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「二日で、二百ギールですか」
私が困惑の声をあげると人材派遣ギルドのカウンターのなかに立つ男性は太い眉を寄せて厳めしい顔を作りました。麻の上着からも十分に伺えまるほどの逞しい筋肉を持つだけに迫力満点です。
新米巡回神父でギルド相手の交渉や手続き等が初めての私への恫喝としてならば十分の威力を発揮しています。しかし、こちらも仕事です。必死に自分を奮い立たせて言い返しました。
「二百ギールはやや高くありませんか?」
これでは私のはじめての給料の半分はもっていかれてしまいます。
「それで命が買えるんだ。安いだろうがあぁ」
ダミ声に私はびくりと震えました。彼のじろとした睨みに仕方なく
「はぁ」
間の抜けた声で返事するしかありませんでした。
この世界には天神の作った地上と海が、そして人間……魔族がいます。
魔族とは天の神から見捨てられた魂が底地で邪悪なものに転じてなった存在のことです。天の神の加護もない魔族はそれを持つ人を羨み、命と肉体を欲して襲い掛かかる大変危険な存在です。
それに対峙すべく我々人間は神を崇め、その加護を強くすることで戦ってきました。どんな街にも教会を置くことを聖都ローマが義務付けましたが、それがどうしてもままならないこともあるために巡回神父が村を巡り人々の声を聞き、嘆きのために祈りを捧げるのです。また各地の教会に赴任している司祭にお会いして現在の状況を伺って、聖都にお伝えする役目も担うのが――私の仕事です。
巡回神父の移動方法は教会から一任されていますが、基本は聖都から出る各地に向かう旅馬車に乗るというのが全うな方法です。
私の場合は、ええ、本当に不慣れというか、出発の日に寝過ごすという失態をしてしまいました。この場合は、一日待てばまた馬車は来るのですが、自分のせいで出発を遅らせるなんてことは新米の身で出来るはずがありません。
私が頼ったのはギルド――金さえ積めばどんな用事もこなしてくれる荒くれどもの巣と言われています。
移動費はいくらかいただいていますし、私が所属する教会でお会いした他巡回神父さまに新米の私は任務をこなすために旅をどうするべきかと伺いますと、馬車よりも自分で別のルートを開拓するのもいいものだと自慢されたので私もぜひやってみたいと思いましたが、それはもちろん、十分に旅慣れしてからがよかったのですが……仕方ありません。
「まぁ、神父さま、あんたは運がいいよ。ここに、ちょうど腕利きが暇をしてる」
男がにやりと笑います。
「あいつな、自分の家に帰るついでにあんたを送ってくれるぜ」
「はぁ、その方は」
「おい、萌! 聞いたか!」
太い声が室内に響くのに私はひぃと胸の十字架を両手で握りしめて身を竦めました。先ほどから受付の男性は私が怯えているのを楽しんであえて怖い態度をとっているようですが……萌?
女性の名前らしいものを聞いた私は怪訝に思って振り返りました。そこにはなにもない――いえ、腕を突かれてはっとしました。私よりもずっと小さな、女の子?
「あ、あなたは」
「も……私がお前の警護を、します」
「え」
この小さな女の子が?
髪の毛は肩に届くくらいの短さで、頭にはピンクの飾りのないカチューシャ、服装も黄色のワンピース風の軽装で、腕と脚に小さな当甲をつけているだけ。その腰に細い二本の剣がなければ街中を歩いている方にしか見えません。
私は唖然としているのに少女とカウンターのなかにいる受付の男性が勝手なやりとりをはじめました。
「紹介料で百ギールをひいた。百ギールだ」
「半分? 馬鹿にしているのか? お前は五十ギールだろう!」
「なんだぁ? わざわざ仕事を与えてるんだ。ありがたく受け取っておけ」
男の恫喝に幼い少女は眉根を少しだけ持ち上げて不満そうな顔をしましたが差し出された袋をひったくるように受け取ったあと中を確認して私に向き直りました。
「仕事は成立、行きましょう」
「あ、はい」
少女に従って煉瓦作りのギルドの建物から外へと出たあと、彼女がどんどん歩いていくのに私は黙って従いましたが、胸にはもやもやしたものがどんどん込み上げてくるのに、屋台が並ぶ街の中央通りまでくるととうとう耐えきれず私は足を止めて口を開きました。
「あの」
無視されたのに私はもう一度、今度は大きな声でずんずんと進む彼女に呼びかけます。
「待ってください!」
ようやく彼女は足をとめて、首だけ振り返りました。
「……要望通り二日でつくとしたら今から急いで出発する必要がありますが?」
「私は、騙されたんですか?」
「なにをですか」
「あなたのことです」
いくら私が教会で勉強ばかりしている世間知らずといっても、こんな幼い少女がギルドの腕利きだと言われて、はい、そうですかとあっさりと信じるほど愚かでもありません。
「あなたには申し訳ないが、私が新米神父としてかつがれたのだということぐらいはわかります。今更、お金を返してほしいとは思いません。きっと、これは神が与えた罰なのだと思います」
私がぐすぐすと言葉を重ねるのに少女は体ごと私に向き直るとしばし黙っていましたが、徐々にその幼い顔の眉間に不似合な皺が、三本くっきりと浮かんだあと、彼女のピンク色の唇がようやく声を発しました。
「神父を騙す不届きな者はこの聖都にはいません。いくらあの男ががめついていっても、嘘をつけば、仕事はできません」
「それは」
「本当にあなたの護衛です。不満があるというなら、変えてもいいです。ただし、あそこには……私以外の暇な者はいませんし。……私は今から自分の村に帰る道すがらだからこの金額で引き受けますが、他の場合はもっとかかるし、地理に疎ければ二日でつくのは無理でしょう」
的確な指摘に私はぐぅの声も出ないのに彼女はさらに畳み掛けました。
「も……私も暇ではないのです。はやく村に帰りたいのです、娘のためにも」
「娘! がいるんですか」
私はすっとんきょんな声を出したのに彼女はこくりと小さく頷くと、ますます顔をしかめました。
「神父さま、あなたは私をいくつだとお考えですか」
「じゅ、十六ぐらいかと、ち、違うんですか」
「……正解です」
「え」
「十六でも子は産めます。行きましょう、はやく馬を借りないと」
背を向ける彼女に急かされて私も速足に進んでいきついたのは貸し馬屋という店で、そこで栗毛の馬を一頭借り、私に乗るように促しました。私は馬を借りるのがはじめてなのでいつ返すのかと無知丸出しに尋ねると彼女は馬鹿にすることもなく、貸し馬はギルドのように街ごとに同盟を組む店があり、その街に借りた街の名札のついた馬を返せばよいのだと丁重に教えてくれました。そんな方法で商売をしているのかと感心している私に彼女はさらに
「神父さま、荷物は?」
「ええと、これだけです」
私の荷物は麻袋に入るだけの些細なものです。それを彼女は私の乗った馬の鞍にくくりつけました。
「これで落ちません」
「慣れてますね」
彼女の大きくてつぶらな瞳につんと強い光が「当たり前でしょ」と言っているように私には見えました。
彼女は馬の手綱を手にすると大股で歩きだすのをぼんやりと馬の上から見ていましたが街の前にきてはっとしました。このままでは街を出てしまう。
「あの」
「はい」
彼女はわざわざ立ち止まって、見上げてくれたのに私はやや上半身を前に出して彼女に出来るかぎり視線を合わせました。
「あなたは乗らないんですか?」
私の問いかけに彼女は目を瞬かせてはてと首を傾げた。
「……私は、乗りません」
「どうしてですか? お金ですか? でしたら私があなたの分も、必要経費としてお支払します」
男の私が馬に乗るのに女性である彼女が徒歩というのは、さすがに護衛といっても不公平―-男として申し訳なさを感じて口にしましたが彼女は理解できないという顔で私に言い返しました。
「……私は護衛です、よ?」
「ですが、それだと、馬にあなたの足が追いつきますか?」
私は心配にたいして彼女は顔を険しくした。
「ちびでも、歩くのは早いです」
「え? あ、いえ、決して、あなたを愚弄したわけではなくて」
私の言葉が彼女の怒りを買ったのは、彼女の全身から発するぴりぴりとしたオーラで十分に察することができました。さらに馬が嘶いて私を非難するような視線を向けてきました。彼女は何も言わずに背を向けると、今度は大股な上に力強い足音をさせて進みだすのに私はもう何も言えませんでした。
「神父さま、何を書いているの、ですか」
「え」
夜。山道で過ごすこととなりました。山といっても私が巡回する町は聖都からしばらく歩いてある小さな山を越えたらすぐのところで、そのため多くの人が連日通っているため道はきれいに舗装され、山賊や夜闇に混じった魔物の心配もありません。それに道にはある程度の距離ごとに旅人用の小屋が建っているのでそこを利用すれば雨風から身が守れます。
彼女は街から出るとその小柄さからは考えない速足でずんずんと進んで、夕暮れにはなんとか第一の小屋には無事に辿りつきました。小屋のなかには私たち以外の旅人の姿はなく、とても静かで薄暗く、薄らと埃が積もっていました。彼女は素早く小屋を掃除すると近くの道から枝を広って囲炉裏に火を焚き、それでパンを焼いて、スープを作ってくれました。驚くほどに無駄のない手慣れた動きで、私はただぼーとしているばかりでした。
彼女を紹介したギルドが腕利きと言ったのは嘘ではなかった、今ではそう思います。
夕飯のあと私はいつものように手帳を出して書き物を始めたのに彼女のほうから声をかけてくれたので、少し嬉しくなりました。
今まで彼女が自分から話すときは必要なときのみで無駄口は一切叩きませんでした。優秀だからというよりも、出発の際の私の数々の無礼を怒ったためだというのは察しがついてしましたからこうして声をかけられると嬉しくて口元が綻びます。
「日記ですよ」
「日記?」
「はい。一日にあったことを書くんですよ」
「そう、ですか」
火の前に座る彼女は手に握った木の枝で小さくなった火を突き始めました。すぐに音をたてて火は勢いを増します。
「あの、今更聞くと怒られてしまいそうですが」
「なんですか」
「お名前を伺っても?」
「言ってませんでしたか?」
「ええ、もしかして名乗るのはいやなのかと」
「いえ、そんなことは、え、名乗ってなかった?」
「はい」
ギルドのときに呼ばれているのは聞いたけれど、彼女から直接は名前を伺ってはいませんでした。しばらく彼女は逡巡したあと、自分が名乗っていないことにバツ悪そうな顔をして口をもごもごと動かして小声で
「萌です」
「萌? 文字は?」
「知りません」即答したあと萌さんはすぐに思い出したように火を突いていた枝で、囲炉裏のなかをいじり、手招きしました。私が身を乗り出してなかを覗くと、灰のなかに「萌」の文字がありました。
「これです」
「いい名ですね、芽が出るという意味ですよ」
「そんな、意味があるんですか、萌の名前には」
そう呟いた萌さんはとんでもない失態を犯したように自分の手で口を覆うと俯きました。
「萌さん?」
「……はずかしい」
ぽつりと萌さんが俯いたまま呟いたのに私は首を傾げました。
「も、いえ、も、ちが、わ」
「……もしかして、無理してらっしゃいますか?」
私の言葉に萌さんはがはりと勢いよく顔をあげて――まるで熟れた林檎のように真っ赤になって、むうっと私を睨みます。しっかりしているようで、こういうところが幼く感じて可愛らしいと思いましたがそれを口にする勇気はありません。絶対に顰蹙を買うとわかっているからです。
「萌は無理してません!」
声を荒らげた萌さんはまたしても失態を犯してしまい、思いっきり俯きました。
「やっぱり、無理してたんですね」
私はようやく腑に落ちました。彼女はしゃべるとき、なにか躊躇っているような、口のなかでもぞもぞしているのはどうしてなのか。不機嫌なのかと思いましたが、それはこういう理由があったのかと納得しました。
「……恥ずかしがることないでしょう。ご自身の名前を口にされることを」
「だって」
「はい」
「馬鹿に、されますから」
「そんなことはないですよ」
私は必死に言い募ると萌さんは俯いてはぁとため息をつくとまるで男のように乱暴に頭をかきました。
「萌の、これは癖です。生まれてから、ずっとこれで……ギルドでは、それでなくても、馬鹿にされるので、気を付けていたんです」
「そうですか。そうですね、萌さんは、お若いから」
「もう十六です」
「私は二十歳ですが、萌さんの年齢のときは高位学校に入って勉強ばかりです」
「がっこう」
萌さんがまるで慣れない呪文を呟くように繰り返すのに私は頷きました。
「馬鹿な学生で、落ちこぼれだったんです。けど、……私は地方貴族の三男で、司祭になるしか道がなかったんです」
あまり卑下にならないようにと気を付けながら私は自分のことを語りました。こんなありきたりの身の上を語ったとしても面白くないとは思いますし、だいたい聖職者になるのは跡継ぎになれない貴族の三男だと相場は決まっています。私が学生のときは、まわりはそういうやつばかりで、私もその一人でした。
萌さんがじっと私のことを見て耳を傾けてくれているのは心地よく、つい唇が勝手に言葉を紡いでいました。
「萌は行ったことありません」
「学校にですか? ですが、小学校まではすでにもう義務になっていているはず。村になくても教会の司祭が教えてくれるはずでは?」
「貧しかったから」
萌さんは遠慮がちに右手で自分の前髪のひと房を指に絡めて言葉を探すように視線を彷徨わせていましたが、めらめらと燃える赤い炎に吸い寄せられるように視線を向けました。
「今から、帰るのが萌の故郷は、とても小さな村で、家が二十軒ほどある程度です。教会も、学校もありません。行くとしたら隣の村まで、一時間かけて歩いていかなくちゃいけません」
萌さんの言葉に私は軽いショックを受けていました。
巡回神父として一応は知識としてはそんな辺鄙なところもある、くらいは知っていたのですが、実際に私の周りにそんな境遇の人はいなかっただけに衝撃がありました。
貴族というのもそうですし、いくら田舎でも私の故郷は教会も学校も存在し、子どもたちはほとんどが学びを当然のように受け入れていました。私は三男の気軽さからよく街のなかに降りていろいろと見ていましたが、学校にいけないのは孤児などの金銭的な問題がある子だけでした。
「家に余裕のないものは学校には行きません。私の村のほとんどの者はそうです。村で唯一読み書きができるのは村長の一家だけです。萌は……両親が死んで、村長の家で下働きをしてました」
「大変、だったんですね」
そう口にしながら、私は自分のような苦労知らずがこんなことを口にしていいのかと悩んでもいました。
私は彼女の苦労を本当の意味で少しも知らないのですから。
そんな私の言葉にも彼女は軽く首を傾げて。
「いえ」
囁くように鳴く虫の声にすら負けてしまいそうなほどの小さく短い、許しの言葉を返してくれました。
飲み込まれるような萌さんの瞳に映し出された紅色の炎に見入っていた私ははっと我に返ると取り繕うように言いました。
「そろそろ、夜も更けてきましたね」
「……少し出てきてもいいですか?」
もう寝るだけだと思っていた私は目を瞬かせました。萌さんは伺うように私を見て言葉を重ねました。
「だめでしょうか? 萌は、神父さまに雇われた身ですから、お許しがなければいきませんが」
「あ、いえ、ただ、どうしてなのかと思いまして、決して、あなたの自由を奪おうとかではなくて」
あたふたする私を見て萌さんが目を瞬かせたあと、困ったように首を傾げて口元を緩ませ――笑いましたが、それは一瞬のことですぐに表情が消えました。出会ったときから彼女を見ていて思いましたが、彼女の顔に表情と呼べるものはとても少なく、それがどれも遠慮がちなものばかりです。
「ありがとうございます。では、ちょっとそこまで出てきます」
「なにをしに行くのか聞いてもいいですか?」
つい気になって尋ねていました。雇っている、雇われているという明白な立場の違いはありますが、萌さんにもプライベートはあると理解しているのに好奇心には勝てませんでした。
「こんな山中で外に出てなにがあるのでしょうか? それとも護衛の何かお仕事に役立つこととかが?」
「いえ。個人的なことです。川に行きます」
「川、ですか? この近くに?」
「はい。この近くに川があります。匂いと音でわかります」
萌さんの言葉に私はただただ驚くしかありません。そんな匂いも音も、私にはまったくわからなかったのです。
「この小屋を出た裏手、少しいけばあります」
「わかるんですか」
「はい」
「すごいですね」
素直に感心する私に萌さんは目を細めて首を横に振りました。
「慣れれば、神父さまにもすぐにわかりますよ」
「そう、でしょうか。私は愚図なもので」
「萌も、そうでした。けど何度も繰り返して、慣れました」
頭をかいて項垂れる私は視線を感じて顔をあげると萌さんの硝子細工のような透明な瞳と目があって、どきりとしました。
表面的な言葉ではなく、彼女は本当にそう思っているのだと視線で理解した私は胸と頬が熱くなるのがわかりました。
「あ、ありがとうございます」
「では、少し失礼します。どうか。ドアは開けないようにしてくださいね。なにがあっては危険ですから」
「はい」
萌さんが出ていくのを私は見送ったあとはぁとため息をもらしました。
ずっと知識でしか知らない世界を実際に目の前にするというのは。しかし、考えれば萌さん自体がそうだ。あんな若くて幼い見た目に反してギルドで用心棒家業をしている。彼女ならもっと安全で楽な仕事があるのではないのか? やはりなにか事情があるのだろうかと思いますが、さすがに軽々しく尋ねていいことではないことぐらいはわかります。
それに巡回神父である私はそのうち、いやでも萌さんのような方をいっぱい見るのだと思うと心が重くなりました。そのために巡回神父になったというのにかかわらず……
私は本来司祭としてさる街に行くようにとなっていました。それが実は一番上の兄が金を払い、教会側に頼んでのことだと実家に戻った晩餐のときに兄の口から直接知ることとなった私は腹を立てました。いままで兄相手に怒鳴ったことなんて一度もありませんでしたが私はなんてことをしたんだと怒り狂い、部屋に閉じこもりました。兄や母や父、みんなが私のことを心配してあれこれと声をかけてくれました。とくに母は「あなたのためにやってくれたことよ」と言いましたが、それが一層私を惨めにしました。これでは自分の実力では何一つできないのだと言われているのも同じです。それが、とても恥ずかしくてなりません。だから私はその日の深夜に兄に頼んで巡回神父にしてほしいと言いました。
巡回神父は聖職者がなる一番身分の低い仕事です。苦労や危険が多いことに兄は険しい顔をしてそんなことはしなくてもいいと口にしました。けれど私はどうしてもそれだけは譲れないと懇願しました。
いけないと、理解したから。
このままでは、私は兄たちの掌で守られるだけになってしまう。それなのに自分はすごいと勘違いしてしまう、世界のことを知っているような顔をしてしまう。
司祭になるために入った学校は全寮制で、逃げ場のない閉鎖された空間でした。そこで私が嫌いだったのは同級生と教師でした。聖職者になるにもかかわらずその学校には身分という見えない壁が当然のように存在して、同じ人間を傲慢に見下すことが当たり前でした。
私はさんざんいじめられたのにああはなりたくないと心から思いました。だから一年だけという期限つきで巡回神父になることを許してもらいました。
それなのにはじめから失敗の連続で、萌さんに失礼をしてしまった。
それでも、いろいろと教えてもらった濃厚な一日だった。