真夏のコンサート
本当なら進星暦元年になるはずだった、西暦二一四九年の夏至の日。その日あたしは火星移民の第一便を送り出すセレモニーで唄っていた。
あたしは御影椎果、十六才、歌手。それもただの、じゃなくって「世界の歌姫」。だってリリースする楽曲は日本語の歌詞のまま世界中でヒットしてるし、世界中からその国の言葉でファンレターも送られてくるから胸張っていえる。あんまり実感ないけどね。
会場には、深い森の奥から聞こえる音のようにしっとりとしたピアノがメロディを奏でている。あたしはそのメロディを崩さないようにゆっくりとブレスを取る。
命あふれるこの星で
わたしたちが出会えたのは偶然じゃない
奇跡なんだよ
いま唄っているのはあたしもファンの人も好きな「みこと星」。あたしが最初に作詞した曲だから、ファンレターとかでほめてもらえるとすごいうれしい。
バイオリンにピアノが加わる。お客さんたちが重力から解き放たれた。
たとえ遠く、一千万光年離れていても
あたしたちの距離は変わらない
心がつながっている限り
たぶんきっと、だいじょうぶ
じりじりと照りつける太陽を背負ってあたしが唄うコンサートステージは真っ白。黒のロングドレスに裸足の組み合わせは絶対に曲げられない信条。でも今日だけはやめとけばよかった。ただでさえ日差しが強いのに、真っ白なステージからの照り返しで暑いったらないもん。お化粧薄くしといてよかったぁ。 ギター、ドラムが加わり、厚みが増した演奏がさらにあたしのコーラスパートをさらに盛り上げる。
たとえどれだけ離れていても
心が離れなければ
命がつないでくれる
つないでくれるんだよ
ギターのせつない余韻が完全に消えてからあたしはぺこり、と頭を下げた。
『ありがとうございましたっ』
頭を上げると汗に濡れたあたしの髪が太陽の光を反射してきらきらと輝いた。
『えー、みこと星、聴いてもらいました』
その一言でお客さんたちは地に足が付いていることを思い出した。直後、地鳴りのような拍手が会場を包んだ。
『それにしても、暑いですねぇ』
このコンサートは、月都市を含めた世界中に中継されてる。でもそんなこと言われてもMCの内容を変えたりはできない。だって変えたらあたしが歌う意味がないもん。
立ってるだけで流れ落ちてくる汗を見兼ねて、スタッフが舞台下手からタオルを差し入れてくれた。お化粧が落ちないように汗を拭い、タオルはそのまま首にかけてあたしはおしゃべりを続けた。
沙羅さん。やっと、ここまでこれました。
『もうすぐブリズエール号は発進するみたいです。ながかったですね。こっちも準備が整ったみたいなので、歌いたいと思います』
深呼吸をひとつして気持ちを切り替える。
ドラムのスティックが三拍子のリズムを刻む。イントロ無しでいきなり歌詞から入るから、あたしは一息でブレスを、
おい、なんだあれ
ざわめきは次第に大きくなる。お客さんたち全員が驚きの表情を浮かべてモニターを見つめている。なんだろう、と思ってあたしもモニターを振り返る。
「え」
トビウオにクジラが迫ってきている。
それは収容人数二千五百の移民船の、十倍近い大きさを持つ巨大な宇宙船だった。
黒くて四角い顔のマッコウクジラみたいな船影に見覚えがあった。
その船は、移民船の存在などまるで無視して月軌道に乗り付け、
移民船を押し潰した。
移民船を押し潰した宇宙船から、まるで何事も無かったかのように通信が入った。
『我はイタニ・オミス星系連盟皇国国皇、スオラシュ=イクス・イタニ=ルュゼキムである。イタニ・オミス星系連盟皇国第一皇女、シヴァル・パティク=イウム・ハユル=カルュンの身柄を五十時間以内に引き渡せ』
なんの謝罪もなしに地球の全回線に割り込んであたしの身柄を要求してきた。その声にも聞き覚えがあった。
あたしは御影椎果。十六才。でも、この星の時間感覚でいえば百六十六才。
地球へは一五六年前に家出してきた。
沙羅さん、自力で帰るより先に迎えが来ちゃいました。