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最後のダメ出し

黒歴史って誰にでもあるものです。

「きれいだな、やっぱり」


 テレビ局を後にしたあたしは一人で月軌道に浮かぶ船に帰って、すぐに戴冠式を済ませた。正装して行うちゃんとしたやつを。着替えるのが面倒だったのであたしはセレブみたいな格好のまま、おでこの瞳も隠さずに、船の展望室で地球を眺めていた。

 親父は病に侵されていた。癌のように全身を蝕み、切除しても治癒出来ない難病に。雷夏さんとの会談は影武者がやった。

 あたしに跡を継がせると力が抜けたのか、親父はあっさりと息を引き取った。悲しくは無かった。だって、このひととの思い出なんかほとんど無いんだから仕方ないじゃない。 ……でも、かわいそうだと思った。捨てれば楽になるものに命がけでしがみついて、それを家出した娘に押しつけて死ぬなんて。

 戴冠式が終わると、真っ先にあたしは国連宛てに、いまイタニ・オミスで使われている最先端の重力制御の技術を提供した。親父が起こした一連の事故や攻撃の謝罪メッセージも添付して。

 いままでご厄介になっていたことへ、唯一出来る恩返しに。雷夏さんが『二百年ぐらい縮まりました』と返信してくれたのを合図にあたしは船に実家への進路を取らせ……。


「お疲れ」


 目を疑った。


「なによあのMC。だらだらと状況説明だけやって。お客さん飽きさせるんじゃないの」


 なんで、ここにいるんですか。


「冬雪美さん……」

「最後の最後まで恥を世界にさらしていくんじゃないの」


 トップモデルのように優雅な足さばきであたしの座るベンチに向かってくる。


「この、へったくそ」


 冬雪美さんはベンチには座らず、仁王立ちになった。あたしはそんな冬雪美さんを見上げる。いつも自信たっぷりで誰にも屈服しない瞳があたしを見据えている。


「冬雪美さん……っ」

「泣くな」


 こぼれそうな涙を押し止めてくれた。冬雪美さんはしゃがんであたしと目線を合わせ、


「でも、ま、お疲れさん」


 あたしの頭を抱き締めた。

 冬雪美さんのスープのように暖かな声にあたしは涙をがまんできなくなった。


「ごめんなさい……っ」


 御影の家にお世話になってから初めて、心の底から泣いた。一五六年分の涙を冬雪美さんにぶつけている自分がとても格好悪い。


「あんたが謝ることないでしょ」

「です、けど……っ」

「いまだけだよ。泣き言いえるのは」

「分かって、ます……っ」


 それから十分ぐらい泣いた。


「落ち着いた?」


 あたしの目は真っ赤になっていたし、冬雪美さんの胸元は涙でびっしょり濡れている。


「はい。もう大丈夫です。あの、ここへはどうやって」

「ん? ケイが連れてってくれるっていうから。最後のダメ出しにね」

「ケイが? 来てるんですか?」

「うん。でも外よ。照れるからやだって」


 半球の窓に張りついて外を見る。右の窓枠にぎりぎりで隠れる位置に一匹、ケイが浮かんでいた。ちらりとこっちを見た、と思ったら照れた様子で顔をそむけた。

 彼女は地球に残るから。

 最後までありがと。


「そうそうこれ」メモリースティックを取り出して、「聞かせてもらったわ」

「あーっ! なんでそれ! まだ全然完成してないのに!」

「なによこの歌。いままでで一番へたくそじゃない。いくらケイの演奏だからって、これはないわよ」

「だから提出してないんです!」


 完成前の曲をだれかに聞かれる、なんてこれ以上恥ずかしいことないのよ。

 取り返そうと冬雪美さんに飛びかかったけど、ひらり、とかわされてだめだった。


「だーめ。夏に出すアルバムの目玉に使うんだから」

「そんな、こんなの使わないでくださいよ」

「い、や、よ。一生ものの恥にしてやるんだから。シヴァル女王陛下の輝かしい歴史に太陽黒点級の汚点を残してやるんだから」

「そんなぁ……」


 冬雪美さんはやるといったらやるひとだ。

 あたしは観念するしかなかった。


「ねえ。往復にどれぐらいかかるの?」

「こっちでいえば半年ぐらい? です。あ、光速ごまかせるんで時間差もほとんど無いですよ。……ってまさか」


 冬雪美さんの口がにやり、と歪んだ。


「そうよ。向こうが一段落したら戻ってきなさい。忙しくても歌の練習、しとくのよ。あんたまだへったくそなんだから」


 やっぱりまだまだなんだろうな、あたしの歌は。


「あは、はい。ほめてもらえるぐらいうまくなってきますよ」

「楽しみにしてる」


 あたしたちは、気づいている。

 お互いにどれだけ頑張っても、一度実家に帰ってしまえばあたしは公務で忙殺されて生きている冬雪美さんには二度と会えない、ということを。半年で戻ってこれても、あたしの実家が落ち着く頃地球では百年近い時が流れているだろうから。

 それからあたしたちはしゃべりつくした。はなし残すことのないように、伝え忘れることのないように、

 別れの涙を流さないように。

 



 実家に帰ったあたしを待っていたのは仕事の山だった。冬雪美さん、やっぱり地球には帰れそうにないです。

 それから五年後にあたしは結婚して、その二年後に長男を。三年後に娘と息子を授かった。育児と公務の両立は大変だけど、あたしはなんとかやっています。

 雷夏さん、ケイ、バンドのみんな、冬雪美さん。

 どうか、どうかお元気で。

  


  たとえどれだけ離れていても 

  同じ星にいきている

  心が遠くに離れないかぎり

  命があたしたちをつないでくれる

  つないでくれるんだよ



次回、シヴァルからの手紙です。

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