己主張の激しい落し物』である。


たぶんハンカチの一種だとは思うのですよ。

まず色がおかしい。

レインボーカラーのハンカチって珍しいよね〜〜。

そして何より問題なのは……


『風祭 風雅』


なんでこんなに目立つ場所に名前付けてるの?

この見るからに怪しい落し物……もちろん私がとる行動は



「何で無視するんだよ!!」


私があからさまにそのハンカチを避けて通ったらその叫び声は聞こえた。

まあ、予想はしていたんだけどね。

今、私の目の前に現れたのはこの自己主張の激しいハンカチの持ち主の『風祭 風雅』さんである。


「無視って……だってそこにいるのは知っていたもの。なら別に拾わなくても良いじゃないですか?」


そうなのだ。

さっきハンカチを見つけた時、すぐ近くに風祭さんが隠れていることにすぐ気づいた。

この人はアレだ、ちょっと残念な人なのだ。

見た目は……なんか癪だけどカッコ良いのよね〜〜。


「普通、ハンカチが落ちていたら拾うだろう?」


「そうですね、普通のハンカチだったら私も拾うと思いますよ。」


私だって普通のハンカチだったら一応拾って、周りを見渡し、誰もそれっぽい人がいなかったら誰かに踏まれないように避けて置いておくよ。

だけど、この悪目立ちする特殊な物体を拾うことは私の本能が良しとしない。

だいたい、毎回こんなことをしてくる人の持ち物なんぞいちいち拾ってられない。




「俺のハンカチのどこが普通じゃないんだ!」


「むしろ一つでも普通のところがあるなら教えて欲しいですよ!」


毎回こんな感じになる。

いきなり現れたこの人、風祭 風雅さんは結構前からの顔見知りだ。

ちなみにこの人ある有名企業のボンボンである。

ボンボンの割にノリが良いんだよね。


「俺のモノを何故拾わん?」


「何で近くにいることがわかっている人のモノを拾わなければならんのですか?」


話しは平行線だ。

いつもこうなる。


「もういい加減拾ったら良いだろう?」


「拾ったら良いことあるんですか?」


この人はどうしても私に何かを拾わせたいらしい。

まあ、理由は何となくわかっている。

私は風祭さんのお母さんと知り合いだ。

その人の名は『風祭 風花』さん。

風花さんとは十年来の付き合いだ。


たぶん風祭さん……風雅さんはお母さんに言われて私にモノを拾わせたいんだと思う。

そんなことしても意味ないのにね。


「風祭さん、私にかまっても良いことないですよ。それに私、風祭さんの落とし物だったらほぼ百%当てる自信ありますから。」


私の言葉に風祭さんが見るからに落ち込んでいる。


「それじゃあ……俺はいつまでも……」


その日は落ち込んだまま風祭さんは帰っていった。

何だろう、別に私は悪いことをしていないはずなのにこの罪悪感。

拾うことだけならやっても良いんだけど、風祭さんが求めているのはそういうことではない。

私はこの件で一番相談にのってくれそうな人を訪ねることにした。




「いらっしゃい、久しぶりね〜。」


「お久しぶりです、風花さん。」


私は手っ取り早く風花さんを訪ねてみた。

ちなみに風祭さんは……って面倒だな、風雅さんでいいか。

風雅さんは今は家を出て一人暮らしをしている。


「ふふ、今日は一体どうしたのかしら?」


「えーっとですね。ああ、そうだ。まずはこれをどうぞ。」


私は手土産に持ってきた風花さんの好物を手渡した。


「あら、これってもしかして……」


「はい、久しぶりだったのでちょっと不安でしたが作ってみました。」


風花さんは旦那様は有名企業の経営者なうえに、ご本人はお医者様だったりする。

何なんでしょうね〜、このハイスペックなおウチ。

ちなみにあの残念なやり取りをしていた風雅さんは、これまた絵に描いたように某有名大学に在籍中であったりする。

そんな風花さんの味覚はちょっとおかしい。

いや、おかしいのはこの私のお菓子を何故か好物っていうところだけか。

しかも微妙に失敗作に分類される物体なんだけど……。


「ありがとう!とっても嬉しいわ。一ついただくわね。」


そう言うと風花さんは私の持ってきたクッキーを食べた。

このクッキー見た目は普通なんだけど、何故かいつもちょっと生焼けっぽくなる。

だけど何故かその微妙に失敗作を風花さんは気に入ってしまったのだ。


「ああ、やっぱり瑞樹ちゃんのクッキーは美味しいわ!このクッキーどこにも売ってないんですもの。」


そりゃあそうでしょうね。

こんな失敗作、普通は売りませんから。


「それは良かったです。……それでお話しなんですけど」


「うん?風雅のことでしょう?」


……お分かりでしたか。

まあ、なら話しは早い。


「はい。あの、もうそろそろわざとモノを落とすのをやめたらいいんじゃないかと。」


「ふう、あの子まだやっていたのね。……もうそろそろお付き合いでも始めてくれていると思っていたのに。何をグダグダしているのかしら。」


ちょっと理解不能な話しを風花さんがしている。


「あの、風雅さんは風花さんのようになりたいから私に落とし物を拾わせたいんじゃないんですか?」


昔、風花さんに出会ったきっかけも、もちろん落とし物だった。

風雅さんは風花さんを尊敬している。

そして、自分もそうなりたいと頑張っている。

風雅さんは私が落とし物を拾った人がすごい人になっているのを知っていた。

だから私はずっと風雅さんは私に落とし物を拾って欲しいのだと思っていたのだ。

正直、拾っても良いんだけどカンが働かない時に拾ったモノは何も起きない。

だから風雅さんの落とし物を拾っても何も起きずにガッカリさせてしまうと考えていたのだ。

でもそれって私の勝手な考えだったのかな。


「そう……瑞樹ちゃんはそう思ってて風雅のモノを拾わなかったのね。あのね、風雅はただあなたに拾って欲しいだけなのよ。えーっと、ただって言うのはちょっと違うかしら?でも、これを私が言うのは違うし……うーん、どうしましょう。」


どうしましょうはこっちのセリフなんですが。


「それじゃあ、風雅にちょっとアドバイスしておくわ。きっとまた瑞樹ちゃんの前に現れるだろうからよろしくね。」


語尾にハートマークが付きそうな感じで風花さんがそんなことを言っている。

まあ風花さんが何かアドバイスしてくれるなら、風雅さんも変わるかな?




……で、何でこうなった。

私の足元にはやたら自己主張の激しいハンカチが。

あれ?おかしいな、つい最近こんなことがあったような。


今回のハンカチはある意味真っ向勝負だった。

何たって真っ白いハンカチに大きく名前が書いてあるだけなんだもん。

もちろん名前は


『風祭 風雅』


私はそのハンカチをジッと見つめた後……そっと立ち去った。



「だから!何故拾わない?!」


こ、懲りていないだと。

風雅さんは私がハンカチを無視した後にすぐに現れた。


「よくもまあ同じ手できますね?」


「良いからとにかく一度拾おう!」


風花さん、アドバイスされたんですよね?

それでこれってことは、拾えば解決するのでしょうか。

もうしょうがないな、何も起きなくても怒らないでよ。

私はさっき無視をしたハンカチを拾い上げ、そして風雅さんに手渡した。


「はい、これ。ちゃんと拾ったんですからもう落とさないでくださいね。」


私が風雅さんにハンカチを渡すと風雅さんはハンカチごと私の手を握った。


「やっとだ……やっと……」


私の手を握りしめたままプルプル震えている。

ナニコレ?


「あ、あの風祭さん?だ、大丈夫ですか?」


なんか変な病気を発症したか?

下を向いていて顔が見えていなかったが、私の言葉に顔を上げた彼の顔は赤くなり少し泣きそうだった。


「橘 瑞樹さん、これで俺も『友達』になれますか?」


「え?」


「母が言っていました。あなたと知り合いに……友達になりたいのなら努力が必要だと。俺は今まで出来ることを、いやそれ以上に頑張ってきました。その度にモノを目の前で落として拾ってもらおうとしていましたが、上手くいかなくて。拾ってもらえれば友達になれると思っていたんです。だけど母からはそれは違うと言われて……。俺、きっと自分の力で大物になります!だから……だから友達になって下さい!」


……いろいろ間違っている。

拗らせすぎでしょう。

でも……そこまで私と友達になりたいって素直に思ってくれることは……嬉しく感じる。


「はあ〜〜、本当におバカさんだね。なら、もっと早く言ってよ。良いよ、友達になろう!いや、私の方こそ友達になって下さい。」



こうしてちょっと特殊なケースで友達になった風雅さん。

その後、彼は私に宣言した通り大物街道まっしぐらだ。

お父さんの会社に入ると思っていたが、ご兄弟が跡を継ぐとかで本人は官僚の道へと進んだ。

いわゆるエリート官僚の道へと突き進んでいるらしい。

聞いてもわからないけど、みんなが言うにはかなり凄いらしい。

そんな彼も忙しい中我が家にたまに出没する。


「相変わらず瑞樹さんの周りは凄いのがゴロゴロいるね。俺もこれじゃあまだまだだな。」


来る度にそんなことを言っている。

いや、君も十分凄いんだよ?




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