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御影家のひとびと

進水式のセレモニーは当然中断された。

混乱冷めやらぬ会場を抜け出し、あたしたちは一度都内の事務所に戻ることになった。何かあってはいけない、とバンドのメンバー九人も一緒に、取るものもとりあえず、ロケバスに押し込められるように。

移動中終始無言だったあたしをバンドのメンバーは不思議がってはいたけど、事故の映像にショックを受けたのだろう、と勝手に納得してくれたみたいで、深く立ち入ってはこなかった。


「おい、テレビ、テレビ」


事務所に駆け込むとみんなは二五インチテレビにかじり付いた。九人で見るには小さいけどみんなが見れるように均等に並んで事なきを得た。あたしは一番後ろの窓辺に下がってみんなの頭の隙間からテレビを見つめた。

 テレビはどこの局もこの事故のニュースを流してる。と思ったら一局だけ黄色や緑色の巨大な着ぐるみが楽しそうに踊っている幼児向け番組を放送していた。ある意味すごい。


「ばか。こういうのは民放かニュース専門チャンネルのほうが情報早いんだよ。NHKはありきたりのことしかながさねえんだから」

「いってぇぞ、叩くな」


そんなやりとりをヨソにテレビはニュース番組を映し出した。本来だったら進水式や火星移民を祝う番組を放送する予定だったろうそのセットとキャスターは、さっぱりつかめない情報に右往左往しながらどうにか番組としての体裁を繕っていた。

映像が切り替わる。

移民計画が発足した二○一○年当時の世情に始まり、国連に移民局が設立されるまでの沙羅さんを筆頭とするたくさんのひとたちの苦労と紆余曲折と数え切れないいさかい。

それと並行して、同時期に行われた世界を七つに区分け整理しようとする国連の動きも伝えられた。

二一四九年現在、世界は東アジア、西アジア、EU、オセアニア、北米、南米、アフリカの七つの区域に分けられてる。でもこれはおおまかな区切りで、国は国としてまだ残ってる。もともとは常任理事国に裁かせたくないような地域の問題をそれぞれで解決できるように、という名目で始まったもの。これは特に常任理事国を嫌う国々から歓迎、支持されて波及し、いまじゃ国連での権限は理事国のものより上になっているぐらい。

 映像がさらに切り替わる。

 どうにか移民局は設立できたが、強引に進められる移民計画に反発した国からの妨害工作。既得権益を奪われる、と危惧したひとたちの抵抗。反対活動という名の殺人。妨害工作という名のテロ。暴力の渦に巻き込まれて死んだ沙羅さんの孫、(かえでさんの葬儀映像。……勝手に使わないで。

 乱暴な行動でしか反対できないひとたちを説得してまわりながら移民計画は進められ、試作品ともいえる月面都市の完成に漕ぎ着けたのが三○年前。『火星移民はやはり時期尚早だった。これは神が与えた中止勧告だ』としたり顔で宣言する反対派代表のインタビュー。負け犬の遠吠えはみっともないと思うけどな。

 それらが一区切りつくと画面はスタジオに切り替わった。中央に座る女性キャスターの嘘臭いぐらいの悲痛な表情にあたしの胃がむかむかした。それを紛らわしたくて電話の受話器に手を伸ばした。


「あ、ポモドーロピザさんですか? 注文お願いしたいんですけど。住所は……」


受話器の向こうでは店員たちの怒声が飛び交っていた。進水式のセレモニーは昨日の夜から今日の夜から今日の夕方までかけて行う地球規模のものだったから……。ひょっとしてずっと?


「時間かかるって?」


バンドリーダーの阿久津あくつさんが顔を逆さまにしてそう訊いてきた。髪が顔に絡まってすこし恐い。


「はい。注文も大きいから一時間は覚悟して欲しいって」

「んー」勢いよく顔を戻して立ちあがった。「じゃあ俺はお茶を淹れるか」ゆるゆるとした足取りで給湯室に向かった。

「あ、あたしやりますよ」

「いいよ。それよかおめーはすぐに届きそうなヤツを注文しておけ。飢えた野獣どもが群れをなしてるんだからな」


飢えた野獣ども、と呼ばれてメンバー八人が一斉に振り返った。


「椎果、食われるなよ」


阿久津さんの冗談に一斉にキバをむいた。


「もう、みんなして」


こんな時ばかりチームワークがいいんだから。


『えー、ここで事故の概要をVTRにまとめましたので、そちらをご覧下さい』


テレビで動きがあったようだ。だが画面は切り替わらない。まだ向こうも状況が落ち着いてないみたいだ。無理もないか。絶対成功するってみんなが思ってた計画だったし。キャスターの人が少し焦れてスタッフに目配せする。


『まだ? いける? ……失礼しました。それではVTRをご覧ください』


コンサート中にも流れた事故映像に画面が切り替わった。

月軌道に停泊している全長一キロのトビウオ、移民船ブリズエール号の船体をカメラは捕らえている。画面下に『月セレモニー会場からの中継映像』のテロップが踊っている。そのバックにはあたしのMCが流れてる。少し照れる。あたしが歌い出そうとしたその瞬間、カメラのマイクが中継スタッフのわずかな声を拾った。


『なんだ、あれ……』


 唐突に、ブリズエール号を映していたカメラが大きくブれ、火星方面に向けられる。

最大望遠。星のものではない、とはっきり分かる小さな輝点がひとつ、火星方向からやってくる。

 輝点はどんどんでかくなっていく。

 火星からフォボスが迫ってくる。衛星かと思ったそれは巨大なマッコウクジラだった。地上の海での彼等がそうであるように、星の海でのマッコウクジラも雄大な泳ぎを披露している。そしてその進路の先にブリズエール号があることに誰かが気付き、逃げろ逃げろとわめき散らすがもう遅い。

 全長一キロメートル近いブリズエール号のわき腹目がけてマッコウクジラの鼻先が突っ込んだ。

 まるでトラックがミニカーを踏み潰すようにあっさりと押しつぶされた移民船は大破、爆散し、破片の四割が大気圏に焼かれ、残りの六割は慣性の赴くままに飛散した。乗っていた二千四百八十七人は全員が死亡した。ナレーションの男声がそう告げると画面がまた切り替わった。

 今度は移民船の乗員名簿や、信じられないぐらいに手回しの良い遺族への無遠慮で不躾なインタビューが繰り返し放送される。


「ねえ、ほかのチャンネルは?」


そう歌うようにつぶやいたのはコーラス担当のアヤさん。あたしなんかにはもったいないぐらいの美声で曲を盛り上げてくれる。


「どこも一緒。ネットもニュースチャンネルもこればっかりだよ」


答えたのはドラム担当の須藤さん。


「ちぇー、つまんないの」


あたしはそんなやりとりを頭の隅の置きながら窓から外を眺める。空にはうっすらとした満月とマッコウクジラの姿があった。


「いい加減別の情報も欲しいよね。誰かを捜してたみたいだったけど、結局あれからなにも言ってこないんでしょ?」


 そうだ。あのマッコウクジラはあたしを迎えに来たんだ。

 だったらあの船に乗っていたひとたちを殺したのはあたしじゃない。そうよ。そもそもあたしが家出なんかしなければ……。

 ぽん、と肩を叩かれた。後ろを振ると、


「また悩んでるでしょ。何回も言ってるでしょ? あんたの責任じゃないって」

冬雪美(ふゆみ)さん……」


 彼女は沙羅さんから数えて六代目に当たる冬雪美さん。あたしが所属するストーンレコード社の社長で、二年前にあたしを歌手デビューさせた張本人だ。


「ったくもう。あんたは笑ってた方がかわいいんだからね」


当然、なんだけど、沙羅さんと冬雪美さんは別人。時折似ている、と感じるのはアクの強い「御影家の血」が原因なんだろうな。

冬雪美さんはあたしの事情を全部知っている数少ない人。後を継いだひとたちは全員あたしの正体と移民計画の真相を聞かされる。それを公表するもしないもその人の自由。沙羅さんの遺言はそれだけ。でも誰ひとり逃げることはなかった。

嬉しかった。


「……はい」


足元に黒猫が駆け寄ってきた。しっぽの先だけを黒く染め忘れたこいつだけはあの日からずっと彼女の傍にいる。


「ほら、ケイも元気出せって」


てててっ、と足をかけ上って太ももに座った。喉を撫でてやると気持ちよさそうにならした。


「……そうですね」

「そうそう。その笑顔よ。あんたは世界の歌姫なんだからね」


ふふ、と小さく笑った。


「あの、家の方はなんて」


冬雪美さんは肩をすくめた。


「どこもかしこも大わらわ。一族でヒマなのは我がストーンレコードぐらいのものよ。あー、でも事務のふたりはコンサートの事後処理に恵比須の移民局まで行ったから、完全にヒマってわけじゃないわね」

「じゃあ、雷夏(らいか)さんも」

「うん。雷夏お婆ちゃんも事故があってすぐに国連本部まで飛んでいったわ。家でのんびりあんたの歌聞いてたけど、仕事だからしょうがないわって」腕時計をちらりと見やり、「んー、そろそろ会見やるころね」

『えー、ここで国連移民局が行っている会見の模様を中継したいと思います』


冬雪美さんの予言通り、テレビでもキャスターがどこか安心した様子で告げた。


「ほら、あんたも見な」


イスごとテレビに向けられ、あたしも画面を見つめた。国連の旗が掲げられた演説会場にはぎっしりとつめかけた五百人以上のインタビュアーが膝を突き合わせ、その後ろではカメラがずらりと並んでいる。

国連のシンボルマークの入った演説台に手を置き、彼等を前にきりりと立つ初老の女性が雷夏さんだ。普段は着たがらないグレーのスーツと、濁りの無い瞳は子どもの頃から変わってない。そして置いた左手の薬指にはアメジストの指輪が輝いている。


『まず、事故で亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたいと思います』


びっくりした。日本語で喋ってる。こういうのは英語でやるのが常識なのに。


『事故を起こしたのはイタニ・オミス星系連盟という、銀河中心を挟んで太陽系と対称の位置にある星系の国皇です』


どよめきは最初に事務所で起こった。ややあって会見場でもどよめきが生まれる。タイムラグは通訳している時間だろう。


『先方は一人の女性を捜しています。年齢は十六才。名前はシヴァル・パティク=イウム・ハユル=カルュン。先方のご息女で第一皇位継承権を持っています。外見的特徴は容易に変化出来るので写真などはありません。ですが猫のような小動物を連れているのですぐに判る、とのことです』


一旦言葉を切り、雷夏さんは正面のカメラを見据えた。


『提供された情報はそれだけです。ですが我々国連はシヴァルさんの捜索は行いません。彼女が自らの意思であらわれてくれるのを待ちます』


雷夏さんはあたしを見ている。カメラを通し、何百キロも離れた場所からあたしに話している。日本語なのは多分そのせい。

テレビ以外からも視線を感じた。メンバー全員があたしを見ていた。


「十六才で、猫連れてて……」

「まっさか~。椎果ちゃん日本人でしょ? お姫サマなんかじゃないよ」

「そうだそうだ。椎果のわがままなんて聞いたことないぞ。お姫様って大抵高飛車で無茶ばかり言ってるイメージあるからな」

「だよねだよね。椎果ちゃん腰低すぎるし」


 それであたしへの疑惑は晴れたようだ。でもみんないい勘してるな。

会見会場ではまたどよめきが渦を巻いている。だけど今度は困ったような色合いが強い。無理もないけど。


『最後に、国連は今回の事故に対する報復行動を一切行わないことを明言します。これは移民船の乗員のみなさまは、覚悟を決めていたらっしゃいました。どんな形で命を落とそうともかまわない、と。その遺志を尊重し、我々国連は軍を動かすことは致しません。先方とも対話のみで事態を解決したいと思います。なお、七代表の方々にも報復行動は絶対に起こさないよう、強くお願いいたします』


雷夏さんがぺこり、と頭を下げると残りの時間は質疑応答に当てられた。


「やっぱり戦争やるのかな」


アヤさんがつぶやく。それに答えたのは安久津さん。


「さあな。宇宙人なら虐殺してもいい、とかいってやりだすかもな」

「……やだな、そんなの」


 むうう、と重い空気に包まれたメンバーを遠目に見ながら冬雪美さんはあたしを引き連れて事務所の外に出た。静かに閉めたドアにもたれていきなり本題を口にした。


「で、どうするの? 事態が大きくなる前にさっさと帰る? それともまだ居座る? どっちにしろあたしたちは全力でサポートするけどね」


 なんで。なんで御影のひとたちはみんな。


「あの」

「なに?」

「みなさん、どうしてそこまでしてくれるんです?」


ぴし、とおでこを弾かれた。でもそんなに痛くない。


「ばか。あんた見てると面白いから、に決まってるじゃない。つまらなかったら家督なんて継がないし、世界を動かすつもりなんてこれっぽっちもないわよ」

「は、はあ」


あら、信じてないわね、と唇を尖らせる。「ウチの一族はね、自分の面白そうなことには全精力を注ぎ込むの。あんたを実家に帰すため、なんて結局は言い訳よ。人類の太陽系進出に直接携われるんだもん。これ以上の楽しみなんてないわよ」

本当のことを言ってくれた。こんな得体の知れない異星人に、御影のひとたちはみんな嘘を付かない。


「そう言ってもらえると気が楽になります」 言った途端、今度はおでこを小突かれた。「ほらそれそれ。あんたねぇ、自分がお姫サマだからって自分中心に物事考え過ぎよ。あんたほどわがままなヤツ、あたし見たことないよ」

「それ、沙羅さんにも言われました」

「だったら直しなさいよ。この星じゃあんたはただの居候なんだから」ふう、と一つ息を吐いて、「で、どうするの? お父さんのところに行っていますぐ帰る? それともこっちに残って地道に宇宙船造る? あと何百年かかるか分からないけどさ」


そんなの、あたしだって分からない。


「こっちもすぐに答え出せ、とは言わない。でもあんたのお父さんは五十時間って区切りを作ったし、世界がどんな風に動いて状況がどうなるかは保証しない。御影の家がしてやれるのは、あんたがどっちを選んでも全力でサポートすることだけ。……さっきも言ったけどね」


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