イヤリング・ロックンロール
どれだけ大切に想っていても、別れは来るのです。
どんな形になっても。
あたしたちは御影の家に戻った。
ひどく疲れた。
「ただいま帰りました……」
「おかえり、遅かったわね」
リビングで冬雪美(ふゆみさんはいつも通りの笑顔であたしたちを待っていてくれた。疲れているのは冬雪美さんだって同じだろうに、まるでそんな素振りを見せない。
「おいでケイ。ブラシかけてあげる」
ケイは嬉しそうに喉をならしながら冬雪美さんにすりよる。よいしょ、と抱き上げて膝に乗せた。
「……冬雪美さん、いま時間いいですか」
「いいよ。こっちにおいで」
こんなにあっさりOKしてもらえるとは思わなかった。あたしは革張りのソファに座った。冬雪美さんが髪を撫でてくれた。
「で、なに。尋きたいことがあるんでしょ」
「なんであたしを歌手にしたんですか?」
言葉に刺があるのは自分でも分かってる。単純な疲れと、あたしが背負わされたものをだれかにぶつけたい気持ちがあったから。
「面白そうだから」
笑顔だった。あたしの刺に気付きながら、それでも受け止めてくれた。
「またそれですか」
「うん。何度も言ってるでしょ。あたしたちの一族は、自分が面白そうなことにだけ全精力を注ぎ込むって」
「だからって」
「なによ。あんただって嬉しがってたじゃない。やれることができたって」
普段は暖かな冬雪美さんの笑顔が、いまはとても鬱陶しい。
「…………はい。それは、そうですけど」
だから目を合わせられない。うつむいてしまう。
「あのね」
口調が変わった。多分笑顔も。
「千年生きるあんたからすればあたし達の寿命なんて犬や猫のと変わらないんだろうけどさ、その分たくさんの人がリレーしてあんたを実家に帰そうと頑張る」
そこでケイへのブラッシングは終わった。抱き上げてカーペットに置いた。ケイはその場でとぐろを巻いて目を閉じた。
「で、あんたはその人達を応援すればいい。……うん。やっぱり正解だったな。売れてくれたのはもちろん嬉しいけど、これだけはご先祖に自慢できる。世界のみんなが御影椎果の歌を聞けたのはあたしのお陰だって」
「ごめんなさい。もう行きます。ケイ、いつまでも甘えてないで」
耳を起こしたケイはグレーの瞳で冬雪美さんを見上げると、立ち上がったあたしの頭に飛び乗った。
「ん。お疲れさん。夕飯はムリでもお風呂ぐらい入りなさいよ。明日もあるんだから」
明日、なにがあるっていうんですか。そう言おうとして口を、
「なによ。明日もあさってもずーっとあるからね。生きてる以上は。だから今日の仕事が終わったあんたはゆっくり休んで明日にそなえるの。いいわね」
あたしはまたうつむいてしまった。冬雪美さんの元気に勝てなかったから。
「……はい」
顔をあげたいのに、それができない。
「冬雪美さん」
いいたいことがもっとたくさんあるのに。
「はやく寝なさい。倒れても知らないわよ」 結局なにもいえない。彼女の隣でうつむいたまま、ぐずぐずと立ち尽くしてしまう。
「あーもうっ!」
いきなり、頬っぺたを物凄い力でつまみ上げられた。かかとがカーペットから浮き上がるぐらいの勢いで。
「いひゃい、いひゃいれふ。ふゆみはんっ」
「笑ってなさいっ! この、へたくそっ! ぱっ、と手を離され、かかとが床に着く。「何万回言わせれば気が済むのよ! あんたは世界の歌姫! 泣き顔なんか絶対に許されないって!」
そうだ。あたしは、それを望んだんだ。自分から歌うことを。沙羅さんとの約束を半分諦めていた二年前、地球人として生きようかと、本気で考え始めたあの日に。 このばか、と冬雪美さんはつぶやいた。
「やっぱりあんた一六才のガキだわ。あたしの五倍も生きてるクセに、なによそのじめっとした感傷。てっきり、『迎えが来たから帰ります』とかいってドライに出てくもんだと考えてたのに」
「だってそれじゃ」
「いいのよそれで。あんたはただの居候で、帰るべき家はここじゃない。そんなことも忘れたの?」
「忘れてない、です」
「じゃあやることは決まってるじゃない」
だめだな、あたしは。
沙羅さんに背中を支えてもらうだけじゃなくって、冬雪美さんに背中を突き押されないと前に進めないなんて。
「……はい」
ぺしん、とあたしの頭をはたいて、
「ま、あんたがこんな大事なこと、一人で決められるわけないんだよね。黙って見守ろうって一族みんなで決めてたけど、あたしにはムリね」
「冬雪美さん、せっかちですもんね」
「なによ。あたしたちは寿命が短いの。生まれた分だけ生きていたいだけよ」
「時々、羨ましく思えます。寿命が百年っていうの」
「そう?」
「はい」ぺこりと頭を下げて、「お世話になりました」
「ん。楽しかったよ。じゃあ、お世話になったひとへ挨拶してらっしゃい。失礼のないようにね」
「はいっ」
くるりときびすを返し、走り出そうと一歩を踏み出す。
「あ、ちょっと待って椎果」
「はい?」
「これ、あげるわ」
そう言って冬雪美さんは両耳に付けていたイヤリングをあたしに手渡した。
「そんな、これ!」
このアメジストのイヤリングは冬雪美さんがいつも身に付けているもの。アメジストは御影の家の象徴。沙羅さんも雷夏さんもこの石を使ったアクセサリーを肌身離さず身につけている。
「こんな大切なもの……」
「もっていきなさいっていってるの。ま、記念みたいなものよ。あたしは椎果に何かやらせてばっかりだったからね。これぐらいしかあげられないけど」
「……」
一度冬雪美さんの顔を見つめ、
「……」
手のひらに乗るペンダントを見つめた。
「……はい。ありがとうございます」
冬雪美さんは照れ臭そうに笑った。
「じゃあ、あたしの用事はこれでおしまい。いってらっしゃい」
「はいっ!」
あたしは走り出した。それまでの疲れは冬雪美さんが吹き飛ばしてくれた。
ありがとう、冬雪美さん。
あなたの、ロックンロールな生き方が好きです。
次回、ラストコンサート。