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生 存 欲 求  作者:
1/1

第1話 「人間らしさ」

今は失き隣にいる一番の良き友人へ。

誠にすまない事をした。

これからも隣にいてくれれば嬉しいけれど。


さぁ、二人の悩みを解決しよう。

どっちなのか確かめようじゃないか。


今は失き隣にいる一番の良き友人と共に。

もしも学校を、例えばテロリストなどの、学校にとって脅威となる存在が占拠したら。その時真っ先に動ける奴は誰か。


クラスの人気者でもない。

筋肉自慢の体育教師でもない。

暇あればそういう状況を脳内でシュミレートして無双を夢見る奴でも無い。


“生” に対し最も忠実に貪欲な奴だ。


#####


「えー、放送で指示が出されてから、生徒全員がこの場所に集まるまで、かなりの時間を要しました。これは皆さんが思っているより危険で_______ 」


その日は避難訓練があり、生徒も教師も一人残らず体育館に召集されていた。

ただでさえ茹だるような猛暑で怠い今日(こんにち)に、エネルギーの有り余った子供を密集させ、その上 校長の抑揚の無い長話を浴びせるという苦行に、生徒は勿論の事 教師も気が滅入っていた。


全員が全員 気が緩んでいた。

そうでなくても きっと、咄嗟に最善の策を判断し講じる余裕は無かったろうに、状況は更に悪化していたというわけだ。


事は避難訓練の最中、二時限目、十時二十四分に起こった。


「____自分の命は自分しか守れない。ですからばひゅッ」


甲高い奇声の後、まず最初に、校長の首が飛んだ。丸い頭は四方八方を向きながら、誰もが無言で目を見開く中、血飛沫を撒き散らし、高く宙を舞い、後方に体育座りをしていた女子生徒の太股と胸の間に落ちる。

白目がぐりんと自分の方を向き、純白のセーラー服が赤に染まっていくのを、彼女はどんな気分で眺めていたのだろうか。


「っぃやぁぁあああぁぁあああ!!!」


俺の隣に座っていたその女子の悲鳴が、合図だったかのように。


首無し胴体の転がる壇上に、黒い “影” が落ちた。役者は観客の視線と舞台を独り占め。丸太を数十本束ねたが如き腕の様なものを大きく横に薙ぎ、観客の半分の頭をいっぺんに吹き飛ばした。

体育館を横断する腕が、握り潰され臓器の零れる人体を、口らしき場所に放り込む。


悲鳴が血と共に散り、生き延びた半分も次々に殺されて行く。

俺の肺はすっかり縮こまり、過呼吸気味で 悲鳴は出ない。股が暖かい液体でじわりと染みるのも気にならず、よろよろ立ち上がって、逃げた。


転がる目玉を蹴飛ばし走り、踏み潰した腸に滑って転ぶ。打ち付けた腹にへばりついた脳味噌。手で払う事も出来ずに、その場で吐き戻す。


今、体育館の端にいる俺は、未だ壇上から手を伸ばす黒い “影” の餌食の範囲からは逃れられている。

だが束の間の安全も、もうすぐ終わりを告げるだろう。


“影” は美味を知ったとばかりに、その楽しみをすぐ終わらせない為か、ゆっくりゆっくり、食っていく。教師が死ぬ。仲間が食われる。

目も耳も鼻もあるかどうか分からない “影” だが、じきに餌が無くなった事には気付くはずだ。そして最後には、俺の場に来るだろう。

臓腑の海と化した地獄の箱の中で、思考停止した俺は、ただじっと座って、仲間が殺されるのを眺めていた。


「……これで死ぬのか?」


阿鼻叫喚の中に、震えた声が混じる。

何が何だかさっぱり分からない、その内に終わるのか、俺の十六年間積み上げた人生。

そう思った途端に無性に泣けて来た。仲間が死んでも泣かなかったくせに、と、心の隅で俺が言う。


人間、死ぬ寸前に本性が出るというのは、本当だったわけだ。死ぬ寸前の俺が言うんだから、間違いない。

嗚呼、なんて恥ずかしい終わり方。自分の醜さを再確認して、自己嫌悪に陥りながら終わる命なんて。


懸命に息をする。理不尽な死に方をする前に、今生きてるぞと、心臓に酸素を送り込む。


…いや、果たして俺は生きているのだろうか。


これまで充実した日々など送った事が無い。ただただ無意味に日々を過ごして、告白して来たからという理由で好きでも無い女子を彼女に迎えた。

振り返ってみれば、俺がいなくて困る事象は、今までに数を数えるほども無かった気がする。果たしてそれは、生きていた事になるのだろうか。俺がいなくても困らないなら、死んでいるのと変わらないんじゃないか。



「…………………生きたい。」


死んだまま死んでたまるか。


「…生きたい。死ねるか……」


神様、いるなら聞いてくれよ。俺はこれから生きてやる。今逃げ切れたなら、死んだままで終わらないなら、これから生きますから。


助けて下さい。


「生きたい!!いぎたい!!生きたい生きたい生きたい!!死にたくねェよ!!」


嗚呼、“影” が動く。遂に壇上から役者は降りて、劇は終盤を迎える。サービス精神旺盛なその役者は、残り少ない観客に手を差し伸べて_______食らい。

遠くでその様子を眺める、一人の観客は足掻いた。無駄と知っていながら足掻いた。汚く醜悪に足掻いた。泣き笑い号泣し爆笑して足掻いた。


そしてそれに、意味が訪れた。


「い"っ!?」


唐突に首根っこを引っ張られ、気付けば俺は、先程まで寄り掛かっていた裏方への扉の向こう側、つまり裏方にいた。


明るい場所から一転、明かりの無い暗い部屋へ。徐々に瞳が大きくなり、目はより多くの光を集め、俺は俺を “救った” と思しき奴の姿を認める。


俺と同じ制服を着たそいつは、小窓から舞台を降りた影を見つめているようだった。闇に溶ける長めの黒髪がふっと揺れ、白い肌がこちらを向く。冷たいとも暖かいとも言えない黒目が、無様に地べたに尻を付けた俺を見た。


「怪我は?」


ネクタイの赤色から判別するに、同学年の男子だろう。背丈や肩幅、そしてこの、男にしてはほんの少しだけ高い声には聞き覚えがあった。


同じクラスの文瓜(ふみうり) 璃古(りこ)


「お、お前、りこたん?」

「……その呼び方 止めろって、いったい何回 言ったら分かるってくれるのかな?」


咄嗟に口をついたのは、クラスで彼をからかう時に使うあだ名だった。名前が女子っぽいからという単純な理由してこうなったのだが、本人はこれを聞くと頬を引きつらせ静かに怒る。

現に今も、声色は怒りに満ちていて、どうと判別のつかなかった瞳も冷たい。


「わ、悪い、驚いて。文瓜、生きてたのか……?」

「君もね。今、死なずにここに居る。わざわざリスクを冒してまで助けてあげんだから、感謝して。」


小窓に視線を戻した彼にそう言われて、遅まきながら気付いた。思わず右手を左胸に当てる。

通常よりかなり速いが、確かに掌に伝わる鼓動。


死んでいない。今、ここに居る。

あの化け物から逃れて、ここに。


「なに、お前、りこたんって言われてんの?」


笑いを堪えきれないと言った風な声が、背後から聞こえた。

バッとそちらを向くと、ひよひよと跳ねた茶髪を持った男が居る。目元に涙を浮かべて腹を抱えるそいつのネクタイも、俺と同じ赤色。明るい色の瞳が俺を捉える。


「あ、どーも初めまして。隣のクラスの灯口(ひぐち) (あかり)ってもんです。璃古のお仲間ってやつ。よろ〜。」

「え、あぁ、うん…よろ。」

「にしても、まじで璃古のやつ、りこたんって言われてんの?」

「あ、あぁ、うん…からかう時に。」

「ちょっと煩い。君ら黙ってくれないかな?大きい声出しても “あいつ” には気付かれないけど、目立たないに越したことはないよ。」


怒りと呆れが入り混じる声の紡ぐ言葉に、俺は愕然とした。


「は!?あ、あいつって、文瓜、“影” のこと、知ってんのか…!?」


こちらを向いた吊った目が細まり、柳眉な眉が訝しげに顰められる。


「…影?あの人喰いの化け物の事?……まぁ、影に見えなくもないか。知ってるってほどじゃない。さっき実験したんだ。」

「実験!?アレ相手に!?」

「そんなに驚くなよ、別に大仰な事はやってないんだから。裏方の梯子から上のギャラリーをつたって壇上の真上まで行って、“あいつ” … “影” のすぐ横に、照明を落としただけ。結構派手な音がたったんだけど、特に反応しなかったから。」


開いた口が塞がらない、とは少し意味が違うが、俺は同じ様な状況に陥っていた。


どんな命知らずなら、あの化け物相手に、そんな事を思いつくだろうか?

あの惨状をどうにか潜り抜け、やっとこさ “影” の目の届かない所まで逃げれたのなら、普通はその場で縮こまって、動く事は出来ない。

それをこいつは、もしくはその仲間が、あるいは二人で、やり遂げたと。


「ほ、他には…?」

「どうやら目も見えていない…というか、目があるかどうかも分からないけど、とにかく視界に頼って獲物を見繕ってるわけでもないらしい。壇上の真反対のギャラリーからLEDの照明を当ててみたけど、反応なし。匂いについては、断定出来ないけど、多分 感じていないと思う。転がってた死体を漁って手に入れた香水の瓶を、“影” のすぐそばに落として割ったけど、反応はなかった。」

「じゃ、じゃあどうやって…」

「さぁ?人にだけ反応するみたいだけどね。ウサギ小屋にいた兎は、口の中に放り込んでみたけど、しばらくして吐き出していた。」


絶句する。死体を漁った?兎を放り込んだ?どういう神経だったら、この非常時にそこまで冷静に対処できる?


「お、お前、人間か…?」

「生物学上はそうだと思うけど。君がそう思わないなら、その 僕からすれば間違っていると思える感性を信じてみれば?」


小窓から一切目を離さず言い放つ。

冷徹…と言うよりかは冷淡か?同じ教室で学校生活を送っていた時から変わった奴だとは思っていたけれど、ここまでだとは予想していなかった。


発する言葉が見つからず、口を開けては閉めを繰り返す。

すると唐突に、聞き覚えのある「助けて」という声が、俺の鼓膜を揺さぶった。


弓野(ゆみの) 沙月(さつき)。美人で運動ができ、頭脳も群を抜いて良い、皆んなから好かれ人気者の、俺の彼女。

近いところに彼女はいる。きっと俺が寄りかかっていたところの、すぐ側だ。


「文瓜!頼む、沙月を助けてやってくれ!」

「沙月…?あぁ、今 小窓の真下にいる女子か。同じクラスだったね、確か。」

「そうだよ、俺の彼女なんだ!お前なら助けられるだろ!?頼むよ!!」


事は一刻を争うというのに、文瓜は顎に手を当て検討し始めた。


「走りが速い、容姿の良さも相まって人身掌握に長ける、万が一の時に臨機応変に行動可能……凄いハイスペックだよね。まぁ、悪くないと思う。」

「早く!!死んじまう!!」

「でもまぁ、要らないかな。」


信じられない事に、彼は、ファミレスで迷っていたメニューを決めるのと同じくらい簡単に、人の命を切り捨てた。


「い、要らないって…」

「あれ、意味分からなかった?彼女は僕にとって必要ないから、助けないって事。」

「そんなに簡単に要る要らないを決められてたまるかよ!お前の判断で人一人が死ぬんだぞ!なのに」

「あのさぁ。」


俺の声に被せるように放たれた、文瓜の声が怒気を孕む。からかった時とは違う、本当に苛ついている声。


「まだそんな甘っちょろい事言っているわけ?君の事は、そういう、馬鹿みたいに助ける助ける言わない奴だと思ったし、役に立つと考えたから助けたまでなんだ。それとも何か?君はこの後に及んでまだ “猫を被り続ける” つもりなのか?」


その言葉は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を俺に与えた。

猫を被り続ける?何だ、それ。救えるはずの命を救うのは、人として当たり前の事じゃないのか?

_______いや。


「…違う………のか?」


彼は面白そうに にやり と笑った。先程までの人間離れした言動とは違い、ごく普通の男子高校生らしい笑みだった。


「君がそう思うなら、その 僕からすれば正しいと思える感性を信じてみれば?」


鳥肌が立つ。恐怖からでは無い。これは、この感覚は、きっと______歓喜だ。


自分の考えに首を振る。これ以上、俺を最低な奴にさせないで欲しかった。


「……役に、立つって、何の?」


今は会話を続けよう。そうでもしないと、やっていけない気がする。

幾分か表情の和らいだ文瓜は、依然微笑みをたたえたまま答えてくれた。


「反対側の窓は道路に面してるだろ?そこから見るに、外は至って平和でいつも通りだ。これだけの時間が経過しても外がこの様子じゃあ、ここの騒ぎは何故か誰にも気付かれていない可能性が高い。加えて僕達は集会があったせいで携帯電話を持っていない。となると、警察なんかの応援も望めない。あの “影” は最悪の場合 餌が無くなったと気付いた時には体育館を滅茶苦茶に破壊して出て行くかもしれないし、ここは早急に立ち去った方がいい。そして、逃げる時やその後に役に立つ人材を、僕は助ける。」


成る程。生き延びる為に最善の行動、その考えに至るまでの理由も完璧。だが、納得はいくが、感心はしない。完璧なまでの利己主義だ。

それが悪いというわけでは無いが、その為なら人命を切って捨てるというその心構えが気に入らない。

だがしかし、文瓜か命の恩人であるという事も、また事実なのだ。

ここは大人しく話を聞いておこう。


「何となく分かったよ。けど立ち去るって、どこに逃げるんだよ。コンビニで警察でも呼ぶのが先じゃ…」

「あー、うん、そこまで。色々事情があるし、話し始めると長くなるから、後で説明するよ。疑問点は幾つも残っているけど、とにかく当座はこの方針で行くつもりだから。」


ふと小窓に目をやった文瓜は、少し目を見開き、その目をすぐに細めた。不機嫌そうな面持ちだ。


「あぁ、もう人がほとんどいない。反射神経のいい運動部くらいだ。灯、(なつ)を起こして。」

「うっす、りょかい。」


背後で大人しく外を眺めていたらしき灯口は、びしっと敬礼をすると、段ボールの積み上げられた塔のその裏に回った。

俺の視界からは見えなかったが、そこにはマットが敷かれていて、上に寝こける人物が居たようだ。


「おーい、なつぅー。おきろぉー。」

「………ん〜……なに…」

「起きろって。ほら、仕事仕事。」


ぺちぺちと頬を叩かれ、のそりと起き上がった拍子に胸元からずり落ちたのは、真っ赤なリボン。

眉上でばっさりと無造作に切られた前髪と、いかにも適当に結んだらしい耳後ろの二つ結びが、本人の性格を物語る。


「おはよ、灯。」

「うん、おはよ〜。あのね、璃古が起きろって。」

「寝てたいのに?」

「うん、寝てたいのに。」

「うーえー……」


話をきちんと聞いているのかも分からない、眠気に半開きの(まなこ)はふらふらとそこらを漂い、やがて俺の元へ。


「…あ。ふりょーがいる。」

「……え?なに、俺?不良?」

「そう。金髪、すっごい。何でいるの?あ、廿六木(とどろき) (なつ)です。宜しくお願いします?」

「あ、はい、宜しくお願いします。あの、文瓜に助けてもらって…」


捉えどころのない、地に足ついていないというのが、廿六木に対する第一印象だった。


「へー、意外。助けそうに無いタイプなのに。ねぇ璃古どうして?」

「金髪だけど不良じゃないよ。むしろそんじょそこらとは “違う” 感じ。」

「おぉぉ、凄い!璃古が褒めてる!」

「うん、寝起きで悪いけどって言おうと思ってたけど、そのテンションなら言う必要ないね。仕事お願い。」

「あー!おっけーでーす!」


途端にやる気に満ちた面持ちになり、瞳はカッと見開かれ、小柄な体躯はすっと立ち上がる。


「体育館から出て職員室に行く。そこで探し物をしているはずの東雲(しののめ)先生に、体育館の惨状を見せつけてから、駐車場まで連れてくる。その時、車のキーは所持させておくこと。わざわざ取りに戻るのも面倒だからね。これを八分以内に済ませて。」

「説得の手段は?」

「問わない。運転できる状態なら多少の暴力も可。分かった?出来る?」

「わかった!出来る!」

「じゃあ、行ってらっしゃい。」

「いってきます!」


廿六木は素早く梯子を登り、扉を開いてギャラリーへ走って行ってしまった。


この場所から、迫り来る “影” の腕を避け続けながら職員室まで向かい、駐車場まで行くのには、ざっと計算しても五分はかかる。体育館を見せてから、自分らに逃亡の協力をする様に説得する時間は、最大でも三分しかとれない。


「…すげぇむちゃくちゃな命令じゃないか?」

「大丈夫だよ。さて、その内に僕らは外側に続く窓から出て、駐車場に行こう。」

「おう。」


随分と淡白な奴らだった。失敗しても切り捨てればいいと軽く考えているのか、もしくはそれだけ信頼度が高いのか。


こそこそと素早く音を立てずに窓をくぐって外へ出る最中は、さながら強盗の気分だった。滅多に味わえるものではないと、『ポジティブに考える』という名の『思考放棄』へはしる。


至って静かな、中庭を通り、駐車場へ。道中で、砂利を踏む音と共に続く会話。


「…なぁ、文瓜。」

「何。」

「灯口と廿六木も、お前が助けたのか?」

「そうだね。」

「そこには、“仲間” 以外の意味があったんだよな?」

「勿論。」


役に立つから、そういう意味が。

文瓜という人間が、分かってきたような気がした。


今やほとんどが主なき車達が俺らを迎える。ワイン色のワンボックスカーの横には、ガタガタと震える我らが担任 東雲教諭と、その右腕をがっちりと押さえつけ、満面の笑みで手を振る廿六木の姿があった。


どんっという鈍い音が聞こえて、三人で反射的に発信源の方を向く。

今まさに通り過ぎようとしていた、体育館のはめ殺しの窓のすぐ向こうには、沙月が血涙を流し俺に何かを訴えていた。

読唇術など学んだ覚えは無いが、こういう時だけは、唇の動きで言いたいことが分かるというものだ。


助けてよ。私達恋人同士でしょ。


「うわぁ、腹にでっかい風穴あいてんじゃん。なんで生きてるか不思議なくらいの傷だよ、アレ。」


不謹慎に口笛を吹く灯口。


「どうするの。また “猫を被る” ?」


にやにやと俺を試す文瓜。


嗚呼、そうだ。

不良っぽく髪を染めても、いかにクラスで言動を変えて馬鹿な振りをしても、俺の根元は何ら変わらない。よく『嘘も騙し通せれば本当になる』と聞くけれど、そんなもの、分かる人間には簡単にバレてしまうのだ。現に俺は、性格まで馬鹿になる直前まで騙し通せていたのに、ここであっさりと露見してしまった。


見抜かれたのなら、遠慮はいらない。素のままの俺で、生きていこう。


神様、約束しましたっけな。逃げ切れたなら、死んだままで終わらないなら、これから生きますからって。


生きるよ、これから。何かを成すよ。俺でなければならない事を、してみせる。


俺は文瓜に、微笑みを湛えてみせた。


「あんなやつ、知らねぇよ?」


自分の凄惨な姿を認めた後に目を逸らされ、あまつさえ笑った彼氏の事を、彼女が今際の際にどう思ったかは、神のみぞ知る だ。


「はーぁ。」


堪え切れずに、笑いを含んだ特大の溜息を吐く。

今日は散々だった。猛暑の中で避難訓練をしていただけなのに、一体どうしたら、こんなに制服が臓器塗れになって、教師を脅して車を出させるハメになるんだ?


「まぁ、なんか楽しいし。いっか。」


自分の得の為なら同種の仲間でも生贄に差し出すのが “人間とは思えない化け物の行動” で、最も人間らしい欲求が “生存欲求” だと仮定して。


とても人間とは思えない、或いは最も人間らしい人間の集団に、風束(ふたば) 真月(まつき)は加わった。

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