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水滸伝獣魔戦記  作者: 神 小龍
外伝
27/42

神臂娘出陣(後編)

 二人は将軍府の一室に若者を案内し、そこで改めて部下の不作法ぶさほうを詫びた。

「……それにしても、あいつらはコーベの軍中でも荒くれの部類に入る。それを相手に一歩も引かんとは、貴君も徒者ただものとは思えん。是非素性を伺いたいが……」

 失礼な振る舞いには怒りをもって応じた若者も、この丁重な申し出には素直に答えた。

 若者はカーワンド=フルと名乗った。ヤパーナ西方の島ノインシュタートの西海岸の街ロンカップの出身で、腕に覚えのある事から県軍に在籍していたが、同僚と喧嘩けんかして故郷を出て来たのだと言う。

「それはまた、何が原因で?」

 若者――カーワンドは肩をすくめて苦笑する。

「それが、さっきと全く同じなんです」

 彼は、左の顳に星形のアザがあった。元々色白で線の細い彼は、侮られるのを嫌ってバンダナでアザを隠していたのだが、それを同僚に見付けられ嘲弄された事で、カッとなって相手を殴ってしまったそうである。

「そんな訳で、性急せっかちですぐに手が出ちまうもんだから、周りから“急進攻きゅうしんこう”なんてアダ名を付けられてます」

 そう言って照れ笑いする顔は、十七歳と言う年齢に相応ふさわしいものに見える。二人はこの若者を好ましく思った。

「それで、仕官の口を求めてコーベにやって来た、と言う事か」

「結局、おれにはそれしか取り柄がありませんから」

「貴君には如何なる才がありや?」

「剣には自信があります」

 彼はここぞと自分を売り込んだ。右手に長剣ロングソード、左手には盾剣シールドソード――丸盾ラウンドシールドに刃を取り付けた彼独自の得物――を持てば誰にも引けを取るものではない、と。

「あと、馬も操れます。魔法も初歩はかじりました。それに……」

「いや、もういい。貴君をここに連れて来たのは騒動の顛末てんまつを聴く為で、仕官の件は俺達に権限のある話ではない」

「はぁ……」

 カーワンドは気を挫かれたようだった。

 そこへカオスが助け船を出す。

「だが我々も、才ある者を一人でも多く欲している。貴君の事、機を見て上に話してみよう。もしかすると僥倖ぎょうこうがあるやも知れんから、暫くは近くに留まられるが良かろう」

 聞くや、カーワンドはぱっと顔を紅潮させた。

「ありがとうございます!」

「聞くべきは聞いた。今日は退がられよ」

「はっ!」

 既に士官になったかのように深々と一礼して、彼は部屋を出た。

 暫しの沈黙を置いて、ヤンが切り出す。

「いいのか? あんな希望を持たせる事を言って……」

「難しいとはオレも思う。だが、出来れば彼をオレ達の目の届く範囲に置いておきたい」

「それはやはり……あれが気になるのか」

「ああ」

 腕組みのまま、カオスは下を向いた。カーワンドの顳に浮かぶ星。それはカオスの、そしてヤンの胸にあるものと同じ図象ずぞうであった。それは……。

「ともかく、マリアに話をしてみよう」

「そうだな。興味を持ってくれるかも知れん」

 二人はマリアの自室に向かった。


 同じ頃、マリアは別の客人と対していた。

 彼女を訪ねて来たのは三人の若者だった。西奥のブレスモントで戦士隊長を務めるラスティーナ=ハリールト、と代表して一人が名乗った。

「ブレスモントのハリールト……もしや、ハリールト侯爵家こうしゃくけ所縁ゆかりの方でしょうか?」

 ハリールト侯爵家と言えば、約七百年前にヤパーナを事実上統治していたローランド王家に繋がる家柄で、西奥は勿論、ヤパーナでも有数の古い名家である。

「いずれは侯爵位を継ぐ身です」

 芝居がかった口調で若者――ラスティーナは答えた。端正にして優美な顔立ち、典雅てんがで且つ鷹揚おうよう仕草しぐさは侯爵家の血筋故のものか、生来親しむ帝王学の為せる賜物たまものか。

「なるほど。それで後のお二方も侯爵家の方ですの?」

「いえ、彼等は共にブレスモントの戦士隊長を務める友人です」

 そう言ってラスティーナは二人を紹介した。彼等はジャン=ガルフィード、シュラ=ガルフィードと言う双子の兄弟である。双子だけあって見事に瓜二つで、外見上の区別は頭にバンダナを巻いているか、鉄輪をかぶっているかでしか付けられそうもない。ただ、鉄輪の弟シュラの人懐ひとなつっこそうな穏和な表情に比べて、バンダナの兄ジャンは相に険がある。

「では、小官を訪ねて来られた御用件を伺いましょう」

 マリアは単刀直入に問い掛けた。ラスティーナは一瞬肩をそびやかすような仕草を見せたが、

「近く、コーベより大規模な行動が行われると推察しまして、我々もその手勢に加えて戴きたく、こうしてまかり越しました。何卒なにとぞよしなに」

 マリアは顔色一つ変えずに、しかし口に出してはこう言った。

「これは驚きました。何を元にしてその様に推察なさったのか、その辺りもお聴きしたいものですわ」

「さして難問ではありませんでしたよ。ウェストキャピタル辺りの動向を聴くに、次はこちらで動きがあるだろう、と結論はおのずから出て来ました」

 さらりと言ってのけるラスティーナであったが、表向きにはウェストキャピタル軍の五度に亘る討伐はいずれも「中止」或いは「撤退」であり、「敗北」とはされていない。侯爵家には独自の、それも極めて優秀な情報網があるらしい、とマリアは思った。

「コーベが動くとなれば、軍都の威信に懸けても相応の人物が選ばれるでしょう。その筆頭は神臂娘、貴女だと思いますが……如何いかがです?」

「小官を随分高く見て下さっているようですね」

「違うのですか?」

 マリアは直接の回答を避けた。

「仮に未来の侯爵様の仰有る通りであれば、今回の出兵は『軍都の威信に懸けても』我々コーベの勢で行われるものとなりましょう。折角のお申し出ではありますが、貴官のお出になる舞台はございますまい」

 するとラスティーナはかぶりを振って反論した。

「いえ、逆に我等が加わる事で、コーベは西奥の勢の指揮権をも有する事を明白に出来ます。更にハリールト侯爵家の跡継ぎが麾下に置かれるとなれば、コーベが関西で如何に重きをなしているかが内外に示せるでしょう」

 彼の指摘は、マリアも考えている所であった。敢えて関西の諸都市に招請を出し、強力な混成軍を統率する力量がコーベにはあると実証する方が、『軍都の威信』をより高らしめるのではないか、と。

「貴官の御高見は誠にごもっともです。しかし、小官の麾下に御参入戴くのであれば、一つ確かめなければならない事がございます」

「それは何です?」

「失礼を承知で申し上げます。貴官あなた方に我が麾下に入られるだけの力量がおありか、と言う事ですわ」

 ラスティーナは軽い苦笑を漏らした。

「なるほど、ご尤もです。では、何を示せばお認め戴けるのです?」

「文才については垣間かいまみさせて戴きましたので、武の腕前を御披露戴けますか」

「宜しいとも」

 そこへ、これまで一言も発しなかったジャンが口を挟んだ。

「そうだな、貴女がオレ達の上に立てる器かどうか、オレもじっくり見させて貰うよ」

 毒のとげを含んだ物言いに、言われたマリアよりも、ラスティーナとシュラの方がぎょっとした。

「兄さん……」

 シュラが兄をたしなめる。だがマリアは平然と、

「ええ、お見せしますわ。貴官のお眼鏡にかなうと宜しいのですが」

 彼女は三人を練武場へ案内した。

 この広い空間の一隅いちぐうを使って、腕試しの手合わせを行うのである。

 マリアは愛用の長剣“星尖剣スターセイバー”を手に、ほぐすように軽く体を動かしている。

 受けて立つのはラスティーナ。

「あと二人の腕も僕が保証します」

と言って代表となった。こちらの得物は刺突剣レイピアである。

「準備は宜しいですか」

「いつでも」

 互いの剣を合わせる。

 離れて身構えたところで、闘いは開始された。

 マリアが一歩踏み出し、剣を横にぐ。

 軽く退がって躱したラスティーナは、その隙に乗じて彼女の懐に飛び込んだ。

 鋭い突きが彼女の身体を間一髪でかすめる。

 更に二度、三度。体勢を立て直すいとまを与えずに、ラスティーナは矢継やつばやに攻め立てる。

 その早さに驚嘆しながら、マリアには心に掛かる事があった。彼等と対面した時から感じていたのだが、ここに来て急に気になりだしたのだ。

 ラスティーナの上段突きをマリアは剣で弾いた。

 同時に身をり出し、相手の剣を押し返す。

 この動きは攻勢に出ていたラスティーナの虚を突いた。間合いを開ける事も出来ず、つばいの体勢に持ち込まれる。

 二本の剣を間に置いて、両者は一歩も退かない。

 その時、マリアがごく小さな声で囁いた。

「ジャン=ガルフィード、彼はあまり乗り気ではないようね。何故連れて来たの?」

 押し合いの最中である。必死の形相は僅かにもゆるまないが、ラスティーナも彼女にだけ聞こえるように答える。

「コーベの神臂娘は神のうでだけでなく、神の眼も持っておられるようですね」

 美辞びじにもマリアは無反応である。ラスティーナは続けた。

「あいつに、何らかの目的を持たせてやりたかったんですよ」

「目的?」

「えぇ。あいつ、恋人を怪物モンスターに殺されてからすっかりすさんでしまっていたから……」

 ガルフィード家は、双剣を用いる剣術の流派「風裂二剣流ふうれつにけんりゅう」を代々伝える家系である。ジャンもシュラも当然のように剣一筋の幼少期を送っていた。そんな中、ジャンはエルフの魔法使い(マジックユーザー)フィオナと出会い、やがて恋に落ちる。彼は剣のみでなく、剣と魔法とを組み合わせる事でより優れた技を編み出せると考え、彼女の協力を得て密かに鍛錬を続けた。しかしフィオナは、彼の住む集落を襲った食人鬼オーガによって惨殺されてしまう。ジャンは怒りと悲しみに狂い、二人で作り上げた“剣と魔法の融合技”で仇を討った。だがこれを聞いた彼の父は、「風裂二剣流」にあらざる剣を使った彼を許さず、破門、そして勘当した。ジャンは全てを失ったのだった。

「あの頃のあいつは本当にうつろな、生きているのか死んでいるのか判らないような状態だった……」

 為す事もなく唯在るのみ、暫くはそんな存在だった彼が或る時、旅をしていたフィオナと同じエルフの魔法使いが危難に遭うのを見て、敢然と立ち上がりこれを援けたと言うのだ。これを聞いてラスティーナは思った。

「あいつの心は――内に秘めた正義感は死んじゃいない。だから、ここに連れて来たんです」

 籍こそブレスモントの戦士隊にあるものの、ジャンの戦士としての名声は未だ回復し得ない。新天地で一からやり直す方が良いとラスティーナは考えたのだ。

「そして、シュラは兄の勘当をいて貰うまで、家を出てあいつに付いて行くそうです」

 兄思いのシュラは利発で機転も利く性質たちで、正面切って父に反発はしなかった。自分に与えられた家伝の名剣二振りのうち一つをジャンに渡して、自分一人で家に戻る事はない、と無言のうちに宣言して見せたのである。

 ……激しい斬りと突きが無数に交錯する中、話を聞き終えたマリアは、それでも無言だった。

 ただ剣撃の音のみが、乾いた響きを繰り返す。

 その音がふっと止んだ。

 距離を開けて、マリアは剣を持つ右手を下ろした。

 これを合図にラスティーナも刺突剣を収める。

「お見立ては如何でしょう?」

「十分ですわ」

 微笑をもって、マリアはラスティーナの腕を賞した。その笑顔を今度はジャンの方に向ける。

「私の方は合格ですか?」

 ジャンは両の手を挙げて首を左右に小さく振った。

「十分だ。指揮下に入りましょう」

「では、貴官方三名を私の指揮下に置くよう、ブレスモントに正式に要請しますわ」

「ハッ!」

 マリアと三名は互いに敬礼を交わした。


 ラスティーナ達を帰した直後、マリアはヤンとカオスの訪問を受けた。用件は勿論カーワンドの件である。

「……そう、星のアザが……」

 彼女は一瞬だけ視線を右肩――自らにも宿る運命の証の場所――に目を遣ったが、すぐに二人に向き直って言う。

「その彼は、ロンカップの戦士隊を辞めたのかしら?」

「本人はそう言っている。確認はしていないが……」

「すぐにロンカップに問い合わせて。向こうに籍がないのなら、こちらで仕官させても問題はないわ。私の麾下に加えます」

「籍が残っていたらどうするんだ?」

 マリアは笑って、ブレスモントの三戦士の事を語り、彼等と同じく正式に出向の要請をすればいい、と答えた。

「なるほど、遣り様はあるもんだなぁ」

 カオスは感心したように呟いたが、ヤンは

「しかし、司令官は他都市の武官の起用に納得するかな……」

と懐疑的な指摘をする。しかしマリアは、

「その辺りは、納得させる自信があるわ」

 本当に自信に満ちた表情で、請け負ったのである。


 ブレスモントは即時に「三戦士の派遣了承」の返答を送ってきた。ハリールト侯爵家の意向が強く働いている事は容易に想像出来た。

 ロンカップでは、カーワンド=フルの軍籍は抹消されていなかった。そこで彼の出向を求めると、籍はあっても、居場所もなければ帰って来るかどうかも不明な彼の扱いをロンカップでも苦慮していたらしく、一も二もなく快諾された。

 マリアより提出された編成表に目を通した時、クライゼル司令官は案の定、軽い渋面じゅうめんを浮かべた。

「我が軍の将士のみでは、力不足かね」

 やや皮肉混じりに司令官は評したが、マリアは自身の見解を彼に開陳かいちんし、その承認――限りなく黙認に近かったが――を取り付けたのであった。


 出陣まで数日となった或る日。

 前祝いと称して、マリアはヤン、カオスと宴席を共にした。

「いよいよね」

 杯をかかげ、マリアは二人に言った。

 二人は無言で頷き、彼女にならって杯を挙げる。

「シリウス=プラトニーナ……どれ程の男か、お手並み拝見と行こうか」

 豪快に笑うカオス。

「あの男、確か士官学校で俺達の一期下だったが……憶えているか、マリア?」

 ヤンはかつての同期生に尋ねた。

「名前ぐらいは、ね。でもあの頃は、首席のコーエンの方が評価が高かったと思うわ」

「結局、コーエンは試験秀才に過ぎなかった事を自分で証明してしまったがな」

 マリアの眼に厳しい光が走る。

「逆に言えば、彼は伊達だてで白狼将なんて名乗ってる訳ではないわね。舐めては掛かれないわ」

 もう一度二人は頷いた。

 無言の三人の間を、杯だけが巡っている。

 ややあって、カオスがぽつりと呟いた。

「……こんな大きな話になるなら、アイツも呼びたかったな」

 誰を指しての言葉であるか、マリアもヤンも即座に理解した。

「そいつは無理だぜ、カオス。第一、アイツは軍属じゃない」

「解ってる。ただ、相手が難敵だと、またアイツと共に戦ってみたくなってな」

「そうね、その気持ちは解るわ」

 マリアがふっと過去を懐かしむような表情を見せた。つられて、ヤンもカオスも過ぎし昔に思いを馳せてみる。

「……でも、あの風来坊を捕まえるのは至難の業よ」

「言えてるな。何せアダ名からして“天翔龍てんしょうりゅう”だからな」

「今頃は、どこで何をしているのやら……」

 ……この夜、マリアは弟アイジェルと親友カーナに宛てて手紙を書いた。大きな出兵がある、凱旋の後にまた会えれば、と……。


 数日後、彼等は数千の兵と共にコーベを発った。

 難敵の白狼将、戦友である天翔龍、そして更なる強者――北の女豹と干戈を交える事となる、長い征旅の始まりであった。

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