あの人は今
「というわけなんだ」
話はここからだと言わんばかりに男の顔がこちらを向く
通りすがりの冒険者で、サンチさんというそうだ
あらいやだ、あたしってそんな魅力的かしら、ああ、いい女って罪作りなのね
「若い女が取りあえずお前だけだからじゃよ?(勘違いすんなよ?)」
ちょっ、門番のおじさん、地の文はあたしの脳内よ、なのに何で解るのよ、しかも副音声つきで貶された!
「嬢ちゃんが何を考えてるかなんぞ」
キモい、門番のおじさんがキモい!
「顔に全部出てたわい」
「え!?ウソ!」
「盛り上がってるところ悪いけど話を進めていいかな?」
あわわわ、いけない、話の途中だった
「結局は見失ったのさ、まるで掻き消すようにいなくなったんだ…彼は何者なんだ?」
「「知らない」」
「早いな、おい」
「そもそもあいつは喋りが不味いし、言葉も少ないし、自分のことになると貝になるしのう」
「あたし、助けてもらったけど、話なんかしてもらえなかったわ、全然よ」
「そ、そうか、そりゃ残念だな?そうなると謎の人ってところか?」
「数年前あいつはこの町にフラッと現れた、身元がはっきりしないし引き受け人もいないことからすぐに追い出されたんじゃが、何故か町の住人を恨んではいないようなんじゃ」
「それが不思議なのよね、あたしだったら仕返しするかも、いえ、絶対やるわね」
「「…」」
「な、何よ、ちょっとした冗談よ冗談だって!」
「…それどころか、あいつは度々町の住人の窮地を救ってる、この嬢ちゃんもその口じゃよ、なあ?」
「うん、それは本当よ?見たこともない変な服を着てたからもしやと思ったんだけど、私も獣に襲われた所を助けてもらったの、凄かったんだから~、こうブチュッと」
「「ブチュッと?」」
「一撃で熊を潰したのよ」
「「マジか」」
「信じられないわよね?でも本当よ」
「嬢ちゃんがそこまで言うんだ、儂は信用するぞ」
「ますます彼について知りたくなった、彼の家に行きたいんだが」
「行ってどうする?パーティ申請でもするのかね?」
「それもある」
「だったらあたしも行くわ、もう一度しっかりあの人の目を見て御礼が言いたいの」
「お前さんたち見苦しいまでに自分の都合全開じゃのう、あいつの自宅がどこかも解っとらんのにいい気なもんじゃて」
「そ、それもそうだな、どうしたものか」
「そうだ閃いた!森で獣に襲われたふりをして助けてもらうのよ、どう?名案じゃない?」
「たしかに迷案じゃな、あいつが通りかからなかったら、どうするんじゃ?いつまで一人芝居を続ければいい?」
「う」
「まあここはだな、慌てず騒がず奴が町の門に現れるのを待てばよかろう?」
「何よそれ、いつ来るのかさっぱり分からないじゃない!おじさんのだって迷案じゃない!」
「さっきの話を根に持っておるのう」
「あら、そんなことあるわけないじゃないの、いやねぇ」
「仲いいのなアンタら」
「この町って狭いでしょ?住人なんて全員お隣さんみたいなもんなの、それがいいって人もいるけど、何でもかんでも知られてるのはツラいわね~」
「何もない町じゃからのう、おしゃべりするのも娯楽なんじゃよ、特にゴシップなんぞ大人気ジャンルじゃよ?」
「…俺はここには住み着かないぞ!絶対にだ!」
「それにしても彼の家は何処かしら?町の近くなのかしら?」
「そんなの知るかい、だがまあ町の住人が出くわしてる間隔が一週間以内だから、近くと言えないこともないか、ここから一番近い街まで徒歩だと10日かかるからな、あいつを荷馬車に乗せた人間がいないのは聞き取りから判明しとる」
「なにさ、そんなことも調べてたの?」
「完全に害がないと判るまで用心しろとお達しがあってのう、町の住人が何人も救われていることだし、もう取り止めになっておるがな」
「え、ということはもう彼は町の人たちに受け入れられてる、つまり町に入っても追い出されないってことでいいのかな?」
「儂はいいぞ?」
「あたしの命の恩人様よ?モチロンOKよ!」
「町の上層部の心証はどうなんだい?」
「おじさん、そこんとこどう?」
「そうさのう、悪くないと思うぞ、みんな家族を窮地から救ってもらっとる、悪いわけがないわ」
「それを彼に伝えることができれば繋がりを持てるかもしれないな、ああ、彼に会うことができればなあ」
「そうさのう」
「今ごろどうしてるかしらね、あの人」
あたしは恩人たるあの人の面影をまぶたに浮かべようとしたが叶わなかった
だって全然顔が見えなかったんだもの
よーし次にあったら顔を見てやるわ、うん