少年と女騎士
トーマス商店の正面入り口はすでに施錠してあったので、レックスは裏口から店の中に入った。
裏口から入ってすぐ左には倉庫スペースがある。ここには以前、大きな魔導冷蔵庫があったのだが、主力商品が体力回復水薬から錠剤に切り替わった時に、撤去されている。
倉庫には、幾つかの箱が置いてあった。レックスは手前にあった箱の蓋を取ると、中にあった納品書の控えを確認した。
「うん」
納品書の日付は本日で、これが今日の夕方に納品された品物であることを示していた。
品物は棒に巻かれた絹の細糸で、生成りではなく漂白されたもの。魔導ランプの光に当てて色合いを確認する。二~三巻の中から一つを選び出すと、それを持って店の建物の中央辺りにある工房へと移動した。
元々、この工房は店主のトーマスがポーションの生成のために作った工房で、現在では特殊な実験をしたり、簡単な工作を行うだけになっている。
レックスは小さな丸椅子に座り、『道具箱』から細い縫い針と、作りかけのパンツを取り出した。
このパンツは絹製で、シンプルな切り返しがついているだけの――――つまり、『ザ・リバース』がリーゼロッテに履かせたものと同じデザインだった。
レックスは手慣れた様子で針に糸を通し、適度な長さに糸を調整すると、傍らにあった小さなハサミで切り、糸の端をクニュクニュ、と揉み、くい、と手の中だけで糸を引っ張った。手を離すとそこには玉留めが出来ていた。
そこまで終えると、針を口に咥えて、首にかけていた紐を引っ張り出した。紐には――――指輪が結わえられていた。
この指輪は『守護の指輪』と呼ばれる魔道具で、一定の攻撃を感知すると、自動的に『障壁』の魔法が発動するようになっている。材質は魔道具の素材としては最高級と言われているミスリル銀。この指輪一つのお値段は金貨百枚とも二百枚とも言われている。この精緻な魔道具を作ったのは例によって『魔女』で、彼女とドロシーの話によれば、劣化版を試作したところ、全く売れなかったらしい。守るに特化した場合、この装備が有用なのは間違いなく、問題なのは魔道具の性能ではなく、売り方や宣伝の仕方だったのではないか、という結論になっている。
ともあれ、トーマス商店の従業員、その主要人員には標準装備の形で配布されている。もちろん、レックスが持っているものは配布されたもので、元々は左手の中指に填めていた。
今のように、紐に結わえて首から提げるようになったのは、金属加工や鋳造をするための木型を彫る作業をするようになってからだ。
というのは、大きく削ろうと力を込めると、どういうわけか、木槌にも、鑿にも、『障壁』が展開されてしまうのだ。
細かい作業の時は発動しないので、攻撃の感知精度が敏感なのが原因だとはわかっているものの、レックスは対処に迫られることになった。
とりあえず鑿を左手に持って、それを打ち付ける、という、位置関係の話であることが判明したため、普段は首から提げることで対応している。
レックスは、紐から指輪を外して、それを左手の中指に填めた。
そして、口に咥えていた針を、左手でつまんで、右手にパンツを持ち、仕上げの手縫い作業を開始した。針の頭は、丁度指輪に当たり、針を押し出すには丁度良い位置だ。
元々、レックスは右利きである。
しかし、縫い物のし過ぎで右手の握力がなくなり、左手でも出来たらいいのに………と始めたのが、左手で作業をするきっかけだった。慣れてくると指輪に当たって、スムーズに運針が可能だったこともあり、余技としては過分なほどに上達してしまった。習作として始めた絹のパンツだが、当然ながら、そのデザイン元は、自らデザインした、トーマス商店で販売している綿のパンツだ。
この絹のパンツは五枚目で、ストックとして作ってあった四枚のうち三枚は、これまでの活動で使ってしまった。
パンツ男―――――巷では『ザ・リバース』などと呼ばれているようだが――――の活動を続けるには、あと何枚かストックがあった方がいい。それ故に急いで作っているのだが、レックスの性格として手は抜けず、いつもベストクオリティ! を目指している。
こうして、隠れるように、まるで内職のようにパンツを縫っているのは、身内にもバレないように、という配慮がある。
レックスはドロシーたちと同居しているため、時折、『検査』なる名目で部屋の中を調査される。『道具箱』は流石に探索できないが、ドロシーには嘘が通じず、怪しいものがない、と宣言させられるまで洗い浚い調べられる。プライバシーの欠片もないが、ドロシーを含めて姉たちの下着を拝借して蒐集、悦に入っていたという前科があるため、家中唯一の男子であるレックスに対する視線は厳しいものがあるのだ。
だから、本当に秘密のモノを作りたい場合には、こうして残業の形で、誰もいないトーマス商店の工房で細々と作るしかない。
「うーん」
レックスは五枚目のパンツの微調整を行う。何の調整か、と言えば、サイズの調整だ。
こんなものか、と微調整が終わり、五枚目のパンツを『道具箱』にしまうと、前身頃と後身頃の状態の六枚目を取り出して、サイズの調整をしながら、左上から縫い合わせ始めた。
恐ろしく速い運針で対象のサイズに予め合わせた調整を行い、見る見るうちに前身頃と後身頃が一体化する。要した時間は半刻(三十分)ほど。
証拠隠しのために完成品を『道具箱』に入れて、指輪を外し、再度紐に結わえて首から提げて、針と糸の処理を行う頃、裏口の扉をノックする音が聞こえた。
レックスは立ち上がり、扉付近へと歩みを進め、扉越しに合い言葉を囁いた。
「乳」
《ブラジャーー》
「尻」
《パンツー》
レックスは施錠の閂を抜き取り、裏口の扉を開けた。
扉の前に立っていたのは小柄で、リーゼロッテとララを監視していた、冒険者風の男だった。
男は手になにやら白い布を持っていて、
「アレは一号の出番だなー」
と、間延びした、緊張感のない話し方をした。吐く息からは、微かにエールの臭いがした。
「了解です、三号。お疲れ様でした」
意味深に頷いて、三号から布を受け取る。布は三つの布製品で、刺繍されたブラジャー一着と、パンツが二着だった。パンツの片方は、ララに渡し損ねた二枚目のパンツだ。
先ほど、ララの体型に完璧に合わせた六枚目を作り終えたところではあったが、リーゼロッテとララは既に清潔を保ちつつある。二枚目は他の――――サイズの合う――――人に転用することになるだろう。六枚目を使わない可能性があるが、渡せないパンツを持っているのもレックスの男の部分が震える事態でもある。
「ではー」
間延びした挨拶をして、三号は闇夜に消えていく。
レックスは三号の姿が消えたのを確認してから、一度建物の中に入り、店内の魔導ランプを消灯して、外に出てから裏口の扉に施錠をした。これからやろうとしている野蛮で下劣な行いとは正反対に、几帳面な戸締まり用心火の用心である。
裏口の狭い路地は、影になっていて人の目が届かない。
それでもレックスは人の気配がないのを確認してから、
「――――『洗浄』」
と、パンツとブラジャーを魔力で洗った。三号が『洗浄』で洗ってあるとは思うが、これも儀式のうちだ。
レックスは先ほど『道具箱』にしまった、五枚目のパンツを取り出すと、丁寧に折りたたみ、最後にくるくる、と巻いて、丁寧にズボンの前のポケットに入れた。ポンポン、とポケットの上から叩き、パンツ以外のモノが入っていないことを確認してから、大きく息を吐いた。
「ふう…………」
そしておもむろにパンツを被り、ブラを左手に持って上に掲げ、
「―――――『下着』ッ!」
と小さいながらも力強い声でスキルを発動した。
ゲチャクの意味はわからないが、これはスキルの発動キーワードに指定されている。この下着セットを『魔女』に渡された時、彼女はこの下着を調べてごらん、と言った。このパンツは、そのままではただのパンツだ。しかし、発動キーワードを発することで、超パンツとなるのだッ。
額の部分に刺繍されている紋様が魔法陣で、裏返しにしてみると(つまり布地の裏から見ると)、発動キーワードや、注意事項が平文で書いてある。これは解除キーワードも書いてあるので、たとえば鏡に映してみれば読めてしまう。弱点が書いてある、とも言えるわけで、これは要改良の案件と言えるだろう。また、額部分の魔法陣が露出しているのもよくない。
「フォオオオオオ・オ………」
額の魔法陣には『認識阻害』『障壁』『魔法防御』が刻まれている。だから肉体的に何か強化されるわけではない。しかし、気分が高揚し、集中力が増しているのは確かで、レックスは身についたスキルが普段よりも効果が高まっている気がしていた。
特に肉体強化スキルを持たない二号でさえも活躍できるのだから、この気分の高揚というやつは馬鹿にできない。レックスはそんな風に考えた。
この『せいぎのみかた変身セット』は、発動キーワードさえ知っていれば、実は誰にでも使える。安全のためには個人認証の魔法陣を組み込んだ方がいいのだが、制作者である『魔女』が面倒臭がった……のだろう。または単純に時間がなかったのかもしれない。それでも、自分のことを気に掛けて、こんな素敵な下着セットを作ってくれたのだ。
レックスは、その思い、気遣いにちゃんと応えようと決意した。
それを体現したものが――――――下着強奪魔であるッ!
* * *
エルマ率いる騎士団員は、途方に暮れていた。『ザ・リバース』が姿を消してから、すでに半刻以上が経過し、またも取り逃がしたことが濃厚になってきた。
良いことか悪いことか判断が難しいことではあるが、今回、騎士団の出動が早かったため、『ザ・リバース』による被害は出ていない。現行犯でしか逮捕できない現状では、何もしていない相手には何も出来ない。せめて、向こうが暴力でも振るってくれれば――――。
いや、怪しい者を職務質問する権限はある。せめてそれを拡大解釈してでも予防しなければ。
これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない。
『ザ・リバース』が残していく遺留品についてはほぼ同一のもの、と素人目ながら判断している。素人目なのは、その、専門家であるレックス少年に対して疑義を持っていて、エルマとしては、これ以上捜査情報をレックスに与える訳にはいかず、その点について質問できていなかったからだ。
しかし、レックスではなくとも、他の専門家に見せてさえいれば、もう少し変わった答えが出ただろう。
たとえば、遺留品として残っている三枚のパンツを並べてみれば、微妙に大きさが違い、それぞれが予め誂えたものだと気付いたかもしれない。
そうしなかった、できなかったエルマは、すでにミスリードさせられている……と言えるだろう。
被害者については統一性が感じられなかったのも当然で、被害者たちが選定された理由に、エルマは思い至らないでいる。
一体何故、彼女たちは『ザ・リバース』に選ばれたのか。
旅人二人(うち一人は無事)、青果市場の店員、領主の館に勤める夫人…………。年齢、職業と、まるで共通点が浮かんで来なかった。
被害者は全て女性である。今回の『ザ・リバース』は街の南側に出現、この位置にあるのは、最近の取り締まりで数を減らしたものの、娼館街があるため、そこで働く女性――――娼婦――――を狙ったもの………と推測された。エルマたちの隊は、夕刻よりギンザ通りを見回っていたのだが、その南側で発見の報があり、急行した。『ザ・リバース』の身体能力は高く、騎士団員たちは翻弄され、直接的な攻撃は受けなかったものの、結局逃走されている。
それに―――――不躾にもエルマは臭いを嗅がれて、臭いとまで言われた。さすがのエルマも、これには額に青筋が立った。絶対に捕らえて、侮辱したことを後悔させてやる。そう誓うエルマだった。
「隊長っ!」
「なんだっ!」
「うっ、うわあ!」
その時だった。不意を突かれたのか、報告しようと叫んだ騎士団員の一人が倒れ込むのが見えた。路地に消えた騎士団員を追って、エルマは剣を抜きつつ、走り出す。
まさか、と思った。
「ぐあっ!」
また一人やられた? エルマは路地の角を曲がり、現場に到着する。そこには、パンツを被った怪しい人物が、倒れた騎士団員を道の脇に引っ張っている姿があった。
「『ザ・リバース』! 貴様っ!」
激昂したエルマは直線的に突っ込んだ。しかし、突きは先ほどいなされてしまったことを思い出し、もう少し近づいてから、と思い直し、上段に振りかぶった。
『ザ・リバース』は、上段に構えられる剣には目もくれず、エルマの剣を持った右手の肘に向けて、スッと白い布を近づけた。
「ぐぬっ?」
肘が後に押される! 振り下ろすタイミングを逃したエルマは、力尽くに剣を振ろうとしたが、そのまま振ると、倒れている部下に剣が当たってしまいそうだと気付き、斜めに軌道修正をする。
無理な軌道修正は見破られていて、エルマの右側面に回られた。この位置に動くのは、刃物を持つ相手に対して行う動きとしては常道だ。右手に剣を持つ者は右回転を強いられる動きを嫌う。この『ザ・リバース』は、少なくとも剣を持った相手に、無手で戦う術を知っている……。
「隊長っ!」
残りの隊員たちが駆けつけてくる。
「うぉおおおお!」
そのうちの一人は、エルマを助けようと突っ込んできた。
駄目だ、それは避けられてしまったのだ! エルマは、部下に自分と同じ動きしか教えられなかったことを悔やんだ。
『ザ・リバース』は、突っ込んできた騎士団員に正対すると、そのまま真っ直ぐ突っ込んだ。
「!?」
剣が当たる………と思った瞬間、騎士団員は、見えない壁のようなものに衝突し、吹っ飛んだ。
「ぐああああっ」
剣が手から抜けて、その剣が籠手の上から自らの手を傷付けてしまう。
「貴様っ!」
エルマはステップを踏んで、小さい振りで『ザ・リバース』を斬りつけようとする。余りに怒りが満ちたために、逆に冷静になった……。
剣が短い風切り音を連続で鳴らして、『ザ・リバース』を追い込んでいく。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ
追い込んでいたつもり………だったのだ。
少なくとも、今のエルマの動きは、彼女のベストパフォーマンスで、訓練でもこんなに素早く動けたことはない。周囲がゆっくりに見えるほどだ。
だが、『ザ・リバース』の動きはエルマの実力向上に合わせるかのように、時間経過と共に良くなっていく。動きに慣れてきた、とでもいうのか、もしくは実力を小出しにしていたのか――――。
「くっ!」
細かい剣の動きでさえも察知される。剣の達人に対しては無手であっても格下は敵わないという。この変質者が、そんな実力者だとでも言うのか。
「馬鹿なっ!」
そんな実力者が何故、こんな怪しい事件を起こすのか。何故女性を傷付けるのか、何故下着を…………。
エルマは色々な事を考えるようになってしまう。集中力のピークが過ぎて、体が疲労を感じ始めているのだ。
これまで防戦一方だった『ザ・リバース』は、ここが好機と見たのか、細かく動く剣を、掌で横から弾いた。
「!?」
どうして、何で、どうやって、剣を横から弾くことが出来るんだ…………?
瞬間、パニックになったエルマは、頭の中がまっ白になる。
そして、顎に手を添えられて、勢いよく上に突き上げられると、後頭部が後に倒れる。
「うっ、がっ」
何てことはない。殴られた訳ではない。痛くない………。
「あ、れ?」
立っていられない。何故だ? これは、頭を激しく打ち付けた時にフラフラするのに似ている…………。エルマは自分の経験から似た事象を想起する。果たしてそれは正解なのだが、実際にはそこまでちゃんと言葉に出来ているわけではない。ほんの一瞬の出来事だったからだ。
「オレ・ハ、フケツ・ナ、パンツ・ヲ、ユルサナ・イ」
「なん……だと?」
確かにここのところずっと、『ザ・リバース』事件を担当していたせいでちゃんと眠れもしないし体も洗っていない。元はと言えば貴様のせいだろうが! と叫びたくなったエルマだったが、ちゃんと声にならない。エルマに残っていた女性の部分が恐怖を感じているのだ。
馬鹿な、この私が性的暴行をされるなど…………。
エルマは涙を流した。その涙を見たからか、『ザ・リバース』は動きを止めていた。
「…………?」
「トリヒキ・ダ」
「取引だと?」
「ソウ・ダ。オトナシクパンツ・ヲ、ヌ・ゲ。ソシ・テ、コノパンツ・ヲ、ハクノ・ダ」
これは昨晩のパターンだ。つまり、自分から脱ぐように脅し、代用品を渡される、という。エルマの女の部分は、それなら被害は少ないんじゃないか、と承諾に傾く。しかし、エルマの騎士の部分は、断固として拒否、だ。
「騎士の矜恃を失う訳にはいかん。自ら軍門に下るなど笑止」
地面に座り込んで見上げる姿勢であっても、エルマの弁は凛々しい。
「シュショウナ・リ、オンナキ・シ」
殊勝なり、女騎士。そう言っているようだ………………とエルマが言葉の意味を反芻していると、『ザ・リバース』は手に持った布をグルグルと回し始めた。
それに伴ってエルマの体が前後に回転し出す。
「がががががががが」
回転が速くなり、目の前が赤く染まる。
「がっ…………」
そして、エルマは気を失った。
『ザ・リバース』は素早くエルマの軽鎧を剥がしにかかった。鎧を取り外すのは存外難しいはずだが、変態パンツ男に不可能はない。
幾つかの紐を左手に持ったナイフで切り、海老の殻でも剥くように、あっという間にエルマは内服だけになる。
例によって『ザ・リバース』は鎧を綺麗に整えて脇に置き、服を脱がせて『洗浄』までしてから折り目を付けて畳み、あまり綺麗とは言えないパンツ(ズロースではなく、トーマス商店で購入したものだった)まで辿り着くと、一気に引き抜いた。
よせばいいのに、『ザ・リバース』は脱がしたパンツを嗅いだ。
「ク・サッ」
しかし、どこかその呟きには喜色が混じっているかのようだった。
「――――『センジョウ』」
エルマの体を洗いまくり、新しい下着を履かせる。
「フ・ム……。――――『インリョウスイ』」
何を思ったのか、『ザ・リバース』は生活系スキルの一つ、『飲料水』を発動、エルマの頭からぶっかけた。
「っ……うっ……」
一瞬気がついたかに思えたエルマだったが、髪の毛が風に当たって心地よく、その場では目覚めることはなかった。
そう、『ザ・リバース』は、その特殊ブラジャーに仕込まれた風系スキルを使い、さらに櫛も使い、髪を梳いていたのだ!
普段はボサボサの髪をしているエルマだけに、枝毛が酷かったが、とりあえず梳いてみるとそれなりに艶を取り戻した。
「フ・ム……」
満足そうに唸った『ザ・リバース』は、後続の部隊が近づいていることを察知し、逃走に入った。
風系魔法やスキルは、字面だけを見れば風を起こすもの、と見られがちだが、物事の方向を指定する魔法、と言われている。
たとえば、いわゆる火系魔法の有名どころである『火球』も、その目標に向かって方向性を決めているのは風系の魔法であり、火系の魔法単体では攻撃魔法として機能しにくい………。
『ザ・リバース』が持っている特殊ブラジャーは、地面に対して使えば風圧で速く走れるし、簡易的な空気の盾にもなるし、先ほどエルマに使ったように物体を回転させたりもできる。工夫次第で色々な使い方が出来る、という点で、『魔女』がブラジャーに風系魔法を組み込んだというのは慧眼であろう。
もっとも、『魔女』本人は『胸から出るのは高熱ビームが常道』『ルストハリケーンは本来口から出るもの』などと言っていたのだが。
『ザ・リバース』は薄く笑い(『認識阻害』の魔法が発動しているので、そうとはわからないが)、低い姿勢になって、ブラジャーを地面に叩き付けた。
パン、パン、と空気の弾ける音が続き、軽いジャンプを連続して行うと、いつのまにか大ジャンプになり、建物の屋根に静かに降り立ち、そのまま、人気の無い方向へと、飛ぶようにして、闇夜に消えていった。
※実は、この世界に於いてはまだ『分』の概念がありません。ですので、メタ的ではありますが、理解しやすいように『分』の注釈を入れてあります。紅茶を淹れている時も同様であります。




