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姫様と従者と少年

変態しかいない『異世界でカボチャプリン』登場人物の中でも出色の異常性癖を持つ少年、レックスの冒険譚です。


世界観は共通、一話目は『異世界でカボチャプリン』本編では、ブリスト南迷宮で塔の内装工事をしている頃、十月二十三日から始まります。


※なお、作中の時点では、『黒魔女』の呼び名は定着していません。ので、『魔女』と呼ばれています。


【王国暦122年10月23日】

【帝国暦319年10月23日】


「やっと見えてきたわね。ついに来たわ……あれがポートマット……」

 長い金髪を背中で緩くまとめている、ややポッチャリした少女が、ウンザリしたように呟いた。


 船内で座って待っていればいいものを、わざわざ揺れの激しい甲板に出て風を受けて、そのせいで体は冷え切っている。

 一応防寒着らしき羊毛の上着は着ているものの、少女の服装は薄着と言っていい。綿のチュニックに綿のズボンと着古した感じがする。それなのに、履いているブーツは新しく、全体の印象はチグハグだ。


 少女の視線の先には陸地がある。

 大陸から乗ってきた魔導船――――()()で風を起こして帆に受けて航行する船――――は中型で、少女が想像していたほどの揺れは感じなかった。それでも、初めて船に乗った少女からすれば、足元が馬車とは違った揺れ方をするのは大いに恐怖で、ついでに気分も悪くなり、船員に、甲板に出て風に当たってみてはどうか、と勧められて、寒空の下に出てきたというわけだ。

 朝に出航して、まだ太陽は昇りきっていない。午前中の風は冷たかった。


「はい。………長旅、お疲れ様でした」


 少女の隣にいた女性が、表情を見せずに応えた。カーンの港から船に乗ったのは三刻前。甲板に出たのが一刻前。そこだけを切り取れば長旅でも何でもない。しかし少女と女性が大陸の内陸部にある帝都を出たのは六日ほど前のことで、普段あまり外出をしない少女からすれば十分に長旅と言えた。

 帝国屈指の貿易港であるカーンの港まで街道を馬車で走って三日、そこで渡航準備を整え、帝国から正式に渡航許可が出るまで二日。乗せてもらえる船を探し、交渉して一日。慣れない交渉事は、女性から気力を奪っていた。

 というのも、女性の本職は近衛騎士で、普段は、王城の警備を生業としているから。無論、少女の護衛に就いたこともあるが、これほど長時間、二人だけで過ごしたのは初めての経験だった。


 少女――――リーゼロッテ・マーガレーテ・フォン・プロセア――――は栄えあるプロセア帝国の第五王女だ。

 女性――――ララ・アニカ・アッヘンバッハ――――は、不機嫌そうに陸地を睨むリーゼロッテをボンヤリ目で追って、内心で毒づいた。従者なら他に適任者がゴロゴロいただろうに、何故自分が選ばれたのか、と。

 王女殿下が旅行をするというのに、変装してのお忍び、それも従者はララ一人だけ、という状況には理由がある。


 半年ほど前――――春頃に、プロセア帝国は多数の船を出して、今向かっている港のある街、ポートマットに攻め入ったのだ。

 ポートマットは大陸から見れば西にある島国、グリテン王国の南端にある。規模で言えばカーンの港に匹敵するし、グリテン王国内部でも第三の都市。グリテン島内を占領する橋頭堡として選ばれた。


 帝国軍に動員されたのは二千人とも三千人とも言われている。圧倒的な勝利が約束されていただろう、その戦いは――――想像だにしない、プロセア帝国軍の惨敗だった。


 圧倒的多数に加えて奇襲でもあり、プロセア軍には『勇者』ヤマグチも、『英雄』ヴィンフリートもいたというのに。

 その勇者は惨殺されたという。

 そして英雄は多額の補償金と引き替えに帝国に帰還しているが、まるで腑抜けになってしまった。

 敬愛する(ヴィンフリート)に何があったのか。リーゼロッテはそれが知りたかった。


 しかし王女の入国など拒否されることは明白で、仮に入国が受諾されたとしても、通常の体制で護衛することはグリテン王国に騎士団を再度入国させることになり、これも拒否されるどころか、戦争が再燃しかねない。


 リーゼロッテがグリテン王国、いやポートマットを視察したい、と申し出た時、ヴィンフリートも、その上の兄であるオルトヴィーンも、血相を変えてリーゼロッテを罵倒し、視察を思い止まるように懇願し、最後には泣き叫んだ。


 あの優しく強かった兄たちの変貌ぶりを見て、リーゼロッテはますます、兄たちを変えてしまった原因を知りたくなった。そこでリーゼロッテは長兄であるフリードリヒに話を持って行く。政敵である下の弟二人の脱落を見て余裕があった長兄が渡航を承認すると、ヴィンフリート、オルトヴィーンは烈火の如く怒り、泣き叫び、『これ以上()を刺激しないでくれ』と懇願した。さすがの長兄もただごとではない、と悟り、話が進んでいた渡航の件との折衷案として――――。


()が不在では、原因など掴めないというのに……」

 リーゼロッテの無防備な呟きに、ララは思わず周囲を伺ってしまう。

「いいえ姫様、皇子殿下も姫様の安全を考えられてのこと。どうか心中をお察し下さいますようお願い申し上げます」

 周囲に誰もいないことを確認してから、ララは謙った、普段の調子で窘めた。

「とは言ってもねぇ……。ララ、貴女、その口調は改めなさい」

 (アンタ)が無防備に思ったことを口に出したからでしょうが、と反論したくなったララだけれども、グッと我慢して無表情を作る。この姫に限ったことではないが、護衛任務はイライラ(ストレス)との戦いでもある。


「わかりました、()()()

「よくってよ。それにしたって潮風で顔がベトベトだわ。海というものは本当に厄介な代物なのだわ」

 気分が悪いから潮風に当たろうと甲板に来たというのに、何を言ってるんだ、この姫は。ララは胃がきゅ~んと締め付けられる感覚を味わい、船酔いなどしていないのに嘔吐しそうになる。

 他にも適任者は何人もいたはずだ。だというのに何故自分が従者などに選ばれたのか? それは選定した人間の全員が拒否したから。では、何故拒否したのか? という問いには誰も答えてくれなかった。

 恐らくは、消去法の果てが自分であるのだろう、とララは諦観一杯に推測する。


 リーゼロッテが呟いたように、奴――――冒険者ギルドの二つ名では『ポートマットの魔女』というらしい――――はポートマットに不在であるという情報が入ってきた。だからこそ、急に渡航許可が出たのだ。本来なら十日以上は待たされたところなので、これは僥倖というよりは肩透かしというものだ。

 グリテンで『魔女』と言えば、ブリスト騎士団のイーストン・ウェンライトのこと。大陸にも勇名が伝わるほど、稀代の魔術師だというウェンライトをさしおいて『魔女』の二つ名とは。実力者であるのは間違いないとしても、それだけで、あのヴィンフリートやオルトヴィーンが腑抜けになるだろうか。

 リーゼロッテではないけれども、ララにも、自分で見て確かめてみたいとの欲求が沸き上がる。

 結局、ララ自身も、『魔女』とポートマットの街に興味があるのだ。その辺りを見透かされての人選だということを、本人は知らなかった。


 三人の船員が甲板に出てくる。

 帆に受ける風を調整して、減速をするためだ。こういった低難易度の風系魔法は、操船技術の一環として習得を義務づけられている。


 魔力を消費して魔法を使う――――ことは、この世界では剣を振る程度にはありふれたことで、ララでさえ水系と火系の『入門用魔法』は使える。ただ、ララがそうであるように、一般の人が持っている魔力量はそれほど多くはなく、乱発できる人間が『魔術師』などと呼ばれて重宝されていくわけだ。

 騎士団の内部では魔法による攻撃を卑怯だ、と揶揄、忌避する輩もいるけれども、その辺りの認識は大きく変えなければならないだろう。

 プロセア軍を一人で壊滅に追い込んだという『魔女』によって。


 今回のお忍び視察では、別に『魔女』の何かを調べてこいと言われたわけではない。調査であれば、それこそ専門の諜報員のチームが派遣されることだろう。

 そうではないということは、つまり、リーゼロッテが行くこと自体に意味があるということだ。皇族として、肌で()()を感じてこい、ということだ。


 船足が遅くなる。

 リーゼロッテは陸地が近づいて興奮している。

 入港するまでには陸地が見えてから時間がかかることを、ララは経験上知っていた。

「お嬢様、一度中に入りましょう」

「…………そうね、寒いわ」

 本当は甲板で作業をする船員たちの邪魔になるから。さすがに不敬にあたるような事は言えないし、リーゼロッテが勘違いしているようだから、ララはそのまま通すことにした。

 主人であるリーゼロッテはスタスタと船内に入ってしまい、従者であるララは慌てて後を追った。


* * *


 魔導船が船着き場に到着し、船体と、港にある船止め(ビット)に太いロープが結ばれて固定されると、リーゼロッテとララに向けて、船員が声を掛けた。

「お疲れさん、もう降りていいぞ。お嬢ちゃんたちは入国管理所が先かな?」

「ありがとうございます。お疲れ様でした。そうですね、入国許可を得なければなりませんから」

 ララはぎこちなく合掌してお辞儀をした。

「ああ、そうかい。ポートマットへようこそ。ってな」

 ニカッと船員は気の良い笑顔と白い歯を見せた。

「ありがとうございます」

 リーゼロッテも、同じようにぎこちなく合掌して、お辞儀をした。


 この合掌とお辞儀は、聖教徒なら自然にできるのだろう。

 大陸では新教徒が多く聖教徒は少数派で、地域によっては迫害もされていると聞く。元々は一つの宗教だったはずなのに、解釈の違いが派閥を生み、諍いを生んでいる。建前としてはどちらの宗教にも差別などないと謳っているのに、実際には町中、国中に差別なんて溢れている。


「魚臭くはないのね」

「漁港ではありませんからね」

 船が横付けされた桟橋は荷下ろし港の()()だという。あちこちで船から荷下ろしをしていて、掛け声が響く。実に賑やかな港じゃないか、とララは感心してしまう。

 ただ、この港が他の港と違うのは、そういう賑やかな光景ではない。

「大きいわね」

「ええ、ここから見ても大きいですね」

 巨人像が二体、この港の番をするように立っているのが見える。

 この巨人は、実際に動き出して、文字通りにポートマットの港を守護し、プロセア軍を撃退したのだという。遠目には、それが動くものだとは、とても信じられなかった。


 船からハシゴを使って桟橋に降り、左手にある入国管理所へ向かう。幸いにも上陸、入国する人は多く、乗客のほとんど―――二十人ほど―――がゾロゾロと歩き出したので、リーゼロッテとララは人の流れに乗ることにした。


 入国管理所は海風に晒された印象のある古びた石造りで二階建て。その一階では入国許可を求める大陸からの渡航者で溢れていた。

 それでも長時間待たされることはなく、すぐにリーゼロッテとララは受付カウンターに呼ばれた。

 備え付けの椅子に座るように促され、リーゼロッテとララは従いつつ、必要な書類を提出した。


「リーゼ・ポーザーさん。ララ・アイグナーさん。渡航目的は商談ですね。逗留先は決まっていますか?」

 二人が提出した書類を見ながら、鷲鼻で浅黒い皮膚の男がカウンター越しに訊いてくる。東方の国に住んでいる種族のはずなのに、グリテンでどうして働いているのか。

「…………インディアの人間が珍しいですか?」

 浅黒い男はリーゼロッテとララの視線に気付いて、フッと笑みを漏らした。

「いえ、その……」

「グリテンに行けば仕事が山ほどありますからね。出稼ぎ……というのとも違いますね……。もう、私はこの島に骨を埋める気でいますよ」

「それほどまでに暮らしやすいですか?」

 治世が上手く行っているということか。皇族として、他国を羨む気持ちはあった。何かしらの参考になるかもしれないと思い、思わずリーゼロッテは続けて質問してしまう。

「大陸にあったような差別が殆どありませんからね……。宗教の違いにも寛容ですし、食べ物は豊富で美味しい。活気に溢れていて……毎日何かが起こりますよ」

 外から来て住み着いた人間からの最大級の賛辞。リーゼロッテには、それがプロセア帝国への抗議に聞こえる。

「まあ……ポートマットだけかもしれませんけどね。ああ、後がつかえているので手早くいきましょう。逗留先は決まっていますか?」

 決まっていない、というと、浅黒い職員は、事務的に入国許可証にハンコを押した。

「仮の入国許可になります。本日より二日間の期限付きになります。それ以上の滞在につきましては、逗留先を決定の上、書類に記入をして、再度こちらの事務局にお越し下さい」

「案外細かいですね?」

 揶揄するようにララが言うと、浅黒い職員はまたフッと笑って、

「大陸は密入国しようと思えば、簡単に出来る距離ですからね。ああ、騎士団から尋問を受けた時に、その入国許可証をお持ちでないと、牢屋に一泊、引き取り手が無い場合はそのまま簡易裁判で罪人に落とされますので」

 と、事務的な口調で脅した。

「気をつけます」

 リーゼロッテとララは、仮の入国許可証を受け取って事務局の建物を出た。

 この入国許可証に書かれた名前は、当然ながら偽名だ。特に怪しまれなかったのは、プロセア側で発行した渡航許可証が紛れもなく本物だからだ。とはいえ、ここは()()。油断があってはいけない。


「さ、お嬢様。まずは逗留先を決めましょうか」

「そうねぇ……でも、少し歩いてみたいわ」

 野宿でもしたいんですか、と言いそうになるのを堪えて、ララは窘めるように言う。

「先に宿を決めませんと。動くに動けませんよ?」

 リーゼロッテの視線は巨人に注がれているようだ。

「あの巨人の足元に行ってみたいわ」

「お嬢様…………」

 リーゼロッテは一度決めると絶対に自分の意見を曲げないことをララは知っている。頑固なのではなく、わがままが通る環境にいたから、それが当然だと思っているのだ。ここは帝国の王城の中などではないのに。ララはリーゼロッテの認識の欠如に目眩がした。

「お嬢様―――――」

 再度説得をしようと思った時に、後ろから声を掛けられた。


「お姉さん方、お困りですか?」

 後ろを振り向くと、プクッと丸い印象の、愛嬌のある顔立ちをした少年が立っていた。

「君は――――?」

 ニコニコニコっ、と輝くような笑顔で、少年はリーゼロッテとララを見つめて、首を傾げた。

 ララは、この、決して美形ではない少年を見て、何故か胸が高鳴るのを感じた。


「ああ、ボクは、レックス・テルミーと言います」





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