姫様と従者と少年(エピローグ)
【王国暦122年11月4日】
【帝国暦319年11月4日】
「ん……う……」
レックスは目が醒めると、軽く首を振って周囲の状況を確認した。曖昧な記憶を辿る。
岩場ではない。ベッドの上だ。しかもこれは丸い天井……自室だ。
生きてる…………まだ……ボクはパンツを被ることができるんだ……。
レックスはボンヤリとした頭でパンツのことを考えた。
「はっ!」
ゆっくり上半身を起こしてベッド脇を見ると、そこには細身少女がいた。
「お……おはよ」
細身少女はそう言ってから、そうじゃなくて心配してたんだとか、どんな状態で発見されたのかとか、生きてて良かったとか、触ってほしいとか、寝込みを襲えばよかったとか、実はさっき、ちょっと襲っちゃったんだとか…………瞬時に色々考えてしまい、ややピントのずれた挨拶をしたことを三回ほど後悔して赤面し、顔を背けてはレックスを見る、ということを四回繰り返した。
「あれ……ボクは……どうなったんでしょうか?」
もう一度首を振る。少しボーッとするだけで、特に痛みは――――。
「いたっ!」
左手と腰に激痛が走る。顔を顰めるレックスを、細身少女は抱きつくように寄り添って支えた。
「まだ、寝てて」
細身少女はそれだけを言って、レックスを支えて、再び寝かせた。
「あー……」
色々と聞きたいこともあったが、詳細はわかるまい。そう考えてレックスは細身少女に向き直り、話題を変える。
「看病してくれてたんですね。ありがとうございます」
顔が近くにあったので、レックスの吐息が細身少女にかかる。
「けっ、こここ」
「?」
無垢な表情で見上げるレックスに、細身少女の吐息も荒くなる。
「ね、寝てて」
「はい」
レックスは素直に応じることにした。細身少女は、顔を赤くしたまま、部屋の外へ行って、他の人を呼びにいったようだった。
「ふう……」
腰は……。
ああ、なるほど、とレックスは一人納得した。腰が痛かったのは、男の子が臨戦状態だったからだ。ちなみに、ユリアン司教がレックスと名付けたのは、赤ん坊の時に、既に男の子が立派だったから――――だったりする。
ちょい、と右手で触ってみる。
「うん……」
睾丸も無事のようだ。さすがは『光刃』というところだ、とレックスは強化魔法に感謝をする。
しかし、下半身の機能は無事とわかったが、腰の後の方と左手は、痛みを帯びたままだった。
「ぐっ……」
左腕を軽く動かしてみるが、意志通り動いてはくれない。再び裁縫ができるようになるかは微妙だ、と自己判断する。
大きく嘆息。
六枚目で終わりか。これが五人の女性を襲った『ザ・リバース』に与えられた報いというものだろうか。
「レックス! 気がついたって!?」
「……気がついたか」
「レックス!」
「おお……?」
と、そこに、トーマス、フェイ、ユリアン、そしてフレデリカが入ってきた。
「あ……!」
レックスは、右手で男の子を触っているところだった。
* * *
「そうかそうか。男だもんな、気になるよな」
「……機能的には問題はないんだな?」
「いやあ、心配しましたよ」
「興味深いものを見せてもらった」
とりあえず、自慰をしていたのではない……ということは理解してもらえたようだった。男衆に見られるのも恥ずかしいが、何より美エルフであるフレデリカに見られることが一番恥ずかしい。
「……心配なら、左手も含めて、『魔女』に診てもらえばいい」
フェイの言葉に、それなら安心だ、と一同は頷いた。
「はい。あの、リーゼさんとララさんは? 無事でしたか?」
「無事だ。意識もある。今は教会にいるよ」
トーマスがそう言うと、レックスは大きく息を吐いた。
「何だ、心配だったのか?」
このオマセさんめ、とトーマスは父親目線でニヤニヤと笑った。
「それはそうです。二人とも帝国の重要人物ですし」
リーゼロッテとララの正体は、渡航前に知られている。お忍びのために襲われたところで文句も言えない類の話なのだが、裏ルート的なものがあるのなら事前に通告していれば、最初の襲撃はなかっただろう。これもある意味では帝国に対しての警告であり、いつまでも意固地になって対話を試みないから被害が広がるのだ、と示したとも言える。
「二人とも、まだ正体はバレてないと思ってるから、それで通してもらってるがな。ポーザー商会の会頭に娘は一人もいないのにな」
すぐバレるような嘘。思えば、リーゼロッテとララが最初から嘘をついていることを承知でレックスは近づいたのだ。知ってはいたが、自分でバラしたことについては聞かなかったことにしよう、と心に決めた。
二人の無事が確認されたのなら、あとは自分の処遇だ。
「で――――ですね。攻撃してきたので反撃しただけなんですけど。多分、人を殺しちゃいました……」
レックスは、フレデリカがいることで、これが尋問に類するものだと察して、正当防衛を主張する。
「あー、それなんだが」
フレデリカがフェイをチラリ、と見ると、フェイが頷いて言葉を継いだ。
「……結論から言おう。……あれは正当防衛だ。……冒険者ギルド内部のな」
「? 冒険者ギルドの……?」
「……うむ。……あのエルフ男は、ボンマット出張所の所長で、カレル・リンドという」
「えっ」
影の正体を聞いて、さすがのレックスも絶句した。
「つまり上級冒険者だとさ。お前、初級だったよなぁ……」
トーマスは呆れたように言った。良く生きてたな、と言わんばかりだ。
「……二日前にボンマット出張所から逃げおおせてな。……海流の流れからすると西を捜索するのが常識だったが、東側に泳いできているとは想定外だった」
「ああ、それで海から登場したんですね」
レックスが納得する。
「結果論としてだが、長距離を泳いでいたことで体力が残り少なかったのだろうな。でなければ、偶然が重なったとしても中級冒険者相当のレックスが上級のカレルに勝てる道理がない」
フレデリカがさらっと言った件に、レックスは補足を求める。
「ボクが? 中級相当なんですか?」
「……うむ。……騎士団のエルマ・メンデスが中級程度だからな。……特殊な装備を持っているとはいえ、アレを圧倒するのだ。……中級冒険者相当と見ていいだろう。……しかしカレルを倒すとなると上方修正もあり得るな」
「いえ、ボクの本質は冒険者ではないと思っています。その評価は過分ですよ」
レックスは子供らしく手を振るが、言っていることは子供らしくない。
「当のエルマはやっと前を向き始めたところだ。彼女、私より年長なんだけどな……。何にせよ、力だけに頼っていたエルマは、今後伸びそうでよかったよ」
フレデリカが少しだけ嬉しそうに言った。力に頼っている一番手であるフレデリカが言うと、全然説得力がないが。
「……それとだな、あのエルフ男がカレル・リンドだというのは、公式には秘匿される」
「? 何故ですか?」
「あのエルフ男が『ザ・リバース』だと認定してしまえばいいだろう?」
トーマスが極悪な笑みを見せた。身元不明の死体にパンツを被せて、罪も被せようというのだ。何という極悪非道。レックスは思わず笑みを浮かべた。
「あの影……人は……パンツを愛せる人だったかもしれません。友人になれたかもしれないんです。そんな人が……パンツの化身である『ザ・リバース』として死ねるのなら、押しつけがましいですが、本望なのかもしれません」
きっと本望だ。そう決めた。レックスは決めつけた。
「……そ、そうだな。……変態仮……『ザ・リバース』の活動はここで打ち止めだ。……レックス、ご苦労だった」
「いえ、皆さんの支援があったからこそです。ボクも六枚目がちゃんと渡せたようで。ああそうだ、フレデリカさん、『ザ・リバース』が強制配布したパンツですけど、可能なら被害者の方に渡してあげてください。かなり出来も質もいいものですから」
「ああ、わかった。そのように手配しよう。エルマは、あのパンツを履けるようになったら一つ上に上がれるだろうよ」
普段は寝ているか食べているかの美形エルフが真面目にそう言うと、レックスは嬉しそうに微笑んだ。
* * *
【王国暦122年11月5日】
【帝国暦319年11月5日】
「やっと退院ね!」
「ええ、姫様、長かったです……」
二日間も安静を強要されて、リーゼロッテとララは、教会のベッドでヒマを持て余していたのだが、朝の診察で問題なさそう、ということになり、昼には教会を出ることとなった。
レックスが素早く『治癒』を行使したため、二人は特に後遺症もなく、実質一日で回復できた。倒れていたレックスを見つけて介抱したのはリーゼロッテで、迷宮に集合中の騎士団に急報を知らせたのはララだった。
二人が見た凄惨な死体はパンツを被っていたが、あれが『ザ・リバース』なのかどうか、どうにも確信がもてなかった。あの、脳の中身をぶちまけた死体が、まだ生きていた時に、襲撃を受けたのは間違いないのだが、それがポートマットの町中で自分たちを襲った怪人と同一人物かというと、違和感を持たざるを得なかった。
たとえば、その男は、何故最初に正体を晒していたのか。
何故海から現れたのか。
何故襲ってきたのか。
状況から見てレックスが倒したようだが、レックスがそんな実力者だとは思えない。
レックスの生死はどうなったのか………。
それらについて、騎士団から事情聴取のためにやってきていたエルフ女性は、まるで誘導するかのように質問をし、誘導されるかのように回答を組み上げていった。
曰く、岩場に潜んでいた『ザ・リバース』が正体を知られたために二人を襲った。レックスは対峙したが足を滑らせて岩場で怪我をした。『ザ・リバース』も同時に足を滑らせて自滅した。その後、レックスは限界まで治療魔法を使ったために気絶した――――という話になった。それが創作の類であることは気付いているものの、正式な調書はそのように報告されることになる。全体像を見ていないリーゼロッテとララには、状況証拠とやらで作り上げられた創作に反論できなかったのだ。
反論したところで意味があるとも思えなかったが、違和感だけは残る。
レックスは左手に大怪我をしていた。腰も変な方向に曲がっていた。明らかに岩場で滑った怪我ではなかった。下手をすると自分たちより重傷、いや重体ではないのか?
エルフの女騎士は、美形で強化された微笑を浮かべて、レックスは命に別状はない、安心してくれ、と言った。
しかし、この女騎士はあまり腹芸が得意ではないのだろう。言葉に僅かな翳りを見つけると、リーゼロッテは不安になった。
昨日の事情聴取を思い出しながらリーゼロッテは呟く。
「レックスに会いたいわ。お礼を言いたいの」
「それは私も同感です。命の恩人です」
本当に、何度、あの少年に救われたのだろうか。天が自分たちに遣わした、あれこそ『勇者』ではないのか。
それこそ絵本や物語の中でしか恋愛を知らないリーゼロッテにとって、あの小さな少年は、間違いなく運命の人、自分を攫ってくれる王子様にしか見えなくなっていた。
一方のララに至っては、流行病で亡くしたという弟の死に目に遭っていないこともあり、隔離されて養生を続けて、生きていた――――という妄想を自ら補強してしまう。もう、生き別れの弟に違いない、何か正体を明かせない事情があるのね、大丈夫、お姉ちゃんに任せて! 万難を排して一緒に住むんだから! と、脳内ではもう、同居確定である。
「問題は…………」
「どうやって帝国に同行することに同意してもらうか、ですね」
「その通りよ、ララ」
しかし、妙案は出ずに、悶々と白い天井を眺めるばかりの二人だった。
「とりあえず……何が何でも会いに行くのよ!」
深く頷いたララは、リーゼロッテの髪を梳いて、軽く身支度を整えることにした。
その最中に来客があった。
「失礼するぞ」
と、そこに入ってきたのは、騎士団のエルマ・メンデスだった。
「あら、えーと、メンデス卿。どうしましたの?」
名前を思い出しながら対応すると、エルマは小さな包みと、一通の手紙をリーゼロッテに渡してきた。
「? なんですの?」
開けてみてくれ、と促されて、リーゼロッテが包みを開けると、それはポートマットに到着した日、『ザ・リバース』に襲われた際に履かされたパンツだった。
「このパンツが……どうかなさいまして?」
多少の不機嫌が混じるリーゼロッテの語調だが、エルマは淡々と告げた。
「騎士団の方針で、この下着は被害者に渡すことになった。恐怖体験を思い出す向きもあろうが、奪われた下着より遙かに良い物らしいしな。専門家の話では、金貨五枚から十枚はするそうだ。であれば、金銭的補償の意味合いもあるんだろう」
「価値のあるものを渡されたからと、心の傷が癒えるわけではないのですが……」
「それは私だってそうだ。確かにお金で心の傷は癒えないさ。だが、何もないよりはいいんじゃないか? 私は戒めのために履くことにしたよ」
エルマは下腹部をポン、と軽く叩いた。
「そうですか……」
リーゼロッテは、エルマも被害者だと知っていたから、その強さに敬服せざるを得なかった。
「あとは時が忘れさせてくれる。私は忘れないだろうが」
そういうエルマは、前に事情聴取をした時とは違って、格段に芯が強くなったように見える。
「ひ……お嬢様、手紙の方は?」
「ああ、そうだったわね」
ペーパーナイフはなかったので、ララが持っていた投げナイフで代用し、開封する。
「あ…………」
「お嬢様?」
「すぐに帰って来い、ですって。怪我をしたのがどうしてわかったのかしら……」
一昨日の晩に怪我をしたのに、もう手紙が来ているという不思議。
「僭越ながら、それも説明しよう。連絡が行ったそうだ。冒険者ギルドの鳩便経由、とのことだった」
「じゃあ、お兄様はカーンの港にいるのかしら……」
エルマは、誰に連絡が行ったのか、もう訊かなかった。恐らく、冒険者ギルドの方ではリーゼロッテが何者なのか把握されているだろうから。騎士団が把握していても不思議ではない。
「とにかく、我々としては、これ以上、滞在許可の延長は認められない」
「強制送還も辞さないということですか」
エルマの淡々とした口調に、ララは多少の反発心で訊く。が、エルマは表情を変えずに頷いた。
そんなエルマの表情に対して、縋るようにリーゼロッテは懇願をする。
「あの……レックス。レックスに会いたいのです。お礼を言いたいのです」
このまま、港に直行、ということになりそうだ。迷宮のホテルに置いてあった荷物も手元に来ていたし、カーン行きの船であれば便数が多いため、昼過ぎから乗船する船を探しても間に合うだろう。
だが、どうしても会いたい。リーゼロッテは恐らく人生で初めて、目下の人間に頭を下げた。
「そのくらいの余裕はあるはずだ。もう……出る準備は?」
エルマは大きく頷いた。
「いけますわ」
「いけます」
よろしい、とエルマは尊大な態度を崩さずに、先導をして、病室から出て行く。リーゼロッテとララは、慌てて荷物を持ち上げて、後を追う。
「皆様、とても良くして下さってありがとう。お陰様で元気になりました」
「ありがとうございました」
リーゼロッテとララは、会うシスター、会うシスターにお礼を言って回った。エルマはそれを苛つきもせずに、ジッと見守った。
教会の敷地を出ると――――――。
* * *
「ども。お国にお帰りになるとかで……挨拶に来ました」
左手にはまだ痛々しい包帯が巻かれていたが、ニコニコとレックスが立っていた。
リーゼロッテとララは、涙を流して、衆目も気にせずに、全力で駆け寄って、強く抱きしめた。
「れっくすぅ……」
「レックス、無事だったかっ………! よかった、よかったよぉ」
「ご心配お掛けしました。お二人の方はもう大丈夫なんですか?」
「貴方のお陰よ。ほら、ピンピンしているわ」
リーゼロッテは、どう見てもピンピンじゃなくてムチムチしている二の腕に力を込めた。
「レックスのお陰だよ。レックス、レックス……」
二人の激情をいなすようにニコニコしているレックスを見て、エルマはちょっぴり羨ましいな、などと思ってしまう。感情を、好意を、ああも素直にぶつけられる相手がいる。それだけで人間は幸せになれるのだと。決して自分も抱きつきたいわけではない、と思いたかったが……。
そのまま、港に見送ることになり、レックスと、リーゼロッテとララ、エルマとお付きの騎士二名は、夕焼け通りをロータリーへと向かった。
レックスは、リーゼロッテとララに両側から腕を組まれて、半ば拉致寸前の位置から、耳元に囁かれた。
「レックス、わたくしと、わたくしたちと一緒に、お国に参りませんか? 貴方ほどの才覚があれば、一流の商人、いえ、国を動かす人物になれますわ」
それは、あからさまな逆プロポーズでもあった。
「レックス、私も……は、離れたくない……」
ララは泣き出した。
「ああっ、泣かないで下さい、ララさん……」
レックスは一拍置いて、言葉を継ぐ。
「ごめんなさい。ボクはポートマットの人間なんです。だから帝国には行けません。でも、会おうと思えばいつだって会えますよ」
どうやって! いつ! とリーゼロッテとララは突っ込みを入れようとしたが、そう思わないと気持ちは収まらない。現実には無理だということは理解しているのだ。
ロータリーを南に曲がる時、トーマス商店の前を通りかかる。女性二人に囲まれてニコニコしているレックスを、店頭に何故か出ていた細身少女が、四角い口で驚いて見ていた。
リーゼロッテとララは、瞬時に、細身少女が競争相手だと知覚し、目に見えない、青い炎がロータリーに満ちた。
きっと、レックスは身近な女に靡いてしまうのだろう。それはあの細身少女か、他に誰かいるのか……。
しかし、今だけ。
今だけは、レックスは私たちのものだ。
港までの短い間、歩いている間、レックスは…………。
「ふ…………」
リーゼロッテとララは、少しだけ、勝ち誇った顔を見せてから角を曲がった。
と、手押し車を押していたハミルトンに出会った。
「おやっ? レックス、大人気じゃないか」
怪我に言及をしないことにリーゼロッテとララは違和感を持っても良かったのだが、今はそれどころではない。
「やめてくださいよー。ああ、リーゼさんとララさん、お国に帰るんだそうですよ」
「あー、そうですかー。カボチャプディングはどうでしたか?」
「ふふ、美味しかったわ。帝国でも広めようと思うの」
「私は……鼻から出るから……」
ぷい、とララが拗ねると、ハミルトンは笑って、
「鼻から出てもカボチャプディングですよ。きっと食べれば美味しいです」
「そ、そうかな」
そうですとも、とハミルトンは笑いながら、リーゼロッテとララにリンゴを一つずつ渡した。二人が鬼食いしたリンゴだった。
「じゃあ、お元気で! レックス、ちゃんと見送れよ!」
明るく去っていくハミルトンは、後を向くと、誰にも聞こえない声で、ごちそうさまでした、と呟いていた。
「あ、いたいた」
ギンザ通りに入る小道から出てきたのは軽く汗ばんだカーラで、その手には包みが握られていた。
「教会に差し入れに行ったら、もう出たっていうから。はい、これ、リーゼさんとララさんに。お弁当だよ」
「え……」
「いいの?」
「うん、この鯖サンドイッチも、『シモダ屋』の名物だからね。船の中で食べてよ」
「ありがとう、頂きます」
「ありがとう、カーラ」
「レックス、ちゃんとお見送りするんだよ?」
カーラまでハミルトンと同じことを言った。
「はい、任せてください」
レックスは笑顔で承った。
港が近づく。
近づくに連れて、リーゼロッテとララは口数が少なくなっていった。
背後からはエルマを含めた騎士たちがジロジロ見ているから、このまま船に拉致…………という暴挙に出るのは難しい。
「入国管理事務所に一度行かないといけませんね」
「そう、ね」
「うん……」
ここで三人は離れなければならない。出国ゲートのようなものはないが、レックスを連れて事務処理をするわけにはいかないからだ。
リーゼロッテとララはレックスから腕を解いて、何度も振り返りながら、まだいてよね、まだいるよね、と視線で繰り返し語りかける。
その度にレックスはニコニコと笑って返す。
「もう少しだから、頑張れ」
「はい」
エルマの励ましが聞こえ、レックスは歯を食いしばって立ち続けた。
実は、レックスの腰は治っていない。腕も治っていない。歩けるほどには回復していないのだ。
そんなレックスを見かねて、離れたところから見ていただろう、監視役の冒険者が、いつの間にか近づいてきていた。
「少年ー、いつー倒れてもいいぞー。後から支えてやるからー」
「はい、ありがとうございます」
立っているのも辛い筈なのに、なんて精神力だろうか。
この冒険者は、レックスがトーマス商店に来た頃から知っているが、まさか、こんな凄い男になろうとは想像もしていなかった。いやいや、まだまだ。このレックスはもっと大きくなる。その小さな体に内在している大きな性欲と共に。
リーゼロッテとララは、戻ってきてすぐ、残念そうな顔を見せた。
船はすぐに出航する、というのだ。
「レックス、帝国にも遊びにきて。今度はわたくしが案内するわ」
「はい、いずれ。リーゼさんもララさんも、また来て下さいね」
「ああ、来る」
きっとそれは、履行されない口約束だ。
「おーい、姉ちゃんたちー! でるぞー!」
船員が声を掛けてきた。
もう行かなければ。
ああっ、レックス、離れたくない!
そんな思いが募ったのか、リーゼロッテはレックスの顔を両手で固定して、少ししゃがんで、
「むっ―――――――」
口を塞いだ。カチリ、と歯が当たった。鼻で息もできず、酸欠になる――――寸前でリーゼロッテは唇を離した。
「ぷはー! どう? 乙女の初めてよ? ありがたく思いなさい!」
自身の恥ずかしさを誤魔化しながら、リーゼロッテは真っ赤な顔で威張った。
「では、私も」
言うが否や、ララはさらにしゃがんで、レックスを抱きしめながらキスをした。こちらは多少知識があったのか、舌が入った。なすがまま、レックスは口腔を蹂躙される。
「ぐっ、にゅっ、んばっ……」
「ぷはっ!」
ララは満足そうに唇を離した。
「暖かいな。……さよならだ、レックス」
もう一度レックスをきつく抱いた。
「はい」
レックスはやっぱりニコニコ顔だった。
そして、二人は、離れていった。
リーゼロッテとララが乗船した船は、二人が乗り込むと、すぐに桟橋から離れた。
「レックス-!」
大きく手を振るリーゼロッテとララに、レックスは右手で応え続けた。
* * *
やがて船が見えなくなると、レックスはガックリ、と膝を突いた。
「やせ我慢をして……男ってやつはホントに……」
ブツブツ言いながら、エルマはレックスに背中を差しだした。
「ほら、負ぶっていってやる。乗れ」
そんなエルマ(独身・二十四歳)の顔は赤らんでいた。あんなに女たらしな場面を見たばかりだというのに、彼女は思いっきり母性本能を刺激されたようだった。
「はい、ありがとうございます」
レックスは礼を言いつつ、エルマの背中にしがみついた。
その口元に、少年らしからぬ笑みをたたえて。
了
※あとがき
ド変態天然女たらし、レックスくんの活躍、如何でしたでしょうか。二枚目の下着はどこに行ったんでしょうね?
当作品は、カボチャプリン主人公が適当に作ったものを使ってレックスくんが(性的に)大暴走、というネタ話を膨らませて書いたものでした。書いてみて感じたことは、短編って難しい、ってことでしょうか。SSとかひょいひょい書ける人を尊敬ですよー。
本編を読んで下さっている方は、着地点がそこ、っていうことを知っているので、その補足的な話を盛り込んでいくと、どんどん長くなっていってしまうという……。
うーん、上手くまとまったかしら…………。レックスくんの暗躍は本編でもあるかもしれませんが、あちらは完全に一人称で、主人公以外の視点がありません。よって、このような形で、本編の補足をする機会が増えるかもしれません。
人称をホイホイ変えられるほど器用ならいいんですけど、自分、不器用ですから……。二つの作品を同時進行っていうのが難しいみたいです。これは慣れなんでしょうけどね。
ここまでお読み頂いた皆様、ありがとうございました。
また本編の方に戻りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。




