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沙羅と肉まんと約束

2話目、沙羅と椎果の出会いです

一九九三年、冬至。東京。

心の底から凍えてしまいそうに寒く、しかも大雪の日だった。

雪の降り積もった公園のベンチに十才ぐらいの少女が心細そうに座っている。迷子だろうか。

彼女が身につけているものは群青色のポシェットと、大人でも余るようなごつい銀色の腕時計。あとは足首まで丈のある黒のロングコートで寒さを凌いでいる。

コートのフードの中には黒猫が一匹とぐろを巻いていた。瞳は閉じているが、黒くて長いしっぽがぴん、と立ち、ヒゲがぴくぴくと動いている様子を見ると熟睡してはいないようだ。

起き上がった黒猫がもぞもぞと少女の頭によじ登り、一声啼いた。

少女は猫の声にわずかに顔を上げ、


「本当に通信はつながらないの?」


にゃあう、ともう一声。


「ポシェットも使えないしね。ほんと、どうしよう……」


くったりと身体を折り、膝の上に額を乗せてぐりぐりとこすりつける。

少女の頭からぽとりと落ちた黒猫は、よく見ればしっぽの先だけが、まるでそこだけを染め忘れたかのように白い。黒猫は、まるで少女を責めるような啼き声を上げる。少女は自虐的な笑みを浮かべた。


「そんなこと分かってるよ」


黒猫は少女の口答えが気にいらないのか、噛みつかんばかりの勢いで啼き続ける。最初は黙って聞いていた少女だったが、徐々に眉根の角度が険しくなってきた。


「うるさいなあ、大体、ついて来るって言ったの、ケイじゃない。『お目付け役は必要ですから』とか言って張り切っちゃってさ。ケイは普通止める側のひとでしょ?」


 未だに抗議を続ける猫をじっとりと睨み付ける。


「あのさ、あたし言ったよね。『ひとの家出になんかついてこないほうがいいよ』って。帰るつもりなんてなかったのにさ」


ぽろりと漏らした本音に黒猫は呆気に取られ、ついに唸り声を上げた。


「なによ。ケイ、いつも言ってたじゃない。『自分で判断したことには責任を持って下さい』って。あたしについてきたのはケイの判断でしょ?」


その一言が効いたのか、猫はにゃう、と押し黙ってしまった。ふふん、と勝ち誇ったような流し目を送ると、黒猫は捨て台詞を吐いてどこかに立ち去ってしまった。


「あーあ。どこに行こっかなぁ……」


一面に積もった雪を眺めながら少女は寂しそうにつぶやいた。すると猫と入れ違いに、暖かそうな毛皮のコートを肩に掛けた一人の女性がやってきた。少女はファッションモデルだろうか、と予想した。歩き方がとても格好良かったし、胸元に輝くペンダントの、新緑色の光が少女の視線を捕らえて離さなかったから。

女性はその高価そうなコートに似合わない大きな紙袋を抱えていて、何も言わずに少女の隣にどっか、と座った。少女はおしりをずらして場所を開け、女性は紙袋から肉まんを取り出して少女の前に差し出した。


「食べる?」


自分にいま何が起こっているのか、さっぱり分からなくなった。少女は隣の女性に困惑顔を向けた。


「え?」

「おいしいわよ。コンビニのだけど」

 

 太陽のような笑顔で少女を見つめる。

差し出した肉まんを半分に割ってその片方を女性は頬張り始めた。ほかほかと立ち上る湯気が、寒さで赤くなった少女の頬を舐めては消えていく。


「な、なんですか? これ」


おいしそうなにおいが食べ物であることを教えてくれるが、初めて見るものに戸惑いを隠せない。


「なにって肉まん。ひき肉といくつかの野菜やキノコを生地で包んで蒸した元中華料理。……見たことない?」


たぶんこの女性に害意はない。それは断言出来る。出来るが自分はどうしたらいいのかが分からない。

少女が固まっている間に女性は半分の肉まんを食べ終えてしまった。


「それとも肉まんきらい?」ぺろ、と指を舐めて再び紙袋に手を突っ込む。「他にもあるわよ。こしあんも粒あんもピザもカレーも。変わったのでカフェオレってのもあるし。どれがいい?」

「カ、カフェオレ?」


それは確か飲み物ではなかっただろうか。飲み物が直接生地の中に入っているとは考えられないし、その味も、経験の足りない少女の舌では想像できなかった。


「うん。洋風なあんまんって感じ。やんわりとおいしいからあたしは好き」


説明されてもやはりイメージが湧かない。結局一番情報をもらえたものを選んだ。


「さ、最初のを、下さい」

「ん」袋から新しい肉まんを取り出して少女に手渡し、「はい、どうぞ。カラシか醤油はつける?」自分は最初に差し出した半分の方を食べ始めた。


つける、というのだから多分調味料なのだろう。食材は対応する語句の選別が難しい。「あ、いえ、このままで」


「そう。欲しくなったらいってね」

「はい。いただきます」下の紙を半分だけ剥がし、一口。肉のうまみが口いっぱいに広がる。「あつっ、あふっ、あつ」


舌を少し火傷したかもしれない。けどそんなことを忘れてしまうぐらいに美味しい。


「おいしいでしょ」無言で頬張る少女を笑顔でじっと見つめる。

「あい。おいひい、です」


うまく喋れなかったが、女性には伝わったようだ。少女は食事に集中する。

ここへ来て初めての食事だった。

ほとんど思いつきで家出をした。そのことは全く後悔していないが、こちらに来てからのことをまるで考えていなかった。お金も持っていないのに。

情けなくなってきた。

涙が出てきた。これは悔し涙だ。がまんしたいのに、一度意識するともう駄目だった。 ぼろぼろ零れてくる涙で視界がにじみ、太ももに染みを作るが、それでも食欲は止まらない。一気に肉まんを平らげた。


「おかわり?」


少女は力強く頷く。ふふ、と笑って適当に取り出したカレーまんを渡す。奪い取るように口元へ運び、かぶり付いた。


「まだ熱いよ」


少女は頷くだけ。涙に火傷の痛みも少し混じっていた。この悔しさは食以外では晴らせないかのように少女は食べ続けた。


「まだいっぱいあるから、ゆっくり食べな」

 

 自分と少女の間に紙袋を置いた。

 こく、と少女は頷く。が、どれだけ食べても涙は止まらない。まるで食べれば食べるほど涙が押し出されてくるように。あっという間に二個目を完食するとまた紙袋に手を突っ込む。取り出したのはあんまんだった。そうとも知らずに少女はかじりつく。口の中は甘さと辛さが入り交じって大変なことになっているが、構わなかった。

少女の黒真珠のような髪を撫でながら、さらりと言った。


「ケンカしたのはお父さん? 家出少女」


なんで分かるんですか? ―口の中がいっぱいの少女は視線で問いかけた。


「分かるわよ。あたしも昔やったことあるもん。勢いだけで家を飛び出して、でもお金なんかすぐに無くなって、結局警察か補導員に捕まってお父さんに殴られておしまい。あたしはそうだった」


がたっ! と少女はベンチから立ち上がって女性と間合いを離した。涙でべしゃべしゃな瞳で『嘘つき!』と睨み付けるが、しっかりと手に持ったカレーまんが威圧感をゼロにしてしまう。女性は薄く笑った。


「何よその目は。大丈夫よぉ。あたしは補導員でも探偵でも、ましてお巡りさんなんかじゃないから。ただあなたがお昼ごろからずっとうなだれてるから心配になって」


 安心したのか、少女はゆっくりとベンチに座り直した。


「あたしは御影沙羅、三十才。あなたは?」


 少女は取りあえずカレーまんを口に押し込む。そして本名をいうべきか迷った。この人は信じてくれるだろうか、と。沙羅の目をじっと見つめる。沙羅は返答を急かさずに少女の瞳を見つめ返した。

ハンカチをコートのポケットから取り出して涙を拭い、ベンチから立ち上がって沙羅の真っ正面で姿勢を正した。


「なに、どうしたの。改まって」


少女の表情はどこか苦しそうに見えた。


「嘘をついてたのはあたしの方です。ごめんなさい」


そう言って左腕の腕時計を操作する。と、螢が発するような穏やかな光が腕時計から溢れ、少女の全身を包み込んだ。一秒と経たずに光が収まる。


「イタニ・オミス星系連盟皇国第一皇女、シヴァル=パティク・イウム・ハユル=カルュンと申します。名乗りが遅れたこと、並びに無礼の数々、お許し下さい」


沙羅が驚いたのは長い名前でもなく、深く深く腰を折る典雅さでもなく、きらびやかな衣装でもなかった。


「なんで」


ベトナムのアオザイともインドのサリーともつかない、ゆったりとした極彩色の衣装を少女はまとい、額には複雑で豪奢な銀色の髪飾りが揺らめき、その下にある第三の瞳を隠している。

薄く積もった雪の上で、ブランコとベンチしかない狭い公園に少女は毅然と立ち、沙羅を、どこか怯えた目でじっと見つめている。

沙羅はまるで吸い寄せられるように少女に近付き、抱き締めた。


「あ、あの。沙羅さん?」

「なんであたしなんかを信じたの」

「え、だって……」


少女を引き離して困ったような、怒ったような顔でいう。


「だってじゃないよ。そんなことやったら、普通ならテレビ局に売りとばされて見せ物になるか、ド変態にクスリ打たれてアタマおかしくされてオモチャになるか、ヘタしたら妙な研究所に連れ込まれて一生モルモットになるんだよ! 分かってる?」


極論だな、と沙羅も内心では思った。しかし、簡単に手の内をさらす少女の純粋さに口をついて出たのは極論のほうだった。頬っぺたのひとつでも叩いてやりたかったが、やらなかった。


「でも、沙羅さんはどれもやらない人でしょ? ……食べ物くれるひとはいいひとだって母さんがいつも言ってました」


自分の願いが届いたことが嬉しいのか、少女は笑顔だった。そんな笑顔を見ていると、どっと疲れが出てきた。沙羅は崩れ落ちるようにベンチに座る。だが視線は外さない。


「ばか、そんなことで信じたの? あーもうっ」髪をぐしゃぐしゃとかき回す。「え、なに、おでこにもう一個目があるの? ……ホントに地球の人じゃないのね」


やはりショックだった。

少女は目線をはずそうとしたが、沙羅の視線に射抜かれてできなかった。


「はい。……気持ち、悪いですか?」


見つけて欲しくないものを見つけられて笑顔が曇った。沙羅はふん、と鼻を鳴らした。


「ビームとかは出ないんでしょ? だったらへいき」

「び? 出ません出ません」首を大げさに振って否定する。

「ふうん、じゃあさ。触手はないの? こうさ、びるびるびるっ、って伸びてあたしを縛り付けてえっちなことしたりするヤツ」


沙羅の冗談にあは、と笑みをこぼした。


「残念ながら」


がっくりと肩を落として沙羅は、まるで映画の名場面を見逃したように落ち込んだ。


「なぁんだつまらない。触手もなし、目からビームの一つも出せないのに地球侵略なんて出来ると思ってるの?」


うなだれた前髪の奥から睨まれて少女は怯んだ。


「え? 侵略するんですか?」

「そうよ。宇宙人が地球にやってくる理由なんて侵略以外にないのよ!」拳を振り回して力説する沙羅の舌はさらに回転速度を増す。「遠くの星から地球に来た以上、観光とか家出とか見聞を広げるための修行とかで済ませちゃだめよ! 一度ぐらいは圧倒的な科学力で破壊の限りを尽くして国の一つでも滅ぼしていかなきゃ!」


少女は脱力しつつ、冗談に乗っかった。


「滅ぼしましょうか? ブラックホールならいくつか持ってますし」


沙羅は飛び上がって喜んだ。たぶん心の底から。


「えらいっ! そうよ、そういう心意気が大切なのよ! んで滅ぼしたあとあんたは、あんたのご先祖が地球に残した巨大ロボに倒されてすごすごと星に逃げ帰るの! それが王道ってもんなのよ!」


必死になって熱弁をふるう沙羅の様子が面白かった。気が付けば少女の顔にかかっていた雲もすっかり晴れていた。


「あはは。負けるんですか? あたし」

「あ、ばかにしたわね!? 何千年も前の技術に負けるはずがないって!」

「そ、そんなこと思ってませんよ。お話として面白いな、と思っただけです」

「いーえっ、ばかにしたわ! 例え技術が遅れていても、知恵と勇気と努力と根性と気合とガッツで困難を打ち払うの! そういうねぇ、日本の情緒あふれる王道をばかにした笑いだったわよ、いまのは!」


びしっ、と指を鼻先に突きつけられても少女は怯まなかった。


「結局精神論じゃないですか。ボスを倒せばすべてが終わる、なんてことが通じるのはお話の中だけですよ」


正論で返されて沙羅は言葉に詰まった。


「う、いいのよ! お話の中だけのことなんだから! あんただって自分の星の伝統をばかにされたら怒るでしょ!」


それはそうだ、と少女は仕方なく謝った。


「はぁい、ごめんなさぁい。私が悪かったですぅ」

「むー。誠意が足りないけどまあいいわ」


話をこれ以上脱線させてはいつまでたっても彼女はこの派手な衣装のままだから。


「とりあえず。そんなどこかのセレブみたいな格好されてると落ち着かないわ。ここは試写会の会場じゃないんだから、さっきのコートに戻りなさい。いいわね?」

「あ、はい」


言葉の内容はよく判らなかったが、少女は沙羅に従って腕時計を操作して衣装を黒のコートに戻した。


「そうそう。それでいいの。名乗るだけなのになんでわざわざ着替えたのよ」少女の手を引っ張って座らせた。


「そうした方が信憑性があると思って」


沙羅は紙袋に手を突っ込んでカフェオレまんを取り出し、憎らしげにかじりつく。


「あーそう。いきなりあんなことしなくてもあたしは信じるつもりでいたわよ。あんたが宇宙人だろうが吸血鬼だろうが、例え神さまだろうが、家出少女であることに変わりは無いんだからっ」


ごくん、と口の中のものを飲みこむ。濃すぎない甘さが沙羅の怒りを和らげた。


「まあいいわ。……えっと、シヴァル=パティク……? なんだっけ」名前を思い出そうとして失敗した。「ああもうっ、シヴァルでいい? 長すぎるわよ」

「イヤだっていっても呼ぶんでしょ?」

「分っかる~?」自信たっぷりににやり、と笑う。「で、シヴァル、あんた家に連絡は入れたの?」

「あ、できないんです。ここ、圏外で」


 でしょうね、と沙羅はつぶやく。世界各地に外宇宙からの電波受信用のパラボラアンテナはあるが、電波発信用のアンテナをどこそこに作った、とは聞いたことが無いからだ。


「じゃあ帰りの船はいつ?」

「あの、あたし乗り過しちゃって。次の船がいつ、どこに着くか判りません」


その言葉の意味を理解した沙羅の全身から血の気が引いた。シヴァルは冷静に続ける。


「さっきまであたしと一緒にいた猫、彼女のセンサーなら太陽系に入ってくる船の情報を拾えますが、船は木星軌道の辺りで電波を隠すので、着陸地点がどこになるかは地上からは判らないんです。ランダムにした方が現地の人にバレにくいみたいで」


帰りの船に乗れない、ということは。


「じゃ、どうするのよ! 家に帰れないんでしょ?」


沙羅に怒鳴られて、それまで穏やかだったシヴァルの表情がぐにゃりと歪んだ。


「ちょっと、ちょっとだけ困らせてやるつもりだったんです。こっちに来て、帰りの発進時間まで余裕があったから観光しようって街を歩いてたら乗り過ごしちゃって。お腹も空くし、お金なんか持ってないし、頼る人も、いないのに……」


くりっ、とした瞳がまた涙で溢れた。あふれた涙はそのまま太ももに落ち、細かな染みをいくつも作った。


「なに泣いてるの」


心の底まで射抜かれるような沙羅の視線にシヴァルは恐怖を感じた。


「だっ、て」

「甘えるんじゃない」

「そん、なこといっ、ても……」


なんで怒られているのか分からない。さっき泣いた時は何も言わなかったのに。自分はただ助けを求めただけなのに。

涙は止まらない。


「泣きやみなさい」


何が沙羅の逆鱗に触れたのだろう。そう思って彼女の瞳を見る。静かな怒りがそこにあった。だが突き放すような冷たさはない。マグマのような猛々しさと、焚き火のような暖かさを内包する瞳だ。シヴァルの目から次第に涙が収まっていく。


「よし、いいコだ」自分のポケットから取り出したハンカチで彼女の涙を拭う。「泣いて謝るなら最初からやるんじゃないよ。家出を決意したときはあんただって覚悟を決めてたんでしょ?」


こくり、と頷く。

すぅ、と沙羅の艶っぽい唇が息を吸った。


「だったらあたしの言ってる意味は分かるわね。しかもあんた王女サマなんだから、他人に簡単に涙を見せちゃだめだとあたしは思うの。何才だろうとね。もちろんこれはあたしの流儀だし、涙の意味があんたの故郷と違ってたら、あたしを殴っていいよ」

「同じ、だと、思います」


まだ声が上ずる。でも涙はない。そんなシヴァルを見て、沙羅は表情を緩めた。


「ごめんね。元家出少女としては、ご両親や家族に心配や迷惑かけてまでやったことを簡単に放棄して助けを求めるっていう甘えが許せなかったの。そりゃ、あたしとあんたじゃ状況は違いすぎるから比べちゃだめなんだけどね」


ずずっ、とハナをすすって首を横に振る。


「そんなこと、ないです」

「許してくれてありがと」ぐい、と頭を抱き寄せた。「あたしが手伝うよ。あたしを頼りな」


強くもなく弱くもなく。芯の通った沙羅の声はシヴァルの心にまっすぐ突き刺さった。


「……え?」


 沙羅はシヴァルを体から離す。


「あたしこう見えても社長なの。だから、お金と人脈はいっぱいあるわ。あんたが家に帰るにはまず何が必要? 教えてちょうだい」

「えっと、あ、そういうのはケイに聞いた方が早いと思います。いやそうじゃなくって、なんで、ですか」


この数分で沙羅がかなり強引に話を進めるひとだとは分かったが、自分を助けようとする理由までは分からなかった。同情ならやめて欲しかった。


「なんでって、面白そうだから」きっぱりと断言して立ち上がった。「あ~、わくわくする。すんごいビジネスチャンスじゃない。また会社大っきくできるわ~」雪の降り始めた空に両手を広げて伸ばし、「サンタさん、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントありがとーっ」大声で叫んだ。

「あの、沙羅さん?」


沙羅はくるりと振り返ってシヴァルの鼻先に人差指を突きつける。


「いい? これは商売。ギブアンドテイク。あんたは自分の持ってる技術をあたしに提供する。あたしはその技術を売って会社大っきくする。で、それを元手に宇宙船作ってあんたは実家に帰る。誰も損しない。みんながはっぴーになれる。おっけー?」


 その瞳の輝きは完全に商売人のものになっていた。それに押されてシヴァルは取りあえず頷いた。もちろん、言葉の中身を理解した上で、だが。


「は、はい」

「だからそういうことにしといて。人助けとかは照れ臭いから、ナシね」


背中を向けた沙羅の頬っぺたが赤いのは、寒さだけではなかった。




とんでもない幸運だったんだと思う。

沙羅さんの家は世界中の資産家や政治家たちに顔の知られた財閥で、彼女はその中でレコード会社を経営していた。あたしたちが持っていた技術を売る土壌は最初からあった。 沙羅さんとは八六年前に別れたけど、最後の最後まであたしを大切に育ててくれた。

十才のあたしから見ても未成熟なこの星の技術力を悔やみながら、それでも追いつこうと、なんとかしてあたしを故郷に帰そうと必死になってくれた。

ありがとう沙羅さん。

あなたの、ガウディのように誠実な生き方が好きです。


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