鍛冶師さんは瀕死の冒険者と出会う。
森を少し進んだところ、狭間の峡谷の付近へと来ていた。
勿論、ダンがいないことは確認済みだ。
奴は大体昼頃から依頼に出向き、一時間足らずで終わらせてしまう。
そして、帰ってきて酒を飲む。
数日間決まった動きをしているし、実際今日もそうだった。
いい加減、この状態も疲れてきたな...
何が悲しくておっさんの私生活を観察しなければならないのか。
もう、ほかのギルドに移ってしまうか?
俺は、もうゴブリン、いや、オークぐらいなら余裕で倒せる。
わざわざここに留まる必要もないのだ。
...うん。
そうしよう。何だ、簡単じゃないか。ダンの目を気にすることもなくなる。
その前に、特攻猪の魔石が使えるかどうかだけ確かめよう。
もし、うまく使えたなら「自爆」は強力な武具となるだろう。
ここを出る前に、ダンに復讐もできるかも知れない。
身体を吹き飛ばしたりとかな...良し!
取り敢えず、未知の敵だ。
遠くから観察する。そのために、ゴーグルを掛けた。
でこぼこの地形。峡谷の辺りの石の地面は穴だらけだった。
これは、特攻猪によるものなのだろうか?
だとしたら、ヤバいな...
(爆発するところ、見てみたいな)
俺の近く以外でだが。
何処か、戦っている奴はいないか...ゴーグルで探す。
丁度、若い男女の三人組が目に入る。
盾を持った男。剣一人。杖一人だ。
あいつら、特攻猪狙いだよなあ...爆発しないかなあ。
ここから、見せてもらうことにするか。
しばらく見ていると、一匹の特攻猪と出会う。
奴らは群れを作らないのだろうか。
暫く間合いをはかっていた両者だが、先に動いたのは盾持ちの男だった。
「っガアアアアアアアアアアアアアア!!!」
こちらまで聞こえてくる怒号。
恐らく、盾術スキル「挑発」だ。人間相手には効果は薄いが、魔物相手だと十分に注意を引くことができる。
そして、後ろ脚で土を何度か蹴り、特攻猪は加速を始める。
...思っていたより数段早い。大丈夫か?盾持ち。
俺の心配とは裏腹に男はしっかりと攻撃を受け止めて見せた。
俺が、まともにやったら死んでるな。やはり、強化系スキルを持っているのだろう。
そこに剣での攻撃が入る。
頭を一突き、爆発はしない...残念。
やはり、ああいうやり方が安全なんだな。
爆発、見たかったんだけどなあ...
まだ、こいつらがいなくなるまで時間あるし、見てるか。
大喜びで三人は解体を始めた。
あれが、受付嬢さんの言っていた「輩」だろうか。
若いほど、自分の力を示したくなるものだ。魔石目当てだろう。
彼らは、一匹ではやめないようだ。
また辺りを歩き出した。
そして、今度は大きめの特攻猪に出会う。
「グアアアアアアアアアアア!!!」
再度の挑発。
どうやらこいつとも戦うらしい。
さっきのよりちょっとでかいな...こいつには期待大だ。
盾を構えた男と特攻猪がぶつかり合う。
そこまではうまくいった。
しかし...
剣が刺さったのが見えた瞬間、男たちが血しぶきに包まれる。
破裂音、爆発だ。
しかし、血の霧で...よくみえないなあ。
「いやあああああああ!!」
見るより先に聞こえてきたのは女の悲鳴だ。
その理由がすぐに分かった。
裂けた腹。はずれかけた腕。
魔物の臓物に塗れた男達だ。特にひどいのは剣のやつ。上半身が抉れている?
血塗れで...よくわかんないけど。
うわぁ...想像より数段威力が強い。
あれ、死なないよな?杖持ち、攻撃してなかったし、光魔法だろ。
治せるよな?
「いやあああああ!!!ボルド!ジェフリー!!誰かあああ!助けて!!」
いや、いやあああああ!!!じゃなくね?
お前、光魔法じゃないの?
何で力量も足りてない、回復手段もない、それでいけると思ったんだよ。
そんなに魔石が欲しかったのか?
どうする?
助けるか?俺は光の打根で傷を治せるけど...
でもあの女が二人を抱えて走れば、それができるのなら助かるんじゃないのか?
街で治せば良い。お金はかかるにしろ命には代えられない。
暫く、女を見ていた。
蹲って、泣き始めている。
おい、本当に死ぬぞ。
何でお前は何もしないんだ...!!せめて、助けを呼ぶとか。
俺の前で人が死ぬのか?
しかし、奴らもそれなりの覚悟があったはずだ。
でも...人が死ぬ?
気が付くと俺は走り出していた。
俺に冷たくした奴らだろうが、自分の前で死なれるのは気分が悪い。
「大丈夫ですか!!」
...いや、駄目っぽいな。口に出して思った。
助けを待ったり、街まで行ったり、そんな余裕は無さそうだ。
近くで見ると分かる。
剣の男...多分、ボルドは死にかけだった。
特攻猪の折れてとがった骨が突き刺さり、上半身全体に酷い裂傷を負っている。
辺りには血だまりが出来ていた。
「すみません!!!」
女がやっと顔を上げる。
「あんた...どうにかして!!もう、どうしたらいいのか...」
脚にしがみつき懇願する女。
どうにかして?
そういわれても...
「じゃあ、俺助け呼んできます。待っててください!」
走り出したところを、再度掴まれる。
「駄目よ!このままじゃボルドが...ボルドが死んじゃうじゃない!どうにかして!」
涙ながらに言われても...これしかないだろうが。
ボルドはもう駄目だ。顔に生気が無い。今すぐ治療しないと...
俺が、出来るじゃないか...
いやいやいや、こいつらに見せるのか?こいつらは秘密を守れるのか?
俺だけの力だ。誰にも知られたくない。
「っっねえ!!」
どうする?
どうしよう?
俺が助けないと死んでしまう。
俺が殺すことになるのか...?
(クソっ!!)
「貴方、約束出来ますか?」
「え?」
「これから見たこと、誰にも言わないって約束出来ますか?」
女はいまいち状況が掴めていない様だ。
当たり前だが...
「良いから助けてっ!!!」
ッチ...
先ず、急を要するのはボルドと言う男の方だろう。
光の打根を身体にあてる。
治れ、治れ、治れ、治れ、治れ...
ボルドの身体が淡い光の膜で覆われる。
だんだんと傷が癒えていく...そうだ。骨取らないと。
次々と刺さった骨を取り除いていく。
打根のお蔭か、血はあまり出ない。早く取らないと、傷の中に埋まってしまうな...知ったことでは無いが。
呆然としている女に呼びかける。
「あの、手伝ってください」
「ああ...うん...」
やはり、打根を出したのは間違いだったかな?
驚きが強かった様だ。本当にばらさないだろうか。
くっそ...
見せるんじゃなかった...
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盾の男、ジェフリーも無事治した。
光魔法、やはり使える。
「じゃあ、お礼とかは良いんでこのことは忘れてください」
「いや、そんなわけには行かないよ...助けてもらったんだから」
とボルド。
誰かに言わなきゃどうでもいいんだけどなあ...
でも、何か貰えるなら...
「じゃあ魔石、貰えます?持ってますか?」
本当はあるって知ってるんだけどな。
見てたから。
「うーん...良いよ。仕方ないね」
と差し出された魔石を貰う。
女は何かぶつくさ言っていたが、助けたんだ。これくらいは当然だろう。
「では、これで。ほんと、忘れてくださいね。他言無用で」
「ああ、有難う。いつかまたお礼をするよ」
...
はあ。
助けなきゃよかった。
このことは、高くつくかも知れないな...
少なすぎる報酬、一つの魔石を服で磨きながら俺は歩いて行った。
次ぐらいで展開変わります。