第二話:仕事人間の部下たち
「あ、浜野チーフおはようございます」
「おざまーすチーフ」
会社に出勤して早々書類とにらめっこをしながら、今日の一日の流れに頭を巡らせていると、続々と他の社員たちも出勤してくる。
「おう、竹本、小林おはよーさん。 そして小林はちょっとこっちにきてくれ」
俺はそのうちの一人の小林を手招きして呼び寄せる・・・ってめっちゃ嫌そうな顔してやがるなこのやろう。
「なな、なんでありましょうですか」
「なななんでありましょうじゃねえよ。 ていうか敬語もなんかおかしいぞお前」
名前を呼ばれるだけですでに挙動不審の小林と、それを見て後ろで苦笑いしながら目をそらしている竹本は、うちに入ってきて丸二年になる社員たちだ。
竹本の方は少し地味な感じだが、大して問題も起こさない、かといってこれといって目立った成果を残すわけでもない可もなく不可もなくな奴だ。 口数も少ない方なので、あまり彼のことは未だにわからない。
そしてもう一人の小林の方はというと・・・
「お前、また休日前あたりにミスったろ。 なんか心当たりはないか?」
「いやあ〜。 特に思い当たる節はないんすけど・・・で、でもそんな顔で睨んでくるってことは、なんかしたんでしょうね、きっと俺。 あはっはは・・・」
「あははじゃないんだよまったく! 小林・・・お前一体、休日前だからって浮かれて、仕事がおろそかになるところ何時になったら直してくれるんだよ」
夕べ里菜にフラれてから放心したまま家に帰っていると、突然得意先から着信があったのだ。
休みの日にかかってくるそういった電話は、大体ろくな話ではない。 出てみるとやはりクレームの内容で、原因は小林の得意先への発注ミスであった。
うちの会社は主に、美容院へ売るためのシャンプーやその他色々な商品を取り扱った会社だ。
里菜と出会うきっかけとなったのも、彼女の働いている美容院に俺が営業に行っていたことがきっかけである。
俺は四大を卒業してからこの会社に入社し、昨年やっとの思いでただの営業マンから営業主任に昇格した。 竹本や小林のような営業マンの育成や、成績の管理に商談、ただの営業をしていた時とは比べものにならないほどやることが増えた。
「全く・・・お前がそうやって浮かれる度に、俺にとって本当の休日なんてやってこないんだからな。 いい加減勘弁してくれないか」
そして責任が増えた分、こうした事で休日を邪魔されることや、仕事が上手く処理しきれず定時に帰れないということも増えてしまったのである。
「うわあ〜! すんませんすんません! 昨日の休みはその、久々に合コンだったもんで、ついそわそわしちゃって・・・」
「久々ってお前なあ・・・つい一ヶ月前もそう言って合コン行ってたよな。 今の状況、まるきしそん時と一緒なんですけど」
「ぇえ〜。 マジっすか! そう言われればそんな気も・・・」
「そんな気も何もあったんだよ! お前のそのどれだけ注意されてもけろっとした性格、逆に羨ましいくらいだよ」
「へへっ。 そうでしょ〜。 昔から俺って切り替えの早い所が長所なんすよね〜」
褒めてねーよ。
「はあ・・・お前の言っている長所はむしろ今回についてはおもっきし短所だぞ。 毎回毎回同じようなことやらかして、脳みそどうなってんだよ、一体」
「 うわ〜ひどいっすよチーフ! この長所を全面的に推したおかげで、ここの面接だって通って、今こうして働けてるんすからあ」
ものすごくムカつくドヤ顏でそう言い放つ小林。
「ほほぉうそうか。 それは運がよかったな」
くそう・・・ちゃんと仕事しろよな人事部の奴らめ。
「もういい・・・ とにかくこれからはこんな事のないようにくれぐれも気をつけて仕事してくれ」
「はいっす!!」
返事だけはいつもいいんだよなお前は。
「おいお前・・・いい加減ちゃんと反省しろよな。 お前くらいだぞ小林。 浜野チーフ怒らせたりすることができる奴」
竹本の注意も軽く受け流し、何食わぬ顔で自分のデスクへと向かう小林。
ちっ。どうせ昨日の合コンで、また新しい遊び相手でもみつけたんだろう。 奴の顔の緩みがどれだけ楽しかったかを如実に語っている。 このやろー。人がスタンガン突きつけられてフラれていた時だったっていうのに。
小林はうちの部署きってのトラブルメイカーだ。
最初のうちは俺も新人だからと懸命にフォローし続けていたが、もう彼だって三年目になる。 いい加減に頑張ってくれないと、このままではいずれ俺もさすがに体力と精神がもたなくなるだろう。
見た感じも元々眠たそうな目をしていておまけにチャラい。 めちゃくちゃチャラい。 可愛い彼女が既にいるというのに、あんなにしょっちゅう合コンに参加する神経がまったくわからない。
それでも今までやってこれたのは、愛嬌があってどこか憎まれない性格をしているからなのだろう。 俺自身も、仕事の事を無しにすれば、小林のことは可愛い後輩だし話していると楽しい。 ムードメーカーでもあるしな。
竹本の言った通り、こんな風に俺を怒鳴らせる奴はせいぜい小林くらいだ。 俺は元々人を引っ張っていくタイプの人間でもないし、何か問題が起こった時も、出来るだけ穏便に解決したい事なかれ主義者だ。
だから今の仕事のポジションに着いてからというもの、多少は慣れてきた気もするが、やはりどこか常に居心地の悪いものを感じる。
まあ、出世したいのならそうは言ってられないのが世の常なのだが・・・今の自分では駄目だと何度言い聞かせてみても、なかなか元の性格というものは変えられないものだ。
「おっ。 早瀬おはよう。 今日も絶妙にギリギリの出勤だな」
「ういっす。 別に遅刻してないんだからいいでしょう。 ギリギリに来たって、小林や竹本の倍は仕事してるんすから」
「まあ、あんまりそう言うなよ。 それに遅刻してるわけじゃないんだし、何も言うつもりはないよ」
出勤時間ギリギリにいつも来るのが、竹本と小林の最後の同期、早瀬だ。 しかし仕事はいつもてきぱきしていて頭の回転も早く、得意先でも信頼の方はなかなか厚い。
早瀬はこの同期のなかだけではなく、部署全体でも成績上位の実力を持っている。 今ではうちのなくてはならないエースだ。 ついでに顔もいいので女性社員からの支持も相当高い。 なんとも羨ましいことだ。 俺なんて、就職祝いに母親が買ってくれた、全くセンスのない眼鏡を未だにしているというのに。 周りからはかなり不評だが、昔からお洒落に気を使うような性格じゃなかったので、使えればなんでもいいし外すのも休日くらいである。
早瀬のマイナスポイントを強いて上げるなら、野心家なせいか少々人を見下すところがあることくらいだろうか。 まあ、仕事は文句無しにきっちりとやっているし、得意先でも職場でも特に問題も起こしてはいない。 口ではこのくらい出来て当たり前だといいながらも、きっと彼なりに相当努力をしているのだろう。
それに比べて、俺はどうだろう。 仕事が上手く片付けられず残業ばかり。
おまけにプライベートまで最悪だ・・・
「なんか今日・・・元気ないっすね」
「へ? いや、ああ・・・すまない。 ちょっと昨日あまり眠れなくてね。 ただの睡眠不足だよ」
「ひょっとして・・・いや、なんでもないっす」
「ん? なんだよ。 気になるじゃないか」
「いや別に。 もしかして、彼女にでもフラれたのかなとか思っただけっすよ」
う。
「い、いやあ、違う違う。 今日中に会議で話す内容まとめなきゃいけなかったから、それでつい遅くまで起きていたんだよ」
いけないいけない。 急に図星をつくものだから、一瞬息が詰まってしまった。
今はまだフラれたことを認めたくないので、俺は適当にその場をごまかす。
実際に会議はあるのだが、里菜とのデートのために、内容の方は休み前に徹夜でまとめ終わっている。
そのせいで寝坊してしまい、結局昨日はいつもより会う時間が遅くなってしまったのだ。 本末転倒というやつである。
里菜は待ち合わせに遅れたことなんてないし、きっと昨日はかなり待たせてしまったに違いない。
夕べの事を思い出し、またチクりと胸が痛んだ。
「そうすか。 最近、仕事詰め過ぎなんじゃないっすか? そんなんじゃ、マジで彼女に愛想尽かされても知りませんよ」
もう尽かされました。 はい。
「そうだな・・・ 忠告ありがとう。 気をつけておくよ」
もう、遅いけどね・・・はははは。
里菜は有名なヘアサロンのスタイリストだ。 おれ俺の髪も、毎回彼女の家で切ってもらっていた。 不器用な俺とは違い、彼女はなんだってテキパキとこなすし美人だし、はっきり言って自慢の彼女だった。
そしていつも朝には必ずメールをくれていたので、つい癖で、朝起きてメールの画面を開いて肩を落とした。 今日も一日頑張ろうとかそういった何気ない内容だけど、その朝一のメールが日課となっていたので、出勤してきた今でもなんだか一日が始まった気がしない。
そんな風にもやもやとした気持ちで仕事がスタートしたが、その忙しさに、そういったことも忘れるくらいの勢いで、今日も一日が過ぎてゆくのだった。