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夜の街と襲撃者


 カーラに紹介された三店舗を巡ると、すっかり日が暮れてしまった。

「結論から言えば、どれも美味だったわ。人生観が変わるほどに」

「そうですね」

 反応するのがやっと、というララは、リーゼロッテに付き合わされて、合計でカボチャプディングを十個食べた。ちなみにリーゼロッテは十五個食べている。だからそんなにだらしない……とは言えずに、ララはお腹を押さえた。

 ちょっと気を抜くと鼻から黄色いプディングが出てきそうだ。

「あら、ララ、だらしないわね」

 だらしない体型のアンタに言われたくない、と思いながらもララは歯と鼻を食いしばってゆっくり歩き出した。


 オレンジ色の街灯が街を染める。ところどころの街灯が青いのは一体何故だろうか、と一瞬思ったけれど、満腹中枢が警鐘を鳴らしている現在、余計なことに神経を回す余裕はララにはなかった。

 逆にリーゼロッテの方はまだ余裕があるようで、

「ララ、あなた、あのレックスが気になってるわよね?」

 などと訊いてくる。

「え、ええ、まあ、姫……お嬢様も気になってはいるのではありませんか?」

「彼はポッチャリだから、私のようなポッチャリが好みに決まっているわ」

「本人の体型と好みの体型に関連性は薄いような気がするのですが?」

「あるわ! お父上も母上も、ふくよかな体型よ?」

 それは単にその二人が太ってるだけじゃないのか。妙に狭い範囲のサンプルを持ち出しての理論武装は、大抵の場合、間違った方向へ誘導しようとしている。


 持論を通そうとするリーゼロッテから視線を逸らし、通りの先を見ると、黄色く光る看板が見えた。ちょうど十字路のところで、青い街灯の光と混ざって、そこだけが華やかな異世界に見えた。

「と、ーます。トーマス。トーマス商店。あれがそうなんですか」

「あの黄色いの……どうして光っているの? 魔法なの?」

「わかりません」

 少なくとも、あんなにピカピカ光って、夜に目立つ看板なんて見たことない、なんて不思議な街なんだ、とララは震えた。

「レックスはあそこで働いているのよね? ちょっと様子を見てみない?」

 リーゼロッテはイタズラっ子のように笑って、無警戒にスタスタと歩き出した。

「お嬢様!」

 仕方なく、ララはリーゼロッテの後を追いつつも、あのレックスが働いている姿を見てみたい、という欲求に満たされていた。



* * *



「このお店、こんなにガラスが使われているのね……」

「ええ……」

 トーマス商店の建物に近づくと、リーゼロッテが驚嘆したように呟き、ララも激しく同意した。

 曇りガラスとはいえ、こうも店内が丸見えの建築物は見たことがない。周囲の建築物は帝国と変わり映えしないから、本当にこの建物だけが異質なのだ。


「中に誰かいるわ。丸いし、あれがレックスに違いないわ」

 トーマス商店の看板は、二人が到着するころには店終いなのか輝きを止めて、遠目に見える店内の灯りは奥だけが残され、光っていた。

 奥の方に、ピョコピョコと、小さい影が動くのが見えた。

 リーゼロッテの言うとおり、あれがレックスだろう、とララも頷いた。

「こんなに遅くまで働かされて……」

 グリテン王国も子供が貴重な労働力になっているのだな、と帝国と変わらない状況に、リーゼロッテもララも少し安心した。グリテン島上陸後から、かなり非常識なものばかり見せられていたので、帝国と似たものを見つけると、妙に安心してしまうのだ。

「お嬢様、宿に戻りましょうか」

 曇りガラス越しに小さな影を見続けていてもしょうがない。

「そうね」

 夜風は体によろしくない。いかにポッチャリしたリーゼロッテとはいえ……などと失礼なことを考えつつ、ララは宿への道を先導しだした。


 ギンザ通りはポートマットでいう南北通りから一本入って、南北通りと平行に走る道でもある。

 トーマス商店のあるロータリーから南の方へ少し下り、そこから右手、西の方に一本路地を入れば、もうギンザ通りだ。

「この辺りは古い商店街ね」

「そうですね」

 木造、石造り、煉瓦造り。グリテンの建物は割と節操が無く、様々な素材で造られている。もう少し町並みを美しくしよう、などとは考えないのだろうか。考えないのであれば、歴史と文化を重んじない、やはり蛮人なのだな、と鼻を鳴らす。


 細い路地に入ったところで、向こうからも人がやってくるのが見えた。通りの幅は狭いけれども、すれ違いで体を横にしなければならないほどではない。

「ん?」

 向こうからやってくる人物の違和感に、先に気付いたのはララだった。

「どうしたの――――」

「下がって下さい」

 ララは西からやってくる人物に対して盾になるように、リーゼロッテを庇うように位置取る。

「!? 顔が……?」

 リーゼロッテも、その人物が近づいてきて、やっと違和感に気付いた。小柄に見えるその人物は全体がモヤモヤとしていて、特に顔がハッキリせずにぼやけて見えた。いや、()()()()()()()もあるが、見えていないのだ。

 背丈はそれほど大きくはないようだが、全体がモヤモヤしているせいで、本当にそうなのかどうか……。

 とにかく。

 これは危険人物に違いない。

 何故なら、その見えている部分は、裾の短い女性用の下着だったから―――――。


「パンツ?」

 何だ、どうして、女性用の、下着を、頭に、被って、いるんだ?


 一瞬の思考停止の後、ララは細剣が左腰にあるのを確認して、その上でどうするか、また迷った。


① 踵を返して大通りに逃げる

② 前進して襲撃者を撃退する


 そうだ、ポートマットは治安がいい、って聞いていたのに。リーゼロッテが帝国の姫だとバレていての襲撃? 何のために? そんなの決まってる、帝国の姫であるリーゼロッテを拉致するためじゃないか。いや、待てよ、この食べる以外には気力と体力を使わないような人畜無害な姫を? こんな姫を襲ったところで何の得がある? いやいやいや! このパンツを被った男……男に違いない! は性的変質者だ! じゃあ何か、女なら誰でもいいっていうのか? ポッチャリ姫と筋張った女騎士であっても?


 ララは目に見えて迷った。

「何者だ!」

 だから、大声を出し、パンツ男の反応を待った。

「ナニモノデモナ・イ」

「なにっ!」

 パンツ男の声は何か魔力的に変換されて、声質がはっきりわからない。五十代の壮年にも、十代の少年にも聞こえた。いや、男なのかもわからない声だ。

「オマエ・ノ」

「くっ……」

 パンツ男がゆっくり近づいてくる。身の危険を感じる。産まれてこのかた、どんな()()でも感じたことのない重圧が、濃密な気配となってララにのし掛かる。

「パンツ・ヲ」

 ララは細剣を抜こうとしたが、狭い路地だということに気づき、自らの迂闊さに歯噛みし、後退せざるを得なかった。


「イタダ・ク」


 ヒュウ、と動きを早めたパンツ男は、素早くララの背後に回ろうとした。狭い路地だというのに何という身の軽さ、あっという間にララは脇を抜かれ、リーゼロッテに肉薄する。

 戦力的にはまるで無視された格好ではあるものの、リーゼロッテが狙いなら、それは大正解の動きだ。

「ちっ!」

 細剣は使えない、と割り切ったララは、舌打ちしてパンツ男の背後から掴みかかろうとする。徒手空拳でも自分は騎士なのだ。こんな風体の怪しい男などに――――。


 しかし、ララの腕は空振りをして、挙げ句パンツ男を見失った……と思ったら、風景が縦に歪んだ。

「なっ?」

 狭い空間を最大限に利用し、美しい弧を描いて空中を一回転させられ、

「あうっ」

 石畳に背中をしたたかに打ち付けられた。

 何が起こったのか、何故自分がこの位置にいるのか、背中を打ち付けられて肺から空気が抜けて、一瞬だけ酸欠になり、思考が途切れる。

「いやっ!」

 リーゼロッテはにじり寄るパンツ男に悲鳴を上げた。

「オトナシクシ・ロ」

「やめてっ!」

 リーゼロッテの悲鳴がララの意識を呼び戻した。

「ひめ……さま……」

 フラフラ、と立ち上がるララだが、足元は怪しく、再び倒れてしまいそうだ。

 それでもララが勝機あり、と見たのは、パンツ男が実に丁寧にリーゼロッテの真新しいブーツを脱がし、ズボンを脱がそうとしていたからだ。

「この……変質者め……」

 辛うじて動く足に任せて突進を試みる。右手を振りかぶって、再度、背後からパンツ男の顔を殴りつけようと―――――。

「なっ?」

 再び、吹っ飛ばされた。しかしさすがは王城警備が主任務とはいえ現役騎士、飛ばされながらも平衡を保つように手足を動かし、不完全な姿勢ながらも石畳に着地できた。


「いやああああああ」

 リーゼロッテのズボンが脱がされた。脱がしたズボンはキチンと畳まれている。ブーツも揃えられているし、なんて几帳面な変質者だろう! その異常さにリーゼロッテは恐怖で筋肉が硬直し、動けないでいる。

 ララはリーゼロッテの危機に大声をあげる。

「ひめっ……ぶぱっ」

 叫んだ途端、胃の中にあるカボチャプディングが逆流して鼻から吹き出そうになる。くそ、だから食べ過ぎだったんだ! とララは心の中で絶叫するも、後の祭りというものだ。


「オレ・ハ、フケツ・ナ、パンツ・ヲ、ユルサナ・イ」


「は?」

 リーゼロッテはパンツ男が口にした台詞が理解出来ず、思わず訊き返してしまった。

「オマエ・ノ、パンツ・ハ、フケツ・ダ」

「不潔……?」

 お風呂に入ると病気になる。それは帝国で信じられている健康法で、習慣でもある。でもなんだ、不潔って? 不潔、不潔、とリーゼロッテは口の中で繰り返した。何故なら、そんな言葉は帝国にはなかったから。

「キタナ・イ、パン・ツ。クサ・イ、パン・ツ。ハイテイル・ト、ビョウキ・ニ、ナ・ル」

「病気……?」

 リーゼロッテの知っている常識とは逆の事を言われ、混乱を極めた頭では、目の前のパンツ男の言うことが正しい意見としか思えなくなっていた。


「ヌ・ゲ! ソ・ノ、フケツ・ナ、パンツ・ヲ!」

 パンツ男は怒髪天を衝く勢いでリーゼロッテに迫り、素早くしゃがみ、両手でパンツを引き抜いた!

「ああっ…………」

 諦めの声。これから、この変質者に蹂躙されてしまうのだ。帝国の第五王女ともあろう姫が!

 パンツ男はリーゼロッテのパンツ――――帝国でもグリテンでも一般的なズロース……いわゆるカボチャパンツ……を両手で持ち、天に掲げた。それは猛々しい勝利宣言にも見えた。オレンジ色の街灯から漏れる光がシルクのカボチャパンツに反射して、ララにとっては憎らしげに輝いた。


 ララは胃から逆流するカボチャプディングと口腔内で戦っていた。膝を突いて、鼻から酸味溢れるカボチャプディングと目からこぼれる涙。生理的なものだけではない、自らの無力感に絶望して泣いた。


「フ・ン…………―――『センジョウ』」

「きゃあっ」

 犯される………と涙ながらに覚悟したリーゼロッテは、下半身を中心に、思いっきり洗われた。

『洗浄』はいわゆる生活魔法の一つで、体表面の汚れを魔力の奔流で取り去る。それほど難易度の高い魔法ではないが、プロセア帝国ではあまり習得者はおらず、実際、リーゼロッテにとって、初めて体験する『洗浄』だった。


 清められて……。

 ああ、これから私、犯されるんだ……。

 リーゼロッテは唇を噛んだ。

 何度覚悟をさせれば気が済むんだろう!

 こんなことならグリテンなんかに来なきゃよかった。厄災を生む国め! いつか滅ぼしてやる!

 心の中が呪詛で一杯になったリーゼロッテは、すぐに違和感に気付いた。

 下半身が温かくなったのだ。


「あ……?」

 見ればパンツが真新しいものになっている。

「ソ・ノ。ダラシナ・イ、カラ・ダ。アタラシ・イ、パンツ・デ。セイケツ・ナ、パンツ・デ」

「ひいぃ」


「デナオシテコ・イ!」


 何だって? だらしない体? こんな変質者に言われたくない!

 文句を言おうとしたリーゼロッテが視線を上げると、もう、そこに変質者はいなかった。

「あれ……?」

「ひめさまっ」

 顔をグジュグジュにしたララが、匍匐前進でにじり寄ってくる。これはこれで怖い、とリーゼロッテは後ずさる。

「無事でしたか……」

「無事じゃないわよ!!」

 今度こそ、リーゼロッテはフラストレーションをぶつけることが出来た。パンツ男ではなく、ララにだけれども。





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