鍛冶師さんは苦戦する。
三話目。
ぎこちなく腕を動かし、打ち根に手を触れた。
念じると同時に、光が体を包む。じんわりと、身体がほぐれていく。
身体を起こそうと、手を着くと、仄かに湿っており、そして柔らかかった。草だ。湿った草。草の感触。
見回すと辺りは草原。にわかに信じられなかった。さっきまで、岩に囲まれていた...今は?
振り返ると、もう扉は無かった。
跡形もなく、消えていたのだ。後ろにも、果てしない草原が広がっている。他に、何もないし、何もいなかった。
丈の短い草だけだ、ここにあるのは...
(此処は、迷宮...なんだよな?)
...想像していたのと、違うなあ。
もっと、迷宮らしくしてると思っていた。例えば...遺跡の様な出で立ちだったりとか。
何処を目指せばいいのだろうか?
迷宮と名が付く限り、出口が存在するはずだ。踏破する気も、出来る気もないが、出口へと向かうのが帰り道への近道だろう。
真正面側、つまり扉から出てきた方向には、草原、奥には森、山も見えた。
光に照らし出され、鮮やかな緑。
...光?
そう、光だ。地下だというのに、またしても光があった。岩の天井。それに特大の、まるで太陽のような石が嵌っていて、光り輝いている。その光のお蔭で、真昼のような明るさだ。
深い森に覆われた山。
後ろには何もないのだから、取り敢えず、あそこを目指すべき、なのだろうか?
ゴーグルで辺りを見渡す。
(普通にゴブリンうろついてんな)
そう。普通にいる。俺が見つかる範囲にはいないが、ばらばらに辺りをうろついている。
やはり、迷宮か。奴らはきっと亜種なのだろう。
少し、尻込みしたが、此処でもたついても居られない。兎に角、前に進まないと。
盾を造る。少し、時間をかけて。まともな盾は壊れてしまったのだから。
手斧を出し、盾と一緒に構える。
兎に角、見渡しが良いのだから前に進もうとする限り、ゴブリンとの接触は避けられない。
少し歩くと、ゴブリンがうなりをあげて向かってきた。
辺りを見回す。他に、ゴブリンはいない。引き寄せてもいない。
一匹ならやれるはずだ。
たとえ、スキルもちでも。所詮、ゴブリンだし。甘く見ている訳じゃないけど。
盾を前へ、突き出すように構える。
「堅牢」を使った。盾術。最近はあまり、使ってなかったけど...
肉の塊の衝撃が、手元に伝わる。生身の突進。
重い。だが、受け止められないことは無い。
素早く体制を立て直し、「盾払い」でゴブリンを突き放す。
よろけたゴブリンの隙を見逃さず、首筋へ「ぶつ切り」。確かな手ごたえの後、勢いよく血が噴き出す。
ゴブリンはこと切れ、倒れた。
辺りを見渡す。他のゴブリンはいない。大丈夫。一匹ならやれる。大丈夫だ。
複数の敵に囲まれることだけが心配だ。
仰向けに倒れたゴブリンを、足で転がし、上を向かせる。
ナイフで胸を裂いた。もう、大体の位置は分かってる。大体把握した。
硬い感触。やはり、有ったか。こいつも亜種なのだ。
鑑定。「魔石目利き」
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遠目の魔石
ゴブリン亜種の魔石。
「遠目」視力を大幅に強化する、強化系統スキル
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良いね。魔石。スキルだ。俺のもの。
それがそこらを歩いているのだ。
魔石を取り終えると、ゴブリンは土に吸い込まれるようにして消えた。
不思議なことではない、迷宮なのだから。
生臭い血の匂いで奴らを誘き寄せることもない。
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草原は果てしなく、幾ら歩けど森に近づいている様には見えない。
本当に進んでいるのか?そんな気さえしてくる。もしかしたらちっとも進んでいないのかも。迷宮の仕掛けとか。
遥か前方にゴブリンの姿を捉えた。
後数分も歩けば接敵するだろう。これで、七体目か。
解体と戦闘も合わせて、もう一時間ぐらい。中々の頻度でゴブリンと鉢合わせる。
抜け道とやらはどこにあるのだろうか?
一時間たっても、この進み具合だ。消耗する前に帰り着けるだろうか...
落ちてきたのは昼頃。今は何時だ?思えば、朝から休憩もとってない。
そう考えると急に喉が渇きだした。だが、持ち合わせてはいない。水は遥か上に置いてきた。食糧もだ。
今は、まだ大丈夫。
身体は問題なく動くし、頭は冴えている。だがこのまま連戦が続くとどうだろうか。休憩を取るにも、その間見張りを務める仲間がいるわけではない。
...迷宮なんて一人で潜るもんじゃないんだ。
一人一人に役割を振って、協力。そう、協力が大事。
なのに俺は一人だ。
荷物持ちも、回復も、盾も、攻撃も、索敵も...一人でやらなくてはならない。
魔石次第では、可能なことだが...採れたての物は屑ばっかだった。
遠目、索敵、見切り、俊敏、盾術、遠目。
全て試したが、駄目。
今一番欲しいのは、魔法だ。
水魔法。これが一番。これさえくれば最悪の場合、つまりゴブリンの生き血を啜るとか、そんな最低な妄想をする必要はなくなる。
後、火魔法。
焼いて、食うのだ。何を?魔物を。
一般には魔物の肉は避けられているが、冒険者の中ではそう珍しい話でもないらしい。迷宮で手に入る、一番新鮮な食料だ。
歩き続ける。願わくば、あいつが水魔法持ちでありますように。
見つかるか、見つからないか、そのギリギリで足を止める。
弓を取り出した。
奴らは得体のしれない力を持っている。なるべくなら、近づかずに倒したい。
片膝を立て、息を整える。
弓術スキル「精神統一」を終えると、深く息を吐き出した。
矢を引き絞り、撃つ。「強撃」の力で打ち出された矢は真っ直ぐ飛んでいき...ゴブリンを通り過ぎた。
(あっちゃあ...)
切り替えろ、切り替えろ。
そんなに珍しいことじゃない。弓で勝負が決まることは滅多にない。それもこんな遠距離では。俺の腕じゃあこれが限界だ。
弓を消し、両手にはいつもの。盾と、手斧を握る。
「グバラッシャアアアァッッ!!」
ゴブリンの雄たけびが頭に響いた。
少し、身がすくむ。怯えるな、初撃を抑え込め。
無意味に手にぶら下げていた棍棒を、俺の数歩前でゴブリンは真横に振りかぶった。
横殴りの攻撃。盾を構える。
(...?)
盾が消えた?
いや、違う。そうじゃない。弾き飛ばされた...?
衝撃が手元を貫く。
思わず目をやると、左手首は有り得ない方向に折れ曲がっていた。動かない。感触も無い。只々熱い。
...は?盾が、盾術が...?
次の瞬間には横っ腹に一撃を食らっていた。
皮鎧など意味もなさない。強制的に息が吐き出される。吐き気がした。腹の中身を掻き乱されたみたいだ。
折れ曲がったままの左手を地面に突き出す。
立とうと思った。立って、逃げなくちゃ。だが、それも叶わない。
突き出した左手は体を支えることは無く、グニャっと曲がった。
クソが。
咄嗟に、手斧を消した。代わりに大きな盾を、俺を覆うように出す。
...衝撃。
「グアッア!グアアアア!!」
叫び声と呼応するかのように、ゴブリンは棍棒を振るう。
その衝撃を、身体全体で受け止める。
不意に、盾が取り払われた。
ゴブリンが、またも盾を棍棒で吹っ飛ばしたのだ。
下から、振り上げるようにして...
棍棒は浮いていた。一瞬の隙。
右手を振り上げる。一気に距離を詰め、ゴブリンの下顎に短剣を突き刺した。
その勢いのまま、馬乗りになる。
短剣をさらに押し込み、捻った。漏れるような息と一緒に、大量の血が噴き出す。
ゴブリンの足が、左手が、棍棒が、身体にガツガツと当たっている。
さらに短剣に力を込めた。
今後もちまちま上げていきます。