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25:「式神」  作者: 郡山リオ
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大切な人


 式神とは、召還者が使役する鬼神である。


 急に訪れる真っ白な世界の中に、幼いときに見上げた陽の光を思い出した。

 いつも隣にいて僕を育ててくれた祖父は、もう隣には居なかった。

 探し続けてきた人の温もりを、どこにも見いだせず、寂しさと痛みばかりを抱えてきた僕の手を、誰かが優しく包んでくれた。冷たく痛みを恐れ小さく震えていた僕の手を優しく包むその手は暖かく、そして、どこか心の中に埋もれた懐かしさを思い出させてくれた。日々の雑多な感情の起伏、その波にすぐかき消えてしまうような、このかすかな感情の名前を僕はまだ知らない。


 僕は、目を開ける。誰かの背中に揺らされ、ここはどこなのだろうと、記憶をたどり、思い出した。

「目が覚めましたか?」

 僕をおぶるその女性は、前を向いたまま歩いていた。街灯が灯る心もとない光の輪をゆっくりと通り過ぎ、夜の暗がりを歩いて行く。僕の手に重ねられたその手に、僕は急いで引っ込める。辺りを見回し、僕は訪ねた。

「あの女は……?」

「あの方は、妖に乗っ取られていただけでしたので……」

「あやかし?」

「妖。人を惑わせ道を踏み外させる不吉な物の怪のことです」

「女は、その……もしかして、……死んだの?」僕は、一番恐れていることを口に出した。

「いいえ」浴衣の女性は、はっきりと答える。

「乗っ取っていただけでしたので、妖だけを引き剥がし、討ち滅ぼしました。」

「じゃあ……」

「今頃は、木の根元でくしゃみをして起きているのではないでしょうか」

 私たちが噂をしているので、と彼女は付け加え、僕を見た。

 僕は、ほっとため息をつく。彼女は、そんな僕に微笑み、そして言った。

「あなたは、とてもお優しい方なのですね。」

 そして、前を向き言葉を続けた。

「私を呼んだ護符は、あなたの書いた護符ではありませんね」

 僕は、気まずくなって小さく、はい、と答えた。

「どこで手に入れたのですか?」

「僕の……じいちゃんがしまっていた護符を……」

 勝手に使いました、と、申し訳無さから僕は尻すぼみに声を小さくしてつぶやいていた。

「そのおじいさんが聞いたら悲しみますよ?」

 その言葉に僕は落ち込む。彼女は尚も言葉を続けた、おじいちゃんの所まで、あなたを送り届けます、と。

「おじいちゃんは、今どこに……」

 その言葉が最後まで言い切られる前に僕は言った。

「去年、……亡くなった。」

 前を向いていた彼女の言葉が揺れ、止まった。歩んでいた足が止まりかけ、一歩踏み出す。

「……そうですか。それは大変失礼な事を伺ってしまいました。」

 少し俯きがちな顔に髪がかかり、おぶられている僕から表情は見えなくなってしまった。

 それでも、彼女は立ち止まらずに進んだのだった。


 夏の夜中、風が涼しいと言え、蒸し暑かった。


 彼女には約束通り、自由な時間を過ごしてもらった。

 聞かれたおじいちゃんのお墓の場所を伝え、着いて行くと言った僕に彼女は大丈夫ですと笑った。私の用事ですから、と。

 いつも通りの日常を過ごす僕は、家に帰ると、電池が切れたように眠ってしまった。クーラーが効く自分の部屋で起き、何気なく見た窓の向こうに、浴衣の女性は立っていた。窓を開けた僕に黒髪をゆらし振り向く。

「お身体はいかがですか?」


「特に何もないけれど……」


「そうですか、それを聞けて私は安心しました」そして彼女は、そろそろ帰りますね、とも言った。


 僕は昨日の様子が気になった。「用って言うのは……?」

 思わず、自然に聞いていた。浴衣の女性は、少し考え、言った。


「会いたい人に、会ってきました」


 蝉の声が窓の向こうでは鳴り響く、白い浴衣が夏の陽の光を反射させていた。


 僕が言葉を見つけられないでいると、女性は微笑み口ずさんだ。「毎年毎年、花は咲き乱れ、木々は生い茂る。人の世の変わりやすいのに比べ、自然は変わらなくて——」一度言葉を途切らせ、女性は空を見上げた。


「——自然は何も変わらないからこそ、良いですね」


 その言葉の終わりと同時に、浴衣姿の女性は、夏の光の中へと溶けるように消えた。

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