鍛冶師さんは迷宮で眠る。
よろしくお願いします!
短剣を深く押し込むも、ゴブリンからの抵抗は無い。
それに気が付いたのは左手首に感じるものが、熱から痛みに変わる頃だった。
短剣を消し、辺りを見回す。
やはり、有るのは丈の短い草ばかり。安全だ。大丈夫。
左手首に目をやると、どす黒く、腫れ上がっていた。段々と痛みを増していく、左手首に限っての事ではなかった。身体中だ。身体中が痛い。少しでも動かそうとするならば、軋むような痛みが身体を走った。
動くかどうか、確かめてみる。
左手首。僅かではあるが、動いた。同時に激痛。
折れているのだろうか...?分からない。
打ち根に手を伸ばしかけたが、止めた。
関節が外れているか、骨が折れているか、そのどちらにせよ、まず処置が必要だ。
なるべく自然な状態に。つまり、折れ曲がっている手首を元の方向に直さなくては。
光魔法も万能ではない。
治癒の際に、歪みが生じることもあると聞いた。それをなるべく、防ぐためには...
一思いに手首を捻った。
淡い痛みが、また沸騰するかのような熱に変わり、ジンジンと脈打つ痛みが手首を打つ。
痛い、痛い、痛い、痛ってええええ!!
奥歯を噛み締める。何だ。何なんだよ畜生!痛い痛い痛い。盾術、使ってただろうが!!
すがるように打ち根に手を掛ける。
段々と、段々と全身の痛みが引いていく。痛々しい手首の変色も、それに伴い消えていった。
俺は盾術スキルを使っていた。
それは確かだ。盾術スキルLV1「堅牢」。初歩の初歩だが、使い勝手は良いし、有るのと無いのとじゃあ豪い違いだ。耐えきれない攻撃も、耐えきることができる。そういう技。だが、あっけなく破られた。
圧倒的破壊力だった。
ゴブリンの力を逸脱している。気づいた時には盾は手元になかった。
スキル、やはり、スキルだ。
ナイフをゴブリンの胸にあてがい、切り開く。
腕を差し込み、取り出した。
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怪腕の魔石
ゴブリン上位種の魔石。
怪腕スキルLV4
「怪腕」腕力を大幅に強化する。
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「怪腕」か...
聞いたことはある。そう珍しいスキルでもない。
店にいたころは興味本位で冒険者にスキルを聞いていた。快く答えてくれる人もいた。その中に、この持ち主は複数いた。
スキル。それも、あまり珍しくもない、ただ一つのスキル。
それだけで十分な脅威となり得る。
次はもっと、もっと、気を張らなければ。
手首どころの話じゃ済まない。
...はあ。
帰りてえ。帰るためには、進むしかない。
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少し歩いては、索敵。
首にぶら下げたゴーグルを手に取る。
手慣れた作業。何回目だ?
ゴーグルのガラス越しに草原は何倍にも拡大される。「観察眼」の効果だ。
遠くにまた、ゴブリンが見えた。また。さらに拡大。細部まで見る。いい加減、ゴブリン見飽きた。
当たり前だがゴブリン。スキルもち。強化系統ではない...魔法。おそらく魔法だ。あいつのスキル。
分かるのはそのくらいだった。十分。それがわかるだけでも凄い。有り難い。「観察眼」便利。
だが、何の魔法を使うかは分からなかった。情報を得るのは直観に近い。魔法の情報は直観に引っかからなかった。
それより。
魔法だよ、魔法。
すげえっていうか、興奮する。詠唱、攻撃。かっこいいじゃないか。それが俺の力になると思うと...たまらん。
やっと来たか。待ってた。うん、待ってたよ。
確率が低いのか?何十匹ともう殺したが、初めてだ、魔法は。
火魔法だろうか、水魔法だろうか、それとも...
早く、早く欲しい。
足取りが軽くなる。
魔法はやはり、遠距離攻撃だ。
魔法を使うには詠唱が必要。バーンの光魔法を実際に受けて分かったが、かなりの隙がある。接近戦に持ち込めば、有利。
両手盾を出した。
俺の身体全体をすっぽりと覆うような大きさの盾を。
魔法相手に弓で張り合う必要もない。上手く当たるかは分からないし。
鉄製の両手盾。ずっしりと重い。
試しに構えてみる。目線の位置に、切れ込み。視界も悪くない。
行けるか?行くか。
「盾特攻」
盾術スキルLV4。この両手盾でも満足に使えた。
下半身に力が入る。血が巡る。
盾を構えながら走り出した。
地面に足がめり込むような感覚だ。次第に加速する。奴に向けて走り込む。
大丈夫だ、破れない。そう思った。絶対に防げる、ぶちのめせる。確信が芽生えた。これもスキルの効果なのかも。
...、奴もこちらに気づいた。
俺を見つけた時にゴブリンがする行動は二つ。
奇声を上げて突進してくる。奇声を上げ、棍棒を構え威嚇。これだけ。だが、こいつは違った。
地面と水平に、こちらに突き出すように棍棒をそっと向ける。
何か呟いているようで口元が動いているが、聞き取れない。
(詠唱...?一旦止まるか...?)
...いや、突き進め。
何が来ようと耐えて見せる。それに、詠唱が終わる前に接近できればいい話だ。
そうだ。近づけ。より一層足に力を籠める。覗き穴から前を見た。
それは突如出現した。ゴブリンの、俺の目の前に。
宙に浮いている。重力を無視し、状態を保っている。段々大きくなる。いや、近づいてきている...!?
重い衝撃が幾つも伝わってきた。
だが、盾は止まらない。突っ込む。突っ込め。
勢いのまま突っ込み、盾をぶつけた。
魔法の追撃はない。詠唱の隙は与えなかった。
ゴブリンは蹲っている。大盾を消した。
(油断するな...急げ)
短剣を出す。
ゴブリンの背後は隙だらけだった。「急所付き」で首を突く。貫いた。もう、言葉は発せない。
手元を捻り、さらに傷口を広げる。
暫く暴れていたが、糸が切れたかのように動かなくなった。
短剣を消し、防具の汚れを落とす。
魔法を手に入れたという高揚感が沸き上がった...が、しかし。
あれは、もしかして。
まだ温かいゴブリンの死骸を切り開き、手を突っ込む。
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土石魔法の魔石
ゴブリン亜種の魔石。
土石魔法スキルLV2
「土石魔法」土石を生み出し、操る。
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やっぱり。
さっき、盾にぶつかったのは「石つぶて」だな。土石魔法LV1の。
一瞬だったが見えた。拳大の石が、飛来してきていた。
火魔法でも、水魔法でもなかったか...まあ、いいさ。魔法が手に入ったのだから。
落ち込むことは無い。よく考えずとも、強いじゃないか。
何もないところから石を生み出し、飛ばす。
さほど大きな石ではないとは言えども、十分な脅威だ。頭に当たればただじゃ済まない。そうでなくても当たり所が悪ければ死ぬ。これでLV1の技なのだ。魔法はなんと強いのか。
少し考えて、辺りをゴーグルで見回した。
もう、森まであと少しの距離まで来ている。かなり歩いた。かなり殺した。少し、かなり疲れた。
天井の太陽代わりは相変わらず輝いている。少しも弱まらない。
時間感覚が狂いそうだが、きっともう、夜だ。あれは消えることはないのか?
落ちたのが昼過ぎで...結構な時間歩いて、探して、殺してをしてたのか。結局、帰り道は見つからなかった。水も、食料も、見つからなかった。
...だが、今日はもうお終いだ。いろいろあった。疲れを取りたい。
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...さて、寝床はどうしよう。
普通ならどうするんだろうなあ。迷宮で休む時は。踏破に年単位でかかる迷宮もあると聞く、迷宮での野営は冒険者の基本だ。
簡易寝具等を持ち運んで、野営地を作り、見張りを立てる。
普通はこうだろうか。
俺には用意など何もないし、一人だ。
いや、用意ならあるか...スキルが。
(鍛冶で家を建てる...?)
厳しいか?
無理かも。「鍛冶」は大いに使えるが、万能ではない。
造れるものにも限りがある。
造り方が分かるものじゃなきゃ造れない。
俺は頭に工程を思い浮かべながら「鍛冶」を使っている。そうでなければ、質は残念なものになる、か造ることさえできない。今まで使っていた経験上。
咄嗟に造る武具は質が低いものだ。
まず原型を生み出し、「鍛冶」で加工を繰り返す。そうすることで質が上がる。
凝った造詣のものや限度を超えて大きなものは一度では造れない。
造るものの情報が、頭の処理を上回れば駄目。
天幕を作ろうとするならば、骨組み一つ一つを作らなければ。
それらは使い捨てだ。武具以外は俺のスキルでは収納できない。
(いや...)
天幕を建てたとして、誰が周りを見てくれるんだ?
見張りなんか、いやしない。こんなだだっ広い場所に、魔物がうろついている場所に、一人で寝ても大丈夫か?
無論、大丈夫なわけがない。
穴でも掘るか?穴の中、土の下なら誰にも見つからない。
そうだ、土の下...
念じると、右手に硬い感触が生まれた。
目利きによると、土石を操る、土石魔法の魔石だ。
短剣を「武具倉庫」から出す。
重ね合わせるようにして、「武具魔石強化」、「鍛冶」を使った。
一瞬の光の後、出来た。
柄に魔石が埋め込まれた短剣が。
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土の魔短剣
質:上
素材:鋼、なめし皮、獣骨、土石魔法の魔石
刃渡りの短い短剣。手持ちになめし皮が縫い込まれている。柄の底に魔石が嵌め込まれている。
土石を生み出し、操る。
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(...)
刃先から小石交じりの土が溢れ出す。
驚きは無い。俺がそう念じたのだから。詠唱せずとも出来た。光の打ち根と使い方は同じみたいだ。
次に、地面に突き刺した。
手前の地面が揺れる。揺れて、穴が開く。見る見るうちに広がっていく。
十分な広さが取れたことを確認すると、また辺りを索敵し、穴へと入った。
二、三日以内に第十部分の前に小さな話を挟みます。
読まなくても支障はありません。